第34話 ヒョウvs……
「大体俺一人で十分なんだよ、付いてくんな」
「ご心配なく、僕は一切手伝わないから。ただ少し気になる点があるからそれを確かめに来ただけですぅ」
豹瑠と緘人は港湾沿いの
「オイ。そのムカつく云い方なんとかしやがれ」
「表現の自由っていう人の権利、知らないのー?」
「裏組織の幹部が法を語ってんじゃねェ‼」
「ねぇ、つまらないから謎解きゲームやろうよ」
「アァ?手前……任務中だぞ」
「いいじゃん気晴らしだよ。じゃあ僕からいくね」緘人はコホンと喉を整えると、楽しそうに云った。「古来より多くの民人に恐れられる
「吸血鬼だろ?ンなもん決まってんじゃねェか」
豹瑠は自信満々に笑みを浮かべる。
「流石に簡単すぎたかな」
「なめんじゃねェ。朝方だろ?いや、昼かァ?ま、どっちにしろ夜じゃねェな」
「……」
緘人は冷ややかな眼差しで鼻を鳴らす青年を見つめる。「いや、間違ってはいないだろうけどさ……そうじゃなくてね……」
「アァ?」
「まいいや、もう一つあるから。ミイラ男が森の中を
「子羊の肉が一番うめぇんじゃねェか?俺はあんま好まねェけどよ」
「君、謎解きの意味わかってる?」
「アァ?なんだよ、文句あんのかコラ」
「あーもう、ハイハイ僕が悪かったよ。容量の小さい脳みそを持つと心配事が少なくていいね」
「アァ⁈ぶっ殺すぞ!大体なんでさっきから吸血鬼やらミイラ男の話なんだよ」
「そりゃあ僕が最近、異国の怪物たちが主人公のゲームにはまっているからに決まってるじゃん」
「知るかッ‼!」
「着いたよ」
緘人が立ち止まった先にあったのは、巨大な空き倉庫だった。
普段は港から移送されるコンテナが大量に積まれているはずだが、数日前の爆破事件によってすべて撤去されていた。立ち入り禁止区域であることを示すテープが張り巡らされているだけで、それを確認する警備は誰もいない。
「成程。ここなら人に目撃されることないし、騒音があっても問題ない……」
「なにブツブツ云ってやがる、気味悪いな」
「おっと」緘人は軽やか右に飛び移る。
「げっ⁇」豹瑠は慌てて石を足場にして蹴り上げ、倉庫の屋根に着地する。「危ねェ……」
二人が立っていた大地は強固なコンクリートだったはずだ――――だが数メートル先にある車、木、電柱、そして地面さえも瞬く間に沈んでいき、泥沼の渦と化していた。
「オイオイ……どうなんてんだァ?」高い場所へ飛び移りながら、豹瑠は巨大化していく渦を眺める。
「うわー、すごいなこれ」
緘人は空中で巨大な鳥の上に乗っていた。
「手前ッ、いつのまにそれ……」
「念のため借りて来たんだ。こんなこともあろうかと思って」
緘人はにこっと笑いマコトの幻想カラスを撫でた。
「知ってたなら早く云え‼つーかそいつはどうやって連れてきたんだよ⁈」
「縮めてポケットに入れてた」
「鬼か‼」
豹瑠に応えるようにカラスが鳴く。
「いや幻想だからね、この子……あ」
その視線の先を豹瑠が振り向く。
巨大な渦の中から、何かが頭を覗かせていた。
見たこともない、全身が植物に覆われたおぞましい姿の何か。
みるみる渦から姿を浮かばせるそれは、トラックほどの巨大な頭部を持ち、
上下に開かれた口からは
そのむごい姿を上手く言い表す言葉はなかった―――まさしくそれは、悪魔と呼べる存在だった。
「なァ……これも手前の悪ふざけか何かか?」
「……いや」
緘人はその恐ろしい怪物が完全に姿を現す様子を、興味深そうに眺める。「やはり君が爆発の原因か……都市伝説の類だと思っていたけど、実在したようだね―――珍獣トバト」
