現代詩お嬢様論考
現代詩お嬢様という詩人がいる。
当然だが本名ではない。一般的な名前でもない。いわば、概念である。
このお嬢様はツイッターに登場して、概念としてつぶやき始めた。しかし、それだけにとどまらなかった。実際に詩を書き、『ココア共和国』に作品が掲載されたのである。
もはや、お嬢様は実在する。
これまで、詩の世界にこのような存在はいなかった、と思う。
お嬢様には、執事の小林が従っている。この小林とは、現代詩お嬢様というキャラクターを生み出した小林素顔のことであるような、ないような。ネット上で現実と虚構が入り混じりながら、現代詩お嬢様はキャラクターとしてつぶやき、そして詩を紡ぎ出している。
現代詩お嬢様が詩集を出した。『Virtual Poetry』、インターネット上の存在にふさわしい、電子書籍である。
少しでも気になったあなたは、これを読むべきである。おそらく、「現代詩お嬢様」という響きから想像する作品の質を、はるかに超えている。
作品は、お嬢様の視点から世界が描かれる散文的なものと、ひらがな中心の柔らかい言葉で構成された詩が交互に配置されている。
最初の詩は「わたくしの執事について」である。
ごきげんよう。現代詩お嬢様でしてよ。本日はわたくしの執事の小林についてお話いたしますわね。
(「わたくしの執事について」より)
この出だしは、詩としてはとんでもない。語り口調でお嬢様としてのキャラを表現し、自分の名前を宣言もしている。そして小林=小林素顔=創造主が、架空の世界では執事であることを教えている。作者はあちらの世界を書き表すだけでなく、こちらの世界とあちらの世界をつなぐ存在なのである。そしてこの作品は、その小林を詩的に表現することで、お嬢様の世界観を伝えている。
ツイッターでも示唆されているが、お嬢様は自負としてはお嬢様だが、決して優雅な暮らしているわけではないようである。それはまさに、現代詩の現状を表しているとも考えられる。その世界観自体が、私たちに様々なことを問いかけてくるようである。
そして続く二作品目は、平仮名だけで構成された「めまい」という作品である。
めまいのたびに おもいだす
あなたのむねの たばこのかおり
とびこむたびに すがるたび
ふわり つつまれ わたしはねむる
(「めまい」より)
平仮名の柔らかい表現だが、退廃を感じる作品である。そしてこの作品には、「現代詩お嬢様」を明確に表す言葉はない。奇数ナンバーの作品が「お嬢様というキャラを知っているこちらの世界に向けて」書かれているのに対して、偶数ナンバーの作品は、「お嬢様がお嬢様の世界の読者に向けて」書かれた作品と考えられる。
架空のキャラに対するこのような二面的な創作というのは、他のジャンルでも見ることができる。例えばボーカロイドは単なる音声合成ソフトではなく、キャラクターとして受け入れられてきた。初音ミクの歌う「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」は初音ミクというキャラクターが前面に押し出された楽曲である。初音ミクがパソコンにインストールするよう求めるという、設定されただけではない「ソフトである」という特徴まで表現されている。
それに対して「ワールドイズマイン」はキャラクターが想定された歌ではあるