マッチ売りのトーラ

@daidai025

第0話 夢の跡

 空気がひどく、乾いていた。刺すように冷たいそれに、肌が粟立つ。

 木張りの床を軋ませながら、ゆっくりと一つのベッドに近寄っていく。床と同じく、古ぼけた木製のベッド。そこに、一人の老女が横たわっている。

 青白い顔は、生気の一欠けらも感じられず、すでに命が喪われて久しいことを証明していた。それでも、その閉じられた瞼は穏やかに弧を描き、口角はやんわりと上がっていた。誰が見ようとも、紛れも無く「笑顔」と呼べる、安らかな表情。

 白いシーツの上に伸びる、細い腕。その手を取って、ぎゅっと握る。膝を床について、手を引き寄せて額に当てる。

「――――……っ」

 ぽたっと、雫がシーツに落ち、一つ二つとシーツに染みが出来る。

 それをしばらく見つめ、その腕をシーツの中に戻した。

 静かに立ち上がり、踵を返して家を出る。

 それを待っていたかのように、同時に、家からうっすらと煙が立ち上り始めた。ぱちぱちと弾ける音があがり、赤い炎が家を包み込んでいく。

「……ぜんぶ、消えてしまえ」

 何もかも。苦しみも悲しみも孤独も。あの人が見た――夢の跡も。

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