それはその名に応じるように
「珍獣だァ?こんなの化け物じゃねェか」
蛍光灯のように光る眼玉がぎょろりと動き、豹瑠はそれと目が合った。
「
「しょっ……⁉︎」
豹瑠の本能が必死に命の警戒を鳴らす。強張った顔で、泥の中から姿を現した不合理な生き物を見下ろした。
すると、トバトの頭部から背中にかけて生えた無数のツタが、豹瑠に向かって
「ちっ、めんどくせェ」
豹瑠は四つん這いになった姿勢で足腰の威力を強化し、スピードを加速させトバトの攻撃を身を反転させながら
代わりに打撃をくらった電柱は、金槌を打ち付けられた氷柱のように砕かれ、法則性のない欠片をまき散らした。
理解を超えるその存在に、豹瑠の本能はそれと闘うことを頑なに拒否していた。しかし、逃げ場がない。そして豹瑠自身も、このまま尻尾を巻いて逃げる気はさらさらない。
「喰らいやがれ‼」
壁に着地すると、その勢いでまた飛び上がり、迫りくるツタを爪で切り落とす。
豹瑠の爪は太く危険な、獣のものとなっていた。
彼の特殊能力―――「
全身を黒く染めた強固な体、岩を砕く爪と猛毒を発する牙が与えられる異能。その力を発揮していない状態でも豹瑠の鼻が利くのは、漆黒の獣となった豹瑠の本来の力があまりに強大であるために、普段の姿でも抑えきれないからだ。
「流石はルゥドで一番の破壊力の持ち主だ」
安全な場所で見物する緘人は豹瑠に聞こえない声で楽しそうに呟いた。先ほどの豹瑠の一撃で、数百もの葉がばらばらに散らばっていた。
―――しかし。
「なっ……」
緘人が少し驚きの声をあげたのは、その根元からまた新たに伸びてきたからだった。
「再生能力か」
迫りくるツタを次々と豹瑠は切り刻む。だが本体を攻撃する間もなく、その断片から超高速で新たに回生されて豹瑠を再び襲う。
「くそ、キリがねェ……」
トバトの刃物の雨のように降り注ぐ葉を、すべて正確に爪で切断する。しかし
「っ……!」
伸びたツタに豹瑠は足を絡みとられ、空中に投げ飛ばされる。
必死に抵抗して伸ばす手はただ空気を掴むことしかできず、そのまま大きく口を開けた怪物の中に放り込まれ―――パクンと飲み込まれた。
「うわぁ……」その様子をみていた緘人は、引きつる笑みとともに声が漏れる。その声が聴こえたのか、トバトは残った人間を見上げた。
緘人は無表情のままルゥドの幹部を飲み込んだ怪物を見下ろす。
「上目遣いされても僕はなびかないよ」と肩をすくめる。
怪物は地鳴りのする
だが緘人は平然とした様子で、憤怒するトバトに冷たい視線を向けた。
「何してんの、早くしなよ」と緘人は云う。
それに呼応するように、無数のツタが緘人に伸びる―――同じように引きずり込むつもりだ。
その細長いツタが首元に触れる―――
「オルゥァァあああ‼」
怪物の頭部を突っ切り、一人の獣が垂直に飛び出した。
トバトは悲鳴をあげ、狂ったように幾千もの葉を振りかざす。
だが
悲痛の叫び声をあげながら顔面に張り付く豹瑠を振り払おうとするが、速さが敵わない。自分自身をただ鞭うつ状態となっていた。
豹瑠はトバトの力が弱まったのを確認し後ろに跳躍する。
「煩ェな……
鋭い爪を剥きだし、加速をつけて再び襲いかかった。
その一撃でトバトは胴体とともに吹き飛ぶ。そして隕石のごとく地面に落下すると、とうとう動かなくなった。
「お見事」緘人が呟く。
「チッ、口の中まで入りやがった」顔をしかめて、豹瑠は口元を拭った。
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