【かわいい】突然ドラゴンに生まれ変わったけど、騎士たちがみんなご飯をくれて幸せです!【天才】

柊しゅう

第1章 出会い

1.森と落ち葉とオオカミ

 私は走っていた。

 周りは木々が腐るほど生い茂る森。ギャースカと聞いたこともない生物の声が、木々の間を通り抜けて響き渡る。体に当たる風は、いやにひんやりとしていて、不気味な感じだ。まだ昼だと言うのに、葉っぱに遮られてやや辺りは薄暗い。

 

 なぜ走っているのか。否、走らなければならないのか。

 ――私はチラリと後ろを見た。その理由が、私のすぐ背後にあった。


「ガウ、ギャウ!!!」

「ひやああああああ」


 形容もできないほどに恐ろしい声を上げるオオカミが、私の後ろに迫っていた。

 グレーの毛が生えた、無駄のない筋肉質な体躯。小さいが、「絶対殺す」という意志しか感じられない、悪い意味でまっすぐな瞳。その視線が、何本も、それもいろんな方向から向けられていた。

 オオカミは群れで狩りをするとなにかで聞いたけどさ! まさか自分で経験するなんて!

 ペットで飼われているような愛玩動物ワンちゃんとはわけが違う。森のハンター、食物連鎖の頂点。そんな顔つきをしている。


「たすけてええええ!!!」


 助けなんてあるはずないのに。そんなことはわかっている。でも、この恐怖を吐き出すにはこうするしかなかった。背後に迫る殺意。

 私は、形容もできないほどに間抜けな声を上げながら、私は森の中をただひたすらに疾走するのだった。



 あなたは、「人生最大の危機」を味わったことがあるだろうか。

 

 ――人生、という凄く大きな括りをしているが、社会を生きている以上、誰でもそんな経験はあるだろう。

 地震、火事、交通事故という物理的な出来事から。全校生徒の前で発表するときに緊張したとか、そんな精神的なものまで。

 かくいう私もある。そう断言して言える。――というか、いまがちょうど「人生最大の危機」だろう。

 

 私の顔は、おそらく周りから見ればかなり冷静で落ち着いた表情に見えるだろう。しかし、心臓はバクバク、脂汗はダラダラ。わけのわからない状態に、体が拒否反応を示していた。


「これ、どうすれば……!」


 想像しているよりも、とっても幼い声・・・が、口から漏れた。

 私の眼前には大きな水面。池か湖か、水面は透き通っていて、奥の方には小魚が悠々と泳いでいる。その水を鏡のようにして、私は目の前に映る像をじーっと見つめた。


 そこに居たのは、ビッシリとウロコが敷き詰められた真っ白な顔、そして体。縦方向にキッと裂けた金色の瞳に、触れば簡単に怪我をしそうな牙。頭からはツノも生えている。

 まるでトカゲのような見た目だが、ヤモリとかそんなのに比べれば、何倍も大きい。小型犬くらいの大きさだろうか。

 だがトカゲと明らかに違うのは、背中から生えるその翼だろうか。翼の生えている生き物なんて、鳥とかコウモリくらいしか思いつかない。目の前にいるのはそのどれにも当てはまらない、爬虫類なのに翼を持った存在だ。




 ――はい、それが私です。

 水面に映る謎の生物。私が首を傾げると、同じくその生物も首を同じ方向に傾げる。私はそれを確認すると、すぐに水辺から離れた。そして、その場にへたり込むように座った。「へにゃっ」という擬音が似合いそうなくらい、体から力が抜ける。

 

 ……私は人間を辞めたつもりはない。ましてやこんな謎生物に体が変わっている意味がわからない。ついこの前まで、ただの女子高生だったはずなのに。

 なにか手がかりがあるはず。――私は、直前の記憶を必死に思い返した。




「……私、死んだ?」


 結論として出たのは、自分が死んだのではないかという突拍子もない話だった。

 だが、はっきりと覚えていた。ある夏の日の朝、学校に向かうために道を歩いていたときだ。


『いっ、た……!』


 こう言ったのだけは、はっきりと記憶に残っていた。

 突如として起こった胸の痛み。本当に心臓を鷲掴みにされたんじゃないかと思うほど、尋常じゃないほどの痛さに、思わず顔を歪めながら、私は地面にひざまずいた。

 熱くなった歩道のコンクリートが膝を焼こうとするが、そんなことにも気が付かないほどだった。思わず胸を押さえる。その手で抑えるという行為ですら、大きな衝撃のように感じてしまう。


『だれか、たす……』


 そこまで言い切ったところで、私はそのまま地面に倒れ込んだ――気がする。それ以上はもう、意識なんてなかったからだ。




「そして今に至る、と……」


 悪い夢でも見ているのだろうか。しかし、夢にしては肌に感じる風も、耳に入ってくる音も、すべてがリアルだった。目の前の現実を受け入れざるを得ないくらいには、夢だとは思えなかった。


「私は、これから、どうしたら」


 もう泣きたい気分だった。私は辺りを見回す。……どうやら森の中のようだ。青々とした葉っぱが、ずっとずっと遠くまで広がっている。奥は不気味なまでに暗い。この水辺だけが、開けた場所で明るかった。

 私はとりあえず、立ち上がってみた。はじめての4本足のつもりだが、思ったよりもしっくりくる。イケる、イケるぞ……!


 四つん這いをしているような感覚だが、体はしんどくないし、前も普通に見える。不思議な感覚だ。なんだかそれが楽しくなって、落ち葉の上をぐるぐると周るように走ってみた。速く走れば走るほど、落ち葉がぶわっと舞い上がって、それも面白い。

 こんな状況でも楽しさを見いだせるとは、私すごい!

 今度は、ちょっと落ち葉が多めに溜まっている場所に、助走をつけて飛び込んでみた。

 ……ばさっ。そんな効果音をたてて、落ち葉がいろんな方向に飛び散った。ふっ、やっぱ楽しい。

 

 ――落ち葉に埋もれる体を引っこ抜き、もう一度助走をつけようと歩き出した。そのときだった。


「ガウッ!!!」

「ひっ……!」


 森の奥のほうから、獣の声が聞こえた。その声色は明らかに友好的ではない。

 私はすぐさま遊びを中断し、声の聞こえた方向へと振り返った。

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