第3話 ニ身一体(物理的に)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


異世界で、俺の絶叫が響き渡る。


声が高い。少し女の子っぽい声だ。


そういえば、小さいながらも胸に膨らみがある気も……


『ちょ、うるさい。叫びたいのは私なんだけど?』


「馬鹿野郎!俺だって異世界で妹とイチャイチャライフが待っていると思っていたのに、同じ体じゃ、口説き落とすくらいしかできないじゃねぇかよ!?」


始まった異世界転生地で、俺は声高々に叫ぶ。


正直言って、妹とイチャイチャライフが送れないと言うのは、かなりの不安を覚える。


別に1人でも生活できるくらいの家事スキルは心得てはいるが、俺は妹に世話してもらわないと死んでしまう病気なのだ。


その旨を懇切丁寧、具体的に述べた妹の返答は、実に辛辣なものだった。


『死んどけボケナス』


と、いつもの軽いジャブのような挨拶を終え、俺は周りを見渡す。


俺がいるところは、どこか草原のようなところで、穏やかな風が吹くと、草木が踊るようにゆらゆらと揺れている。


日の上がり具合から察知するに…えーと、1番上に登っているから……………………………


『正午だバカ』


そうそう、正午だ。うん?正午?


「正午ってなんだっけ?」『………』


何故か愛しのマイシスター兼、歌って踊れる辞書ちゃんはダンマリを決め込んでしまった。


まぁ、ちょっと理想と違うような異世界転生しただけでキレ散らかすようなら男じゃない。


とりあえず気分を変えることにした。


「……ま、とりあえずこういうのは街を探すのがセオリーってもんだ。とりあえず、どっかそこらへん彷徨いてみようぜ」


『ああ、そうだな。って…お前の体、女じゃん…』


ん?ああ、薄々勘づいていたけど、この体は女性なのか…


男じゃなくなったんならナァロさんにキレてもいいかな…


「何か問題あるのか?精神が男の俺がこの女の子の体を妹の体だと思って隅々まで洗うだけジャマイカ」


『問題しかないわボケナス、変態!ゴミカス!ニート!ぼっち!』


「おい、変態とゴミカスとニートはいいが、ぼっちと言われるのだけは許せねぇ」


ぎゃーすかぎゃーすか言い合って、結局先に進むより、雪が身体主になることができるのか、という検証になった。


『……おい、お前全力で拒否しようとしてるだろ』


雪は言う。


「当たり前だ。このまま無理やり出ようものなら、俺はここで全裸になる」


俺は体の中をまさぐる。自分の体なのに、女性の体というだけでなんだかとてもやらしいことをしているような気分になってきた。


『やってみろ。私が変わる瞬間にお前に変わって恥かかせてやる』


おそらく実体があったら不敵な笑みを浮かべていたであろう雪に俺はふっと笑ってみせる。


「俺が公共の場で全裸になるくらいで、俺が恥じるとでも思ったのか」


アンサー、一切恥じらいを覚えない。


なんならむしろ信号の前で全裸になってもいい。


昔誰かが言っていた、裸は真のおしゃれだと。それは建前で、実際は着替えるのが面倒なだけである。


『ヤメロォォォォォォォォォォォォオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』


これには雪も大声を上げて無理矢理体を乗っ取る。


「あ…テメ…」』


そんなことをのさまううちに、俺は身体の主導権を雪に奪われた。


と言うより、精神の乗っ取りはできないことはないのか…


草原に、推定1人の少女が1人で大声を上げながら転げ回るその姿は人が見ていたら随分と異質なものだろう。主導権を剥奪された俺はそんなことを思った。


………これがこの中の精神か…


意外と主導権があった頃と変わりはない。雪の見ている世界を、夢で見ているような、そんな感覚。


「あははは!妹を困らせてばっかりの兄は一生私の体の中でくたばっておくといいよ!」


雪は「勝った!」という顔をしながら、俺にも聞こえるように大声で言う。


………


そんな声に俺は歯軋りするどころか、ある考えの境地に至っていた。


『そうか…これは今、俺はゆきの精神世界にいて…それを犯してる…』


「…均等に出してあげるからもう気持ち悪いこと言うの止めて…」


雪は同じ体にいる分に暴力を振るうことができないからか、以前のように俺に強く出ることができない。


俺は文字通り心の中でガッツポーズ。雪はうなだれた様子で帰りたいと漏らした。


『ま、とりあえず街まで飛ぼうぜ。というわけで運転よろしく』


さて、この体の操縦は雪に任せて、俺は優雅に精神世界で一眠りするかな…


どうやらこの世界、精神が1つだけ残っているならもう1つの精神は何をやっても許されるそう。


「どうにかしてお前に復讐してやる…!」


雪はいつも通り殴ることのできない歯痒さに、怒気を含んだ声を出すことしかできなかった。


その様子を勝者の余裕を醸し出しながら微笑む俺は、さらに雪の怒りを誘ったそう…


どうでもいいけど、なんかラーメン食べてぇなぁ…


          






























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