第22話 本当に欲しかったもの
「ふふふ…愉快だ…実に楽しいよ……」
「なんだ。君たちまだ生きてたの」
彼が話しかけたのは、体中が震えて逃げ遅れた一組の男女だった。
「もしかして、君たち恋人同士?」
そう云って薄笑いを浮かべる。「……じゃあ、もしかして君たちは愛というものを信じる?例えば、君は彼のために死ねる?死ぬほど愛している?」
銃口を女の方に向けると、女はびくっとしてカタカタと震える。
東雄はちらりと女の隣で恐怖で怯える男の方を見る。
「あれ、かばってあげないんだぁ~?ふふふやっぱり自分が一番大事か」
腹を抱え、男は楽しそうに笑いだした。
京也と木騎は死角となる場所からその様子を伺っていた。
「近すぎるな…これでは巻き込んじまう」
男がカップルに近づいたのを見て、木騎は舌打ちして銃の狙いを解く。
「……やっと来たか」
駆け付けた十名ほどの警察部隊は男のいる場所を取り囲んだ。
彼等も京也と木騎と同じように死角となる柱に身をよせ、突入する隙を伺う。
しかし男は依然として人質から距離を取る気配はない。薄ら笑いを浮かべながら、さらに女性に詰め寄る。
「可哀想に。愛という呪縛にかかっちゃって」
ひゃはははと笑い声が京也たちの耳に届く。
「でも大丈夫。僕がその呪いから自由にしてあげるから」
男は銃を構え、女性の胸に当てて笑顔を浮かべた。
「まずい……」
しかし動こうとする京也の目に、ふとある人物の姿が目に留まる。
「趣味悪」
突然ぼそっと放たれた声に、銃を持った男は反応した。
「今、なにか云った?」
振り向いた先にいたのは、地べたに座るもう一組の若い男女だった。
男は腕から血を流し、下を向いているが、女は男を支えながら東雄を真っすぐ睨んでいた。
「ええ、云ったわ。耳が遠いようなら何度でも云ってあげる。あんたが今していることは、卑劣で卑怯で、吐き気がするほど趣味悪いっつってんの」
東雄は笑みを浮かべた。
「ふふふ……君は、頭が悪いんだ?」
銃口を新たな標的に定め、睨み続ける女に近づく。「死にたいなら、そう云えばいいのに」
そして目の前で立ち止まり、女の横で腕から血を流したまま動かない男を見てニヤリと笑う。
「君の彼氏?……そうだなぁ。じゃあ先に彼に死んでもらおうか!君の怒りで歪む顔が見たいな」
そう云うと、東雄は流血している男に向かって引き金を引いた。
―――ドドドドドド
連射される弾丸の
「アハハハハッ」
高笑いとともに男に向かって苛烈に銃弾を浴びせ続ける。「……これくらいかなぁ?」
やがて東雄は銃を下ろし、目の前の光景を味わうため煙が消えるのを待った。
しかし―――
「……⁉」
信じられないといった様子で、驚きが表情に現れる。
煙が薄れ視界が開いた先には、銃弾を浴びたはずの男とその横にいた女が消えていたのだ。
「莫迦なっ……」
周りを見渡すと、先ほどのカップルも消えていた。
そこにいるのは、藤色の澄んだ瞳を持つ青年だけだった。
「君は……誰だ」
京也は応えず、武装した男の方へまっすぐ進む。
「その機関銃……普通では手に入らない代物ですね―――自分で造ったのですか?」
京也の問いかけに、東雄の顔が明るくなる。
「そ、そうだ!俺が造ったんだ―――やっと完成した完璧な機関銃だ」
これでようやく、俺も一人前の技師だ。
「やっと……俺もあいつに認められるんだ」
そう云って銃を京也に向ける。
しかし京也は怯むことなく東雄に向かっていく。
「!」
「認められる……ですか。貴方が望むものは、この形で叶うのですか」
京也の迫りくる様子に、男は血相を変える。
「そ、そうだ……俺が一人前の技師になれば…あいつは必ず戻ってくる!」
「……本当に?」
京也の迷いのない瞳に東雄は叫び、引き金を引いた。
しかしその銃は発射することはなかった。彼が握っていたのは、もはや機関銃ではなかった。
引き金は結晶と化し、男が引いてもびくとも動かない。
その結晶はやがて銃のすべてを浸食していき、薄い灰色となった銃口の細い先端から、ゆっくりと粉のように崩れ落ちていった。
「う……うあぁあああ」
何が起こったか分からず、東雄は地面に膝を打ち、目の前の結晶の塊を見つめた。
「俺の…銃が……」
「貴方が欲しいものはきっと、こういった形では得られない」
結晶の前でうずくまる男に京也は云う。
男は泣きそうになりながら、必死に結晶の塊をかき集める。
だがもう機関銃の跡形もないその結晶は、彼の手から零れ落ちるしかなかった。
「俺は……もう一度……あいつの笑顔を―――ただ傍にいて…ほしかっ……た」
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
「自分への愛が消えたことを認められず、愛そのものを否定したのか」
木騎はほんの少し憐れみを込めて光警に連れ去られる男をみつめた。
その横では京也が刻々と色が変わる観覧車を見上げた。
愛という呪縛―――とあの男は云った。
「愛という不確かなものに
「おいおい、愛は不確かなんかじゃねぇぞ」
きょとんとする京也に木騎はニッと笑う。
「確かに愛は儚いものだ―――だが存在する瞬間は確かにある。永遠じゃないことを痛く思い知らされるくらいにな」
そう云うと、まあ俺のマスターへの愛は永遠だがな、と親指を立てた。
その言葉をきっかけに京也の頭の中でふと懐かしい映像が流れる。
愛している。
母親にそう云われた最期を思い出した。
そうだ、あの時の最期の言葉に嘘はなかった―――きっと愛する瞬間は本物だった。
だがそんな古い思い出を追い払うように、京也は頭を横に振った。
「しかし訓練も受けていない体で、よくあの大きさの機銃を扱えたな」と木騎が腕を組む。
「『サファケート』を手にしたのかもしれませんね」
「あの加賀谷が製造した薬か?」
「目的は完璧なマシンガンを設計する頭脳を得るため、といったところでしょう」
自分の実力を証明したかったと叫ぶ男の姿が、まだ記憶に鮮明に残っている。
「薬の副作用として思わぬ身体強化を得たと考えても不思議じゃありません」
「……じゃあ他に薬を手にした奴らも、同じようにおっかないのか」
「薬の服用量、そして体質などにも依ると思いますが―――」
―――大抵の場合、簡単に手にした果実は腐りやすい。
京也はそう思い、ふぅと溜息をついた。「この事件は……長期戦になりそうですね」
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