76.バカンス
「隊長さん、隊長さん!!」
「どうした?」
夕暮れ時、ひとしきり遊び、ルカの家から帰ってきた今。私は廊下を歩いていた隊長さんを後ろからぎゅっとして捕まえる。
すると……私の体は、振り向いた隊長さんによってひょいっと持ち上げられ、宙にぶらりと浮いてしまう。
「ねえ、大事な話があるの」
「そうか、お前がそこまでいうなら聞いてやろう」
ニヤリと笑いながらそう答える隊長さん。
私はその腕の中に収まりながら、隊長さんの部屋へと連れて行かれることとなった。
そしてドアが開き、到着したのはいつもの執務室。最近は街で遊ぶことが多かったからちょっと久しぶりな気分。やっぱりこの静かな空間は、すごく落ち着く。
「で、その大事な話ってのはなんだ?」
ぼすっと柔らかいソファーに隊長さんが腰掛ける。私はその膝の上だ。
背後からそんな優しい声が耳元に届く。
「えっと……南でドラゴンが暴れてるって聞いたんだけど、ほんとなの?」
隊長さんは、首を縦に振った。
「エストラーダの赤竜だな。ああ、本当だ」
「そう、それ! エス……なんちゃらってとこ!」
「どこで聞いたんだ?」
「今日友達のお家に遊びにいったときに聞いたの。そのドラゴンのせいでとても困ってるらしいから、隊長さんならなんとかできないかな……って」
隊長さんは顎に手を添えると、なにかを考え始めた。
私は後ろを振り向いて、その隊長さんの表情を観察する。
「どう、かな……?」
「ルーナ、少し話は変わるんだが――」
私がそうやって恐る恐る問いかけたところで、隊長さんはそう問いかけた。疑問に思いつつ、私はその言葉の続きに耳を傾ける。
「――海は知ってるか?」
「う、海? 知ってるけど」
「そうか、なら話が早い。もうすぐ夏だ、バカンスでもどうかと思ってな」
隊長さんは、何故かまったく別の話を切り出した。どこか少し自慢げな顔に、やっぱり私の頭の上には疑問符が浮かぶ。
「まって、バカンスは……行きたいけど、それよりドラゴンの話が大事だよ?」
そんな関係のない話をする隊長さんに、私は待ったをかけた。
しかし対する隊長さんは、その表情を崩さずに私に語りかける。
「実は、第10南部方面隊から我々とお前宛に応援要請が来ているんだ。エストラーダの赤竜の生態調査に協力してほしいと、向こうの隊長直々のご指名だ」
「それが海と関係あるの?」
「エストラーダは有名な避暑地として知られている。白いビーチと豊富な海産物が有名だ。これが何を意味するか分かるか?」
ひしょち、という素晴らしい響きの言葉に、私の尻尾はぴんと立ち上がった。
「えっと、調査して、ついでに旅行もしちゃおうってこと?」
「御名答」
隊長さんはそう言うと、私の頭を撫でた。
どうやら隊長さんは、既に南でドラゴンが暴れていることを知っていただけでなく、それに乗じてバカンスへ行こうと計画しているようだ。それはすごく……職権乱用も過ぎるのではないかだろうか。
「そんなことして、いいの?」
「もちろん、仕事だからな。それに……これはお前のためでもある」
「私?」
てっきり私は、隊長さんが仕事をサボりたいがために仕事を口実に旅行へ行こうとしているのだと思っていたけれど、実はそうではないらしい。私は隊長さんの顔を仰ぎ見て、その思惑をおもんばかる。
「ここ一ヶ月で実感したが……どうやらお前は、自然界よりも人間社会の方が性に合っているようだ」
「うーん、そうかなぁ」
もともと私は人間だから、人間の生活のほうがしっくりくるのは当たり前の話だ。でも別に私は、自然が嫌いというわけではないし、全然そんなことないとは思うんだけどなぁ。
「ならルーナ、明日から森で暮らせと言われたらどうする?」
「おことわりです!」
前言撤回。私、人間社会大好き!
森で暮らすなんて考えられないよ! あんな危ないところ、1人で過ごすなんて絶対にお断りだ。
私は腕で大きなばってんを作り、その意志をしっかりとアピールした。
「そういうことだ。だから我々は方針を切り替えた。社会の中で生きていけるように、お前に色んな経験をさせるべきだとな。
出発は2週間後だ、行くか?」
「行くっ!!」
私はそう元気よく返事した。
この旅行は、どうやら私のためでもあるらしい。私に社会経験を積ませるという、立派なお仕事でもあるんだと。まだこの世界のことをよく知らないから、私としてもそれは大歓迎だ。
それに――海にビーチに海鮮……聞いてるだけでワクワクする素晴らしい組み合わせだ。
「でも……ほんとに良いんだよね?」
「お前にいろんな景色を見せるのも、我々の仕事だ」
隊長さんは、私を膝からひょいと下ろすと、ソファーから立ち上がった。そしてそのまま私をおいて、窓際にある執務机についた。
「向こうの隊にも伝えておく。あと、セレスにも行くかどうか聞いておいてくれ」
「べつに聞かなくても、行くって言うと思うけど……」
「だろうな」
隊長さんはおもむろに引き出しから書類を取り出すと、なにか文字をそこに書き始めた。おおかた、そのエスなんちゃらにいる隊に返事でも書いているのだろう。
私はそんな様子を見て、隊長さんの横をすっと陣取った。
「……おやつ」
私の零したようなお願いを聞いた隊長さんは、やれやれといった体で軽くため息をついた。
「ルーナ、王都の名前は覚えているか?」
「うん」
確か、セレスティアだったっけ。セレスの名前が由来……というか、そのまんま街の名前になったんだよね。
「この国の人間は、
隊長さんはそう言うと、机の引き出しからおやつを取り出し、私に手渡した。
……隊長さんの言葉の意図はわからなかったけど、おやつ(カップケーキ)の味が甘くて美味しいことだけは分かった。
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