「言の葉の庭」の終わり方

「言の葉の庭」「秒速5センチメートル」に関するネタバレあり


 もし私が「一番残酷だったと思う映画は?」と聞かれたら真っ先にこの作品をあげるだろう。「言の葉の庭」である。

 約50分の短い作品の中で何が起こるかと言うと、「年上に恋をした男子高生が結局関係がうやむやのままになる」である。


 新海監督は、恋愛に関してはまどろっこしい描き方をしないイメージがある。恋のライバルが出てきてあれやこれやというよりは、「二人がどうなるか」にフォーカスしていくやり方だ。

 そして、「言の葉の庭」では主人公の恋の予感が隠されずに冒頭から示されている。母親には若い恋人がいて、兄は同棲しようとしている。マザコン気味な主人公が「年上に恋するだろう」とすぐにわかる構図である。

 主人公は雨が降ると学校をさぼり、将来靴職人になりたいというちょっと変わった青年である。そんな彼は公園で、昼間からチョコレートを食べ酒を飲んでいる年上の女性と出会う。ここからがこの物語の肝である。このちょっと変な女性に主人公は惹かれていくのだが、関係性は最初から平等ではなかった。相手の女性は主人公の通う高校の先生で、相手が自校の生徒であると気づいていた。その一方で、主人公はそのことを全く知らない。

 先生は生徒との間にトラブルがあり、休職中である。そしてすでに別の人と付き合っている元カレに相談するような「駄目さ」もある。おそらく先生は、「年下に好かれてしまう、隙のある自分」に自覚的である。それでも主人公と好意的な関係を築こうとするのは、誠実で夢のある主人公といることで「何かを乗り越えよう」としていたのではないと考えられる。

 恋愛にも慣れておらず、相手の素性も知らない主人公。相手の素性を知り、恋愛のあれこれを経験している先生。どうにもこの二人は不均等な関係なのである。

 学校に復帰した先生と出会うことで、この不均等は一気に解消される。青年らしく直情的な行動をとる主人公は、ついに先生の部屋に招かれ、決着の時が訪れる。

 おそらく先生にとって、とても苦しい瞬間だったことだろう。いつか決着の時が来るのはわかっていたはずだ。主人公は先生の心を支えてくれた、とても大事な存在だ。恋愛感情を抱かれていたこともわかっていたはずだ。それでも先生が求めていたのは、「雨の日に公園で会って、楽しく話せる男の子」だったのだと推測される。恋人は、リスクのある関係だ。

 若い主人公には、曖昧な関係に耐えられるだけの余裕はなかっただろう。先生のもとを去るが、先生はそれを追いかける。失いたいわけではなかったのだ。そこで主人公から厳しい言葉を投げかけられて、先生はとても救われたのではないかと思う。大人たちは誰も、まっすぐな言葉は与えてくれなかっただろうから。

 地元に帰ることになった先生と主人公は、関係が続いていく。手紙のやり取りをして、いつか先生に靴を送りたいと主人公は考える。綺麗な終わり方……にはとても思えなかった。先生は主人公を失わなかったし、主人公は淡い期待を抱き続ける、呪いをかけられたような状態になってしまった。

 エンディング、秦基博の歌う「Rain」はとても切ない。原曲の大江千里バージョンは、声質のせいか前向きになろうという意思が感じられる。秦バージョンは現実を受け入れ雨に濡れてじっとしているような、悲しみがある。


 先生は主人公のことをどう思っていたのだろうか。恋愛感情がなかったとしても、いつか主人公に恋愛感情を抱く日が来るだろうか。

 だが、元も子もない言い方をすれば、主人公の前には別の女性がいくらでも現れると思うのだ。物語を通して、主人公のいいところはいくつも描かれている。だから、主人公を好きになる女性はきっといる。

 この話は、「青春の1ページ」になってしまうような、そんな予感もさせながら終わっていく。タイトルの通り、「庭の中の、小さな物語」として。


 「秒速5センチメートル」でも、恋愛のうまくいかない何とも言えないやるせなさを感じさせてくれた新海監督。「君の名は」以降印象が変わったかもしれないが、私はどうしても「恋愛のうまくいかない感じ」をリアルに表現する第一人者というイメージなのである。

 実は私は、少年少女の主人公が「大人になって結婚しました」的な話が苦手である。読者としては応援したくなる展開なのだろうが、「恋愛ってもっといろいろあるじゃん」と思ってしまうのだ。ヤムチャが結局ブルマと結婚しないような未来の方が、なんとなくほっとするのである。

 その意味でどうなるかわからないまま(おそらくは恋人にならないであろう)「言の葉の庭」の終わり方は、残酷と感じる一方でとてもすがすがしくも感じるのだ。

 ここまで考えてたどり着くのは、「主人公には失恋してほしい」というひどい感情である。先生は主人公の気持ちを知っていて、都合のいいように利用したところがある。主人公もまた先生との経験を糧として、成長してほしいのだ。そしてそのように思ってしまう自分に罪悪感も抱く。何と罪な作品だろうか。

 物語は、明確な失恋が示されないままに終わっていく。世の中にはそういうあいまいな恋もたくさんあるだろう。この映画が二時間あるならば、そこも描かれるはずだ。しかしあくまで短い「庭の中の話」としたことで、主人公が少しだけ成長する物語となっている。その意味でも私は、「言の葉の庭」はあまりないタイプの名作だと思う。



参照

新海誠「秒速5センチメートル」(2007)コミックス・ウェーブ・フィルム

「言の葉の庭」(2013)東宝

鳥山明『ドラゴンボール』(1984-95)集英社

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