第40話 突き匙

「殺したって……」

 静雫の驚きと戸惑いをそのまま乗せた声が車中に響く。運転席に座る木騎も、無言で息を呑んだ。

「最初、何が起きたのか分からなかった。でも気付いたら、僕は……」

 ユニオットは言葉を発するたび、身体の一部をえぐられるような鈍い痛みを感じて顔をしかめる。記憶にはないが、感触としてはまだ残っている。自分を愛してくれた人たちを、両親を、村のみんなを握りつぶした手を憎悪でみつめる。

「僕が自分の力を暴走させたせいで……みんな、巻き込まれたんだ」

「初めて異能を発動したとき、その力を制御しきれない者は多い」夏目が云う。「特に感情の爆発によって生じた場合は、殆どがそうだ」

「……」


 ――――そうだ。あの日、僕はあの男から家族を守ろうとして……


 ユニオットは記憶の中に埋もれていた、ある人の姿を思い出す。


 雪に覆われた地面にその人は立っていた。

 きりと共にすべてが白く濁る視界の中、その人の真っ赤に汚れた白衣だけが鮮やかに浮かび上がる。

 そしてその差し出された手を、僕は握ったんだ。


「怖くない」

「え?」

 その声に、ユニオットは我に返る。静雫が大袈裟に首を振っていた。

「お前がどれくらい強いのか知らないけどさ、僕より弱いに決まってる。怖いワケないじゃん」

「……え」

「あーもう、だから、さっきの質問の答えだよ!お前のことが怖くないか聞いてきただろ!」

 きょとんとするユニオットに、気恥ずかしそうな顔で云った。

「驚きはしたが、怖くはない」

 と夏目も頷く。

「おう、夏目の隠しカメラ越しにみたが、お前の異能はすごかったなあ。だがこれまでも体を変化させる奴は見てきたし、いちいち驚いていられないぜ」木騎もハンドルを回しながら笑う。

「……そうか」

 ユニオットは場の空気が和らいだことに気付き、ほっとしたように呟いた。

 しかし自分の胸元の徽章バッジを確かめたその一瞬、暗い表情を浮かべたことにマスターは気付く。

「とりあえず私たちは仲間なんだから、安心なさい」

「仲間…?でも……」

「足枷を外してやれ」

 夏目が助手席から振り向かずに云った。

「えーと、つまり夏目が云いたいのは、過去の自分をそろそろ許してやってもいいってこと」

「……そうだ」


 ―――足枷。

 確かに、過去の自分が今の自分を縛っている。自由になる資格はないと。


「なあ、そういえばお前あのA-2とかいう政府の秘密組織の一員なんだろ」静雫が問う。「具体的に何しにここに来たんだ?」

「ははっ、そんな機密情報は漏らせないに決まってんだろ」木騎が笑う。

「あ、そっか。悪いな、今の忘れ―――」

「……威力偵察」

「素直⁉」木騎が驚きの声をあげる。

「この街には僕たちのような能力を持つ者がいると聞いたから……その威力を確かめて報告する任務を云い渡された」

 ビターの全員が目を見開く。

「僕たちが目的?じゃあサファケートあの薬を広めたのは一体……」

「能力者を引き寄せるため。騒ぎを起こせば、それを止めに姿を現すはずだって」

「マジかよ……それでもし滅茶苦茶に強い奴に会ったら、どうするつもりだったんだ?」

「まずは上に報告。そして命令次第だけど……多分本部に連れ去る」


 ユニオットはなぜこんな情報を自ら話したのか分からなかった。

 だけどこの人たちには自分のことをもっと伝えたい―――そんな不思議な感覚を持っていた。


「あの銃撃事件も、俺たちを釣るためのエサだったってことか」

 木騎は顔をしかめて云う。「くそ、政府が異能力者を監視しているという噂は本当だったってわけだ」

「だから……あんたたちが僕を助ける義理はない」

「そんなこと―――」

 しかしマスターの言葉は強烈な振動で遮られた。


 間一髪で車体から脱出したビターとユニオットは地面に転がると、巨大な鉄の塊が潰れる破壊音が耳に轟く。


「俺の車ぁあああ」

 泣き叫ぶ木騎の視線の先には、数秒前まで乗車していた車がただの鉄くずと成り果てた姿があった。

「あちゃ~こりゃ修復は無理そうね」

「―――……おい、よけろ!」

 何かが迫りくる気配を静雫が感じ、身を投げてユニオットと共に伏せる。二人の頭上を、僅かな空間を残して鋭い爪が横切った。


「チッ、余計なことすんじゃねェ」

「お前っ!」静雫が見上げた先に立っていたのは、妖しげに光る紫の腕輪リングを首にかけた男。

「おいおい、子供を殺そうとするなんてどうかしてるぜ?ルゥドの幹部さんよう」

 木騎が静雫たちの間に立つ。

「殺さねェよ。持ち帰るだけだ」

 豹瑠の口角を上げた隙間から鋭利な牙が光った。そして再びユニオットをめがけ、獲物を狙う獣のように飛躍する。

 しかし木騎が豹瑠の前に立ちはだかり、その攻撃を受け止めた。

「ひぇー、おっかねぇな」木騎が鋭い手先を間近でみて云う。

「なんだァ、そのフザけたもんは?」

 反動で後ろに飛退とびのけた豹瑠は、木騎の手にした銀の器具を睨んだ。

「へへ、いいだろ。こういった時のための特注品だ」


 それは、悪魔が持つ三叉槍さんさそうをふと想起させるモノ。しかし鋭く尖った四本の先端、そして曲線から感じられるしなやかさと眩しいほどの輝きは、まぎれもなく銀製の突きフォーク―――京也との買い物の際に手に入れた、戦利品だった。


 屈託のない笑顔を向ける木騎に豹瑠は舌打ちする。

「手前ェらに構ってる暇はねェんだけどよ……邪魔すんならオレも容赦はしねェ」

「つまり契約切れ、っつーことだな」木騎は唸りながら豹瑠の左からくる攻撃を再度受け止める。

「そのようね。木騎、任せられる?」

「勿論でっせ、マスター!」

「静雫、夏目」

 マスターは二人に向かって頷くと、合図のように一斉に散らばった。ユニオットの姿も、いつのまにか消えていた。

「アァ⁉おい!」

 目前の敵に気を取られていた豹瑠は標的を見失ったことに気付く。木騎から離れて後を追おうとするが、背後から迫りくる気配を感じ、再び木騎と向き合った。

「……オイ。確か手前ェの力は、薬品を創り出すことが可能とやらだったか―――そんなんでオレと一人で戦うつもりかよ」

「あの車な、結構気に入ってたんだよな」

 木騎は突き匙を相手に向けたまま、深い溜息をもらした。

「アァ?何ブツブツ云ってやがる」

「この恨みは晴らさせてもらうぜ、兄ちゃん」

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