第51話 乂魔


 ルゥドの執務室で緘人は問いかけた。

「ボス、これはどういうことでしょう」

「いつもの取引だよ。我々の利害が一致したそうなのでね―――紹介しよう。乂魔かるま博士だ」

「どうぞよろしく!」

 片手を掲げた男は小柄な体型に白衣をまとい、顔の両側からはみ出るほど大きなゴーグルをつけていた。微笑を浮かべて放った声は高く、独特な響きを持っている。


 緘人はその小男を一瞥いちべつすると、光沢のある革製のソファに座ったボスに向けて云った。

「政府の秘密組織と噂されるA-2……その実態は、極秘に異能研究を進める機関――――そんな組織と我々が取引ですか」

「我々が匿う加賀谷くんを引き渡す見返りに、彼等から、後に製造される薬の独占販売権を得られるのだよ」とボスは両手を膝で組んだまま応えた。

「その薬というのは」緘人はボスに問うが、もう既に答えは分かっていた。

「かの魔薬まやく――――サファケートだよ……ふふふ」

 乂魔もソファに腰かけると、笑みを深めて云った。

「ボクはここ数年、ずっと異能というものを研究してきたんだ。選ばれた者しか持たない力。実に謎めいていて魅力的だと思わない?」


 緘人が無言でみつめる乂魔は楽しそうに眼を輝かせた。

「そしてね、遂に人工的に異能を開発することに成功したんだ!しかし完璧ではなかった。ボクの開発した薬では、投与した被験者の致死率があまりにも高すぎたからね。だが完璧にする前に、研究所は科学の功績を理解しない愚か者たちに焼かれてしまい、人工異能を作り出すその夢は潰えてしまった……と思ったんだけどね⁉」

 呼吸が荒く早口になっていた。

「一つの希望が見えたんだよ‼そう、その魔薬が使えるのではないかと思いついたんだ」

「つまり加賀谷に薬を作らせ、人工異能の実験を再開すると」

「その通り!!ようやく研究所が完成して、焼却されてしまったデータも復元できたからね!しかし完璧な実験のためには、より多くのデータがまだ必要で……あ、ちなみにね、異能というのは脳神経に深く関わるとボクは考えている。だから脳に直接作用するような異能の分析が最も望ましいんだ。実はそれにぴったりな被験体をそう、ちょうど最初の実験を成功させた時期と同じ―――十年前に見つけたんだけどね、逃してしまったんだなあ」

「ほう、十年前に……」

 ボスは表情を変えないまま、緘人にそっと視線を向けた。

「だから十年前と同じ場所を探せば、その被験体にまた会えるんじゃないかと思い立ったんだ。そこで部下たちにこの地域の異能者の情報を集めるように……ついでに気になる異能者のリストを挙げて捕獲するようにと伝えたんだけど。まあそれは失敗に終わったみたい」

 乂魔は肩をすくめて苦笑いした。「まったく、力だけが取り柄の無能な部下だったな。あ、一応異能者ではあったんだけどね」

「命を賭した部下に、随分な云いようですね」緘人の銀色の瞳が鋭く光る。

「仕方ないよお。暴走してるところをボクが保護してあげた子たちだから、最初から期待していなかったし……って、あれキミどうして一人が死んだことを知ってるんだい?え、なに、もしかして思考読める系の異能者⁉解剖させてくれる⁉」

「博士、本題に戻りましょう」

 興奮で立ち上がる乂魔にボスは視線を向けた。その冷たい瞳に乂魔は落ち着きを取り戻し、腰を下ろした。

「ああ、そうだったね!では取引の最終確認といこうかっ!」


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


「サムナーさん。乂魔の居場所がつかめました―――やはり、生きていたようです」

 隻眼の青年は窓の外を眺める老紳士に云った。

「そうか」

 と短く答えると、サムナーは目の前にひざまずく三人の若者を交互にみた。

「ヨーコ、イチ、ハチ」

 その声に応じるように、三人は目線を上げる。

「君たちの友人らが亡くなったのも……ワシの過ちが犯した結果じゃ」

 そして手の甲に刻まれた傷跡をじっと見つめた。「よくぞこれまで耐えてくれた。ようやく、落とし前をつける時期がきたようじゃな」

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