第4話 街までに三千里

『な・ん・で・こうなるんだよ!雪のアホオオ!』


「しょうがねぇだろ!地図がねぇんだから!」


緊迫した様子で1つの体での不毛な言い争いが勃発する。


雪の視覚を通して見えるのは、木漏れ日すらない森の深淵。


小鳥が囀る音も聞こえず聞こえるのはただただ地面の小枝を踏む音だけだ。



木々が密集しており、地面に生えている雑草も鬱蒼と生い茂っている。


そう、つまるところ…俺たちは迷った。


街に行くのに、何故森に辿り着いているのかは聞かないでくれ。雪が不甲斐ないことに、俺が寝ている合間に好奇心が邪魔したようだ。


全く…誰に似たのであろうか。


「はぁ、マジでどうする?結構入り込んじまったったった」


ため息混じりに雪は言う。…なんか語尾がおかしくなってるけど…


そして、ちょうどいいところに声が聞こえた。


「おやぁ?そこにいるのは一体どなたですかぁ?」


俺たちが途方に暮れている時、唐突にその声は聞こえた。


あまりに無気力なその声は、色々と疲れている俺たちの精神を逆撫でするような、とにかくイラつく声。


雪は、その声に振り向いた。それと同時に、精神を住処にしている俺も、声かけたやつの顔を見る。


……それは、いわゆる世間一般的にピエロ…いや、クラウンと呼ばれる道化の一種の装飾が施されたいかにも胡散臭い野郎だった。


そいつは腹がぶくぶくに育ってはいるが、腹に脂肪が溜まっているのか、顔はこけて足も細い。餓鬼のような風貌。


要するに見た目で判断すると、こう言うのお決まりの敵組織の下っ端みたいなやつなんだろう。


いきなりのファンタジーおなじみ、敵組織との合流に心を躍らせていると、雪がふと前に出た。


「お“ら“あ“ぁ“ぁ“ぁ“ぁ!」


「お困りですか…っぼへぇぇぇぇぇ‼︎」


男が何か口にした瞬間、何故か俺でも出せないような低い唸り声を上げた雪によって思い切りぶん殴られた。


『ちょ、おまー!何やってんの!?』


その様子に、狂犬の飼い主である俺は絶叫した。


「何って…いかにも見た目が怪しそうだったから、一発…」


『一発…じゃねぇよ!いきなり攻撃するんじゃない!お前は怪しいセールスが来ていたらぶん殴りそうだ!』


「そう言う奴はナンパより殴ってきた」


道化の男は、やばいものを見たような顔で俺たちをのぞいている。


いや、実際は雪を眺めているわけだが…相手を怖がらせる目をされるのは俺の美学に反する!どうせそんな目で見られるのなら、俺はやばい行動をとって目立ちたい!


こう言うところにはやはり雪とは合わない。


その名の通り、1心(?)同体となったのだ。そういう価値観の違いを直していきたいというのが俺の異世界転生の最初の目標だ。


「うるせぇなぁ…おい、アンタ」


妹は、道化の前にかがみ込み、威圧感を含めた視線で見つめた。


我が妹よ…その反応は完全にヤベェチンピラのそれだ。


「私らは、少し道に迷っちまったんだ。ちょっとばかし案内してくんねぇかなぁ?」


道化の顔をグッと覗き込む。尻餅をついた男は、慌てふためき後退りした。


「腹に風穴を開けたくなかったらとっとと案内しろ」


雪はドスが効いた声で念押しする。……怖いよ!雪、怖いよ!


