第42話 炎天下の力比べ
目を
「なっ」
草木が生い茂っていたはずの地面は柔らかな砂となり、静雫は足元をすくわれてふらついた。片足を沈ませバランスをなんとか保つと、ようやく混乱を声で発する。
「どうなってるんだ……ここは⁉」
「ようこそ、僕たちのおもちゃ箱へ。あ、先に云っておくけど、逃げようとしても無駄だからね」
Lは愉快そうに笑うと、再びフワッと空中へと昇った。そして空を焼き焦がすような太陽と重なる位置で静止する。「分かりやすく云うと、君たちはRが創り出した空間に転送されたんだ」
辺り一帯は白い砂で覆われていた。その砂地の上を、筒状の
しかし奇妙にもその者たちには表情というものが無い。舞台上を華やかなに彩らせるための、装飾品のような存在。ただそこに存在するだけの、人工的な作り物だった。
「創造した空間へ連れ込む―――それが僕の異能だ」Rは静かに云う。「人や動物、木の実ひとつでも、頭で想像するだけで自由に生み出せる。ちなみに
表情になんら変化もなく淡々と云うRの横で、Lが得意げに微笑んだ。
「そして僕の異能はなんでも自由に移動させる能力だ」
例えば、とLは腕を上に振りかざすと、静雫が空中に浮かび上がる。腕を下ろすと、その身体は砂の上に打ち付けられた。
「うっ……はっ」
「ほら、この通り」にっこりとLは満足そうに笑顔を見せる。
「L、手を出さないのが緘人さんからの指示だ」
「えーこれはただ逃げられないってことを示しただけだよー。それにここ砂だらけだし、痛くないでしょ?」
白砂に打ち付けられた身体を起こしながら、静雫は冷たい汗が流れるのを感じる。
空間の操作能力と、対象物の操作能力―――いくらなんでも、強すぎる。しかもこれで
ここ最近で一番の溜息を心の中で吐く。双子の首元に紅く光る輪が一層おぞましく感じた。
しかしRが先ほどまで手にしていた光の玉が、今はない。あれに吸い込まれたということか?だとしたら抜けだす方法はあるはず。だが、どうやって……。
考え込む静雫の隣に立ち尽くしていたユニオットは、硬い表情のまま双子を見上げた。
「さっき、脱出したのが二人って云った……もしかしてレインのことか」
「そうだよ。僕たちが折角捕まえたのに、監視係のミスでね。だからてっきり君たち二人で行動していると思ったんだけど。なんでそいつと一緒にいるの?」
Lは静雫に目を向けると、ユニオットはほっとした表情から一転して相手を睨みつけた。
「君たちには関係のないことだ」
「……R、やっぱり少し手出していい?」
「ダメだ」
「えー」
そのやり取りを眺めていた静雫は、はっとする。
なんで手を出してはいけないんだ?京也が緘人と交わした不戦の契約がまだ続いていると思っているのか?……だとしたら。
RとLは突然、目の前の空間が歪んだことに気付く。静雫の
「油断しているところ悪いな。
「……豹瑠さんか」
「あーあ、やっぱり。あの人が緘人のいう事を素直に訊くわけな―――」
云い終わる前に、美しく透明な凶暴な獣が襲い掛かった。だが間一髪でLはその攻撃を
牙を
「降りて来いよ」静雫はLに向かって云った。「もしかして、高い所からしか怖くて勝負できないとか?」
「R、ちょっとくらい良いよね」
Lは再び迫りくる水獣に向かって敵意に満ちた瞳を輝かした。
「……仕方ないな」
Rの返答の直後、Lは水獣の透明な胴体に触れることなく手で払い、落下させた。
「生意気云ってんじゃないぞ、ガキが」明らかな苛立ちをLは滲ませて云った。
「はっ、ガキはお前もだろ」
Lと静雫の間に、張り詰めた空気が流れる。二人の殺気めいた視線がかち合った。
それが合図の如く、どちらも動く―――。
先に攻撃を繰り出したのは静雫だった。
一瞬にして
しかしLは乾いた表情で押し寄せる波を見上げ、指の一振りだけで真っ二つに割る。波がうねり、大量の砂を飲み込みながらLの左右を走る。
だが波はそのままLの横を通り過ぎなかった。瞬時に姿を球状に変えると、今度はLに覆いかぶさるように周りを取り囲んだ。
攻撃に攻撃を重ねる。
相手に反撃の隙を与えないために連続で放ち続けるというのが静雫の考えだ。
「くっ……しつこい!」Lが叫ぶと同時に、乾いた砂地に巨大な破裂音が響く。
球体が壊され、水しぶきが辺りに散った。だが視界を奪ったその僅かな瞬間に静雫は敵に接近していた。
あらゆる物理攻撃は本人に当たる前にLの異能で簡単に防がれてしまう。だが目視されなければ当たるということだ。
振りかぶった拳で直接一撃を与えようとする。顔面に拳がめり込む音を立て、手応えを感じる―――が。
「……!」
地面に落ちたのはLではなく、先ほどその地を歩いていた男だった。気付くと、Lの周りには四、五人の男性がLの異能によって引き寄せられたらしく、王を守る騎士のように静雫の前に立ちはだかっていた。
