第19話 キメラ発生即淵底

鷺堂雪、鷺堂家の長女に生まれたしっかり者の俺の実に可愛い可愛い妹である。


そんな彼女が、物事において本気になる事例がいくつかある。

その1つが、本気で面倒事を片付ける時だ。


雪、もといイアは生首だけの猫をモキュモキュしながら邪悪な笑みを浮かべている。


「さぁ…もうこのむかつく顔面を見ないで済むと思うと笑いが…」


こんな言葉は決してペットに向かって投げかける言葉ではないと思うのは俺だけだろうか…


というか…雪は今までこいつにどんな目に遭わされてきたのか…


雪は、今回の謎のキメラ騒動に乗じて、この膝の上に乗っかる生首猫キメラを同族の元に返そうと考えているのだ。


今まで雪がどんな手を使ってでもテコでも動かなかった生首猫。その均衡が崩れ去ることに、俺は若干の戸惑いを感じていた。


『止めるんだ…!雪!こいつがいなくなったら俺は一体どうやって雪のおっぱい欲を満たせばいい…___』


          ♣︎


雪は殺気立った目で、目の前の森の看板、若葉マークを睨みつけている。


正直、目の前の森の放つ不穏なオーラよりも、雪の顔の方が幾ばくか怖い顔をしている。


「嬢ちゃん…あんた武器の一つも持たずに大丈夫か?」


ちなみに、森のキメラ討伐隊には雪を筆頭に、指折りの冒険者たちが参加してくれるようだ。


「ああ、問題ない」


心配してくれた赤髪のおっさんにそっけなく言い、雪はついて来なくてもいいと言ったが、無理矢理ついてきた生首猫を従え、戦場へと駆けて行った。


ちなみに、エイルはバフ要員は貴重と言うことで、半ば強制的にチームに加えられている。


『第1キメラ発見したぞ…』


本気になった雪は周りが見えなくなるので、俺が雪の目線で合図する。


何か足のようなものが茂みに移動したのを見逃さず、雪は茂みの中に侵入した。


そこは、森の沼地木を通した、暗い明かりが差し込んでおり、泥混じりの水に見るだけでもじめじめしている空間だ。


そこに、奴はいた。


…その容態はあまりにも身震いするような、外見だった…


タコ足のようなものが頭から無数に生え、その頭は石の石像を思わせる円盤形の無機質な顔がある。胴体はなく、頭からタコ足が生えていて、その体は宙に浮いている。 


近くにいた冒険者らしき人が、そのあまりの見た目に、慄いていた雪に製造元を説明してくれる。


「あ、嬢ちゃん。こいつは、クラーケンと、ゴールゴーンの首のキメラらしい」


…………………………………


おい、おかしいだろ。なんでクラーケンなのにタコ足が生えてんだよ。あともっといいビジュアルにしろよ!あとなんだ、ゴルゴーンって…


よくわからないキメラの外見に、俺らしからぬツッコミが頭をよぎった。


ここまで来ると、キメラの構造がおかしいというレベルではなく、もはや才能を感じてしまう。


「お“お“お“お“お“お“お“お“お“お“お“!」


クラーケン(?)とゴルゴーン(?)のキメラ(?)は雄叫びをあげて俺たちにヅイヅイと詰め寄って来る。


『「ヤッベェすげぇキモい」』


あまりの見た目のおぞましさに引く冒険者たち。ただしそこは、いつまでもブレない鷺堂兄妹。


あくまでも興味津々。今日日に打ち勝つどころか、その恐怖すら感じず煽りまくる俺とブチギレる雪は異端家族と言われていた。


とりあえず怪しいものを見つけたらぶん殴るのが雪で、煽りまくるのが俺である。


案の定、雪は雄叫びを上げた石像のような顔面を殴りつけた。


顔は大きく吹き飛び、雪もそれに合わせて追撃の用意…


命名、『タコ足顔面』はあたりの木々に、タコ足を絡ませて衝撃を殺す。


……そこからはまさに袋叩きである。雪の攻撃に加えて、後ろから援護射撃が、張り付いているタコ足にヒットする。


森は一瞬のうちに戦乱とかした。


雪の打撃の衝撃。木々をなぎ倒す音。タコ足顔面の雄叫び、雷撃、炎撃、etc、etc。


ここまでぶち込まれても死なないこのキメラの頑丈さに、1種の憐れみを感じるほどにはボコボコにされていた。


本来、雪のパンチは、音速ほどの速度で撃ち込まれ、正常な威力でも壁に穴が開く。


それが…何故か今では強化されている気がする…何故だ…『パワーが半分になる』とかいう、どこぞの宇宙の帝王みたいなことやってるスキルのはずなのに…何故かその拳は、まるで何かが宿ったようにパワーアップしているようだった。


タコ足顔面はその足でガードを試みたり、攻撃に転じようとするが、足のガードでは雪は止まらない。


足を突き抜けて、その際に雄叫びをあげようとするが、それすら許さず、拳→キック→拳→波動拳…(波動拳!?)を撃ち込んでいる。


……そんな打撃を繰り返すうちに、タコ足顔面は絶命したようでピクピク痙攣している。


…………………………………


『猫1匹抱えながら余裕勝ちって……』


俺はしばらく喋るのも忘れていた………


「フン」


雪は最後に全力の鉄肘と共に石像のような顔面にヒビを入れた…


「こんなペースじゃ、ダメだな。もっと早く早く討伐しねぇと…」


我が妹ながら、こんなに恐ろしいとは思っていなかった。


転生前は、せいぜいコンクリを地面から採集して、ひったくり犯の右足に向かって投げて、骨折させたくらいだというのに…


【スキル 植物打ハードプラントを獲得しました】


俺はまだ知らなかった。雪の化け物っぷりは、さらにここから拍車をかけていくことに…



























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