「ははははははいぃぃぃぃぃぃぃ!今から案内させていただきます!」


か、可哀想に…


まぁ、こいつも平日の昼間っから怪しい格好して歩いていた変人だし…こう言う冷たい物理的な攻撃を受けることは………


受けることは………

あれー?なんだろなぁ、心が痛くなってきた。


道化の男は完全に萎縮し切ってしまった表情で道を促す。


「おい、一応言っておくが、お前がどっか怪しいとこに連れてこうってんなら、その気配がした瞬間、お前の贅肉と首がえぐれていると思えよ?」


雪は言い忘れていたとでも言いたげに、念押しをする。


男はガクガクとくびをゆらしなかと首を揺らしながら頷いた。


一体、どんなパワーで殴られたと言うのか…


妹のパンチは、物理方面だけではなく、精神面までやられるというここに新たな検証結果を得ることができた。


『現世で俺たちが変な目で見られてるのって俺だけじゃなくて雪のせいでもあるよね?1回それでお前に殴られたことあるんだけど…』


まるでうるせえ黙れと言わんばかりに無言の圧力を放つ。


『……あはは〜…3歳の…散財さんさい


ついに耐えきれなくなった俺は、とりあえずくだらねぇダジャレでお茶を濁す。


「……う、クク…www」


すると雪が小声で笑い出した。


出た!特に面白くもないダジャレは何故か唐突に言われると笑いが込み上げてくる現象!


つい笑ってしまった雪は道化に変な目で見られる。


俺の精神から発せられた言葉は、どうやら男の耳には入らないらしい。


そう、それだ。俺が求めていたのはその視線である。今のお前は、道路の道端で妹へプロポーズした時に俺に向けられた視線と同じ視線だ。


残念ながら今は森の中ということで、視線は1人、美少女がいない花がない状況というものが俺の頭を抱えさせるが、それはしょうがない。


街に着いたら、存分にいじってやることで、解消しようと言う結論になった。


「気にせず行け。ただの思い出し笑いだ…アイツゼッタイツブス…!」


対する雪は疲れた様子で道化の男に指示する。…物騒なセリフが飛んできたのは気のせいだったのだろうか…


          ♣︎


「おい、やっぱお前は殺さなきゃならないようだな」


「いいいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!違います!違うんです!ちょっと怪しい道ですけど、ここは近道なんです!」


静かなる怒りの炎を燃やしている雪に、道化の男は慌てて距離を取りながら弁明を繰り返す。


最初ののらりくらりとした感じはどこに行ったのか。今ではこちらの方が悪役に見えてならない。


……俺の見える景色は、まるで魔界に続く道のような、禍々しい空気を纏っている。


あたりの木々は枯れ果て、荒地となっている。なんか紫の曇天も浮かんでる。


ジメジメしている。


これには、流石に雪に同意である。


これが街に続いているとか嘘だろ!


俺たち最初の街が、こんな禍々しい雰囲気を纏っているなんて信じたくはない。


『おい、雪。今のうちにこいつの腹に風穴を開けておけ』


「了解した兄貴。お前はここで殺す」


「いやぁぁぁぁぁ!おたすけぇぇぇぇぇ!」


慌てて逃げそうになる男の襟首を掴んでギャアギャア言い合っていると、唐突に男が着きました!と大声を上げた。


…目の前に広がる景色は、山を少し超えたところにある、壁に囲まれた街…


歩いてきた道とは想像もつかないような快晴に、雄大な自然があたり一面に広がっていた。


「あの山は、長年モンスターの集会場で、腐った魔力があたりに渦巻いて、森林破壊を繰り返しているんですよ。あの雲も、魔力の結晶がそれに浮かび、それがあんな色になっているんです…山を越えればその瘴気は無くなりますよ…」


道化は急に元気になり饒舌に話した。

ていうか、やけに詳しい。


「そういや、お前は何しにあんなとこに来たんだよ…?」


「ああ、私はあの森の保護団体をやっているものです。今日はあの森の土壌調査をしに、訪れたんですが…」


「『申し訳ございませんでしたー!』」


雪は実際に、俺は心の中で土下座した。


いや?普通思わないじゃん、こんな怪しい格好した人がまともな職業なんて…


絶対、魔王軍かなんかの下っ端だと、俺たちは信じて疑わなかった。


これは土下座しずにはいられない。


「いえいえ、実はあなた方の前に現れた時、酒に酔ってまして…あなたに殴られて酔いは覚めましたが、あんな格好で出てきたわたしもわたしですから…」


あの時の胡散臭い口調は酒のせいかよぉぉぉ!


そこから渋る良い人に、ナァロさんからもらった銀貨を一枚握らせ、土下座しながら、送り迎えた。


…何はともあれ、俺たちはようやく街に辿り着くことができた!






























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