141.サンドイッチ

「――ってことがあったんだよ、酷くない!?」

「そもそもお前がグリズリーを倒したってことの方が驚きだけど」

「私なんて全然だよ。隊長さんなんて、素手で倒したことがあるらしいし」

「……いや、それもおかしいだろ」


 ルカに愚痴を撒き散らしていたところなんだけど、思ったようなリアクションをしてくれなくて話が進まない。

 私はルシアンの話をしているのであって、魔物の話はしてないんだよ?

 もっとこう、私は慰めてほしかったんだけど!


「今は隊長さんのことじゃなくて、私の話をしてるの!」

「あーはいはい、悪かったよ」

「あ! それ、全然心にも思ってないよね!?」


 ルカはなんだかどうでもよさそうだった。

 ひどいよ、私は真剣な話をしているというのに!


「ねえ、聞いてる!? 私、すごく怒ってるの!」

「ちゃんと聞いてるよ。……というか別に、そんな奴を無理に助ける必要なんて無かったろ」

「まあ……そうだけど」

「そうだろ? 何が起きてもお前の責任じゃない。お前は最初から気にしなくていいんだよ」

「そうだけどっ! 私が言いたいのはそうじゃないの!」


 ルカの言っていることは……認めたくないけど、至極ごもっともだ。だけど、そんな簡単に片付けられる問題だったら、ここまで苦労してない。


「何が言いたいんだ?」

「あのとき……ルシアンの近くには私しかいなかったから、助けないと……」

「なんだよそれ、お人好しすぎるな。

 その獣人の騎士が、勝手に突っ走ったからこうなったんだぞ。あまつさえお前を無下にして、放っておけばよかったんだ」


 ルカはあっけらかんと言ったが……私はそうは思わない。

 もちろん助ける義理なんてこれっぽっちも無いかもしれないけど、それでも自分の手が届くなら助けてあげたい。

 私も一応、”人の心”を持っている。どんな人間であろうと、手を差し伸べるのは悪いことではないはずだ。


「死んでほしくなかった、から……」

「お前、損な性格してるな。ドラゴンなのに」


 ルカは呆れ顔でそう言った。


「あー! ルカが私を馬鹿にするー!!」

「おい、そういうわけじゃねえって!」


 なんで私が駄目みたいなことになってるの!? 私、すごく良いことしたと思うし、もっと褒められてもいいと思うんだけど!!

 ルカに心無いことを言われ、私はひどく心を痛めた。


 だがそんな私の顔に、突如あるものが差し出される。


「ルーナ」

「なに!?」

「これでも食べて、元気だして」


 エミルが手渡してきたのは、サンドイッチだった。いつの間にか屋台で買ってきてくれたみたいだ。

 確かに美味しそうなハムサンドだ。いい匂いもするし、野菜と肉の彩りも綺麗だ。まあ、いつもの私なら、喜んでいたかも知れないよ?


 ……でもさ、今は違うじゃん!

 こんなので喜ぶと思われているなんて、とても心外だ。私はそこまで現金な性格はしていない。

 あーもう、傷つきました! そんな浅はかな手段に、私は猛烈に腹がたった。


「もう、エミルまで! 私がご飯で喜ぶように見える!?」

「えっと………………見えるかも」


 むきー!

 私がそんな食べ物に釣られるような、単純なやつだとでも言いたいのぉ?


「あーもう怒ったぁ! 2人して私を馬鹿にして!」

「いや、そういうわけじゃ……」

「落ち着いてくれ、ルーナ。俺が悪かった」


 ルカもエミルも知らない!

 そうやって今更取り繕ったって、私を馬鹿にした罪は消えないのだよ!


「馬鹿! もう2人とも知らないっ!!」

「待って!」


 ぷりぷりと怒った私は、そっぽを向いて駆け出した。


「おーい、サンドイッチを持ってくな! 説得力が皆無だぞ!!」

「うるさーい!!!!」


 もう正論ばっかり! うるさいうるさい、分かってるよそんなこと!!

 私は手にしたサンドイッチをかぷりと頬張りながら、闇雲に街を駆け出した。



「――わあっ!!」


 砦まで向かう道中のこと、突然路地から男の人が飛び出してきた。

 さっきのこともあり少し上の空になっていた私は、避けきれずにそのままぶつかった。

 その男の人は、肩幅も大きくていかにも頑丈そうな体つきだった。まるで壁に突っ込んだかのように、私は後ろに跳ね飛ばされてしまう。


「いてて……」


 盛大にしりもちをついて倒れる私。

 せっかく手に持っていたサンドイッチが、衝撃で後ろに飛んでいってしまった。もう4分の1くらいしか無いとはいえ、もったいないことをしてしまった。


「ぶつかっておいて、ごめんなさいは無しか、あぁ?」


 急に飛び出してきたのは向こうだというのに、逆上してくる男。まあ私が100%完全に悪いとは言わないけどさ、私はしりもちをついたし、おまけにサンドイッチも失ったんだよ?

 にも関わらず、こんな可憐な女の子を怒鳴りつけるなんて、なかなか酷いと思うよ!