「どうだ。これなら攻撃もできないだろ、ざまぁみ―――」
「どけよ」
新たに生成された水獣の一撃をくらった男性が、その場に崩れ落ちた。
「は?」
そのまま二人目、三人目、と続けて水獣は致命的な打撃をくわせ、あっけなく男たちは倒れていった。
唖然とするLをみて、静雫はいたずらな笑みを浮かべる。
「だって、此奴ら本物の人じゃないんだろ?」
そう云うと、最後の一人を静雫は
その衝撃で真上に吹き飛んだ男は痛さで顔をしかめることもなく、なんの声を発することもない。人形のようにいかなる反応も示さず、ただ無様に地面に落下するだけだった。
「……はっ、いい性格してんじゃん」
「そりゃ、どうっ……も!」
静雫はLにめがけて再び水獣を放つ。しかし同じように、当たる直前にLの掲げた手で制される。
「隙を突こうとしたんだろうけど、残念ながら何度やっても同じだから。僕に君の攻撃は届かない」
「試してみなきゃ分かんないだろ」静雫はそのまま水獣を放ち続けながら云った。
大砲のように凄まじい勢いで加速するそれはLの両手によって制され、方向を変えられる。滝が水面を打ち付けるように、水獣はLの手で激しく暴れる。
しかしそれでも水の勢いが途切れることはない。
絶えず異能を放ちつづける静雫と、それを受け止め耐えるL。
波動を起こしながら消滅と生成が繰り返される中、両者はお互いの力が緩むほんの一瞬を狙っていた。
つまり、異能の発出量の差の競い合い。
技量も技術も関係ない―――単なる、異能を使った力試しだ。
「くっ」
「まだだ……」
静雫は全身が痺れ、あまりの重圧で両手が引き裂かれそうな感覚だった。
しかし此処で負けては―――マスターに笑われる!!
「うぉおおおおお!!」
「……!」
Lはその重圧に耐え切れなかった。
伸びきった細い糸がぷつんと途切れるように、水獣がLの対抗する圧を押し切ったのだ。
静雫の
「くっ……」
やられる―――
しかしその猛獣がLを飲み込もうとする刹那、忽然とそれは姿を消した。
正確には、遮断されたのだ。立ちはだかった巨大な石像によって。
「R!」
四メートルほどの高さのある石像の上には、Rが立っていた。
Rは何も云わず、静かに腕を掲げると掌をぐっと強く握った。
すると静雫の周りに砂が舞い上がり、数十本の柱が一斉に突出した。高速で伸びたそれは静雫の頭上で屈曲し、格子状に合体する。
状況を理解するよりも先に、静雫を捕えた檻が形成されていた。
「こういったモノも自由自在に創りだせるってことか」静雫は眉をひそめると、自分を取り囲む格子に触れた。砂でできているが、岩のような硬さだ。
「これじゃあ抜け出せないな」と溜息をつく。しかしその口元は微笑んでいる。「まあ、時間稼ぎには十分でしょ」
LとRはその言葉にはっとする。
「もう一人はどこに……」
辺りを見渡しても、ユニオットの姿がなかった。
するとタイミングを見計らったように突然、足場としていたまっさらな砂地が爆発した。
衝撃によって砂嵐が吹き荒れる中、双子は脅威を前にして言葉を失う。
目の前にいたのは伝説の食人植物―――トバトだった。
巨体からうごめく無数のツタが伸びる。そして逃げ遅れたRの身体を捕らえた。
「ぐっ…」
足元から首元まで、絡まった包帯のようにRにまとわりついたツタはその小さな身体をきつく締めあげる。
「R‼」Lは冷たい汗が流れるのを感じた。「……陽動だったのか」
僕を
下手に怪物を動かしたらRも巻き込んでしまう。Lはどうすることもできなかった。
「この方法以外にも、ここから出る方法はあるんだろ?」
Lの背後から、檻の中にいる静雫の冷たい声が響く。「それとも―――」
Rは全身を締めあげる痛さに呻き声をあげた。
「やめろ‼」Lは血の気の引く表情をして叫んだ。「R…もういい……僕たちの負けだ」
数秒後、どこからも風が吹いていないはずの空間で、重力から解き放たれたかのように砂がふわっと舞い始めた。
そして一瞬で景色が変わった。
太陽は暗闇に吸い込まれ、静雫を囲んでいた白砂の檻は粉のようにさらさらと地面に落ちる。やがてその砂も消え、柔らかだった地盤は硬い大地となった。
瞬く間に静雫たちを取り囲む森林が現れると、そこは元に居た現実の世界だった。
力を使い果たしたRは意識を失い、その場に崩れ落ちた。
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
二人が去ったあと、意識を取り戻したRとLは木々に囲まれた静かな大地の上に座っていた。
「なんで砂漠なんて選んだんだよ。考えてみれば彼奴の異能にもってこいの場所じゃん」
「緘人さんの好きそうな場所だからだ」
「……」
Lは深いため息をついた。「Rってたまに本当に……
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