第36話 囚われて

「ほら、早くー」

 緘人が豹瑠の背後に隠れたまま云う。

「オレを盾にすんじゃねェ!」

 幹部の先輩二人が捕虜を前に、何やらコントをしているらしい―――コウは不思議な光景をみながらそう思った。

「またあの怪物が出たらどうするのさ!君が起こしてよ!」

「知るかッ、手前ェで対処しやがれ‼」

 そんなうるさくしたら起きると思うけど……と思った矢先、手足を鉄の縄で縛られた少年がぴくりと体を動かした。

「うぅ……」

「キャーーーー」「ギャーーーー」

 緘人と豹瑠が揃って叫び抱き合う。

「だ、大丈夫ですか?」コウは幹部の様子に驚き、起き上がった少年をみる。感情のない顔に冷たい瞳が刃物のように光っていた。

 しかし目が合ったのは一瞬だった。少年は視線を逸らすと、両手を合わせた。


「なァ……なんか呪文みてェなの唱えてやがるぞ」

 少年の唱える怪しげな声に合わせ、周りから霧のような濁った光の布のようなもの繰り出されていく。彼の滑らかな皮膚に幾つものひびが入り、丸まった背中から岩石のようなものが突出する。足元の大理石だったはずの床が、輝きを失って歪み始めた。

「オイ緘人どうにかしろ‼このままじゃ此処が泥沼地帯と化しちまう!」

 豹瑠は青ざめた顔で魔物となりつつある少年を見つめて叫ぶ。

「結局こうなるのかぁ。はいはい」緘人は仕方ないといった様子で肩をすくめ、少年に向き直った。「この子がどうなってもいいのかな」


 緘人は指を鳴らすと、双子の少年―――RとLが背後から突然現れた。二人の持つ鎖に繋がれていたのは、その少年と年がさほど変わらない、一人の少女だった。

「……!」

 動きを停止した少年が捕縛された少女を見て愕然がくぜんとした表情を浮かべる。

「眠っているだけだよ。もっとも、君が瞬きをする間に殺してしまうのは簡単だ」

 緘人はなんの悪意も感じていない、ただ当然の事実を述べたような表情でそう云った。「君にその選択権を委ねるけど、どうする?」


 少年はその問いかけには答えなかった。しかしやがて異形の何かに化していたその姿を元に戻し、地響きも収まる。

 緘人は満足そうに頷いた。

「……何が目的なんだ」

 少年が初めて口を開いた。怒りを無理に押し殺したような響きを含んだ声だった。

「なに、君たちに質問があるだけだよ。ユニオット君」

 名前を呼ばれ、ユニオットは肩を一瞬震わせた。

 決して他人に知られるはずのない自分の正体を、目の前の相手は知っている。そんな確かな予感に身震いしたのだ。

「これは、かの噂の秘密組織『A-2』のものだね」

 緘人がそう云って掲げた徽章バッジは、部屋を照らす僅かな光を反射してきらりと光った。

 ユニオットははっとして自分の襟を見る。

 常に身に着けてあったはずのモノがなくなっていた。

 この四年間、一度も外したことはない―――それが今、目の前の青年が軽々と持っている。

 ユニオットは憎しみを込めた鋭い視線で睨んだ。しかし緘人は興味なさそうに、横たわる少女の方に目を向ける。

「といっても、その実態は政府お抱えの組織のようだし……まぁ、この子と共にこの街の異能力者の動向を探るため、派遣されたといったところかな―――」

 そしてその徽章を少年の前に投げた。「そんなことどうでもいいけど」

「……!」少年が驚いた表情で緘人を見上げる。

「ルゥドの倉庫を襲ったものを捕らえ、その理由を調べろというのがボスの命令だ。君たちが何者かに深い関心はない」

 緘人の言葉にユニオットは警戒心は解かなかったが、相手が警察に引き渡す気がないと分かり、ほっとした表情を浮かべた。

「安心するには早ェぞ」と豹瑠が云う。「倉庫を襲った手前ェらの目的はなんだァ?」

 ユニオットは黙ったまま床に転がる徽章をみつめた。そしてちらりと無意識状態の少女の方を向く。すぐ傍には双子が立っていた。

「……薬の製造だ」

 ユニオットは諦めたように目を閉じて云う。その短い返答に緘人は銀色の瞳を光らせた。

「そうか―――そう云うことか」

「オイ、説明しやがれ」

 豹瑠は咬みつくような眼差しを緘人に向ける。

「え~めんどい」

「手前ェ‼」

「あーはいはい、分かったよ。つまりね、倉庫の爆発はその中身――サファケートの材料――を入手したことへの目くらましというわけさ。どうやってかは知らないけど、A-2は薬の製造手法も入手して……いや、ここ最近の服用者の暴走をみるとまだ完全型とは云えないな。そこはまだ探っているといったところかな?」

 緘人は謎解きをする少年のように楽しそうに云った。「いずれにせよ、不完全な薬物をこの街にばらまいているのは君たちなわけだ」

「……」

 この青年はどこまで知っているのだろうか。

 ユニオットの緘人を見つめる目が次第に恐怖の色に変わっていく。

 しかし容赦なく彼の声が耳元でささやかれた。


「世界を理想の幻想に変えてしまう、禁断の果実くすり……あんなものを利用して、君たちは何を企んでいるんだい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る