「そっちこそ急に……」


 ちょっとだけ腹がたった私は、負けじと応戦しようと、男の顔を見上げた。

 てっきり怒っていると思っていたその男の顔は――ニヤニヤと笑っていた。


「えっと……ごめんなさい。私、行かないと」


 ただならぬ何かを感じた私は、そそくさと立ち上がった。そして軽く謝罪の言葉を口にすると、男とは真逆の方へ踵を返した。


「嬢ちゃん、まだ話は終わってねえよ」

「や、やめてっ!」


 ゴツゴツとした手に、私の手首がぎゅうっと掴まれた。

 痛い、力が強いよっ!!


「こら、暴れるな!」


 そして気づけば、いつのまにか背後には別の男が立っていた。何故か私は2人がかりで全身を押さえられ、その場から動けなくなってしまった。

 私は必死に逃げ出そうと暴れ出すが、――直後、鼻と口が布でがばっと覆われた。


「肩を抑えろ馬鹿!」

「んー!!!」


 苦しい、息ができないっ!!

 私はなおも必死に抵抗した。だけど私の非力な腕じゃ、男2人を引き離すことなんて到底できない。

 布からは、ずっと甘い香りがしていた。お菓子のような甘さじゃなくて、もっとこう、ドギツくてクラクラするような甘さだ。



 だがそんな私の前に、救世主が現れた。


「動くな!!」

「その子を離しなさいっ!!」


 必死に暴れる私の視線の先には、アイラとライルが立っていた。いなくなった私を追いかけてきてくれたのだろう。まだ早いかもしれないけれど、私は安堵した。


(アイラ! ライル!!)


 2人は剣を構え、切っ先を私たちに向ける。その顔は本気だった。必要とあればこの男たちを殺すことさえ厭わない覚悟だ。


「おいおい、俺達はちょっと遊んでただけだって」

「そうだ、そんな物騒なもの向けないでくれよ、騎士様」

「んー!!」


 そんなことは言っているが、相変わらず私を掴まえる手は緩まない。


「早く離しなさい!! 私たちは本気よ!!」

「クソ野郎ども……。ルーナ、待ってろ今助ける」


 今にも2人は飛びかからんとしていた。こっちの男2人は、私を押さえることで手一杯。武器は持っていない、丸腰だった。

 だから……勝機はもちろん見えていた。




 ――彼が来るまでは。


「ルシアン! あなた、何して――ぐはっ」


 閃光のように現れた茶色の毛並みをした獣人。彼は騎士服を身にまといながら、アイラの後ろに降り立つと、同じ仲間であるはずの彼女を殴打した。

 獣人というのは力が強いらしい。彼の衝撃によって、アイラの体はいとも簡単に飛ばされる。


「てめッ――」


 少し遅れて反応したライルは、剣を容赦なくルシアンに振るう。しかし、ルシアンは半身を翻してそれを躱す。

 10人抜きの噂は伊達ではないようで、次に見えたのはルシアンの剣がライルの脇腹に突き立っているところだった。

 一瞬の出来事で、まるで……夢でも見ているかのようだった。


「ライルッ!!!」


 布が取れ、ようやく私は声を出せた。しかし、事態はあまりにも遅すぎた。

 地面に横たわる2人、その体からはドス黒い脈動する血液。私の頭は沸騰しそうなほど動転していて、もうどうしていいか分からなかった。


「今日は決行の予定じゃなかったろ」

「お前がチンタラするからだ。……連れてくぞ」


 まさに今ライルを斬ったばかりの長剣を、ルシアンは地面に無造作に捨てる。そして、彼は悠長に歩きながら私に近づいてくる。

 ……なにか、なにか私に、出来ることは。


(――そうだ、魔法っ!)


 すっかり忘れていた。これなら、前に王都で誘拐されかけたときも使った。グリズリーを倒せる威力もある。

 これなら……私でも戦える……っ!


「……無駄だ、諦めろ。」

「つ、かえない……どうして……」

「コイツ、火を吐こうとしやがったぜ!」


 今まで何度も何度も練習して、安定して使えるようになったはずのブレスが、使えない。魔力を溜めるたびにどんどんとそれが漏れていっているような感じがして、魔法がどんどん霧散していく。


「お前の魔力を阻害する装具を用意したんだよ、気分はどうだ?」


 ルシアンが私の首元にある何かを掴んだ。私が暴れているときだろうか、いつの間にか装着された、首輪のようなものだった。

 この硬い感触は、おそらく金属製。ずっしりと重たくて、ひんやりとしている……気持ちが悪い。


「なんで……こんなこと……」


 私の体は、近くに停めてあった幌馬車へと運ばれる。もう一度、抵抗しようと思ったけど……なぜか体に力が入らない。


 ――というか、なんだか頭がくらくらするような、


「やっと薬が効いてきたか」

「く、すり……?」

「そうだ、おねんねする薬だ。頭がふわふわしてきたろ?」

「…………ルシ、あ……ん……?」


 朦朧とする意識の中、私はルシアンに呼びかけた。でも自分がなにを言おうとしたのかも曖昧だったし、彼からの返答もよく聞こえなかった。

 ――そんな失意の中、私は意識を手放した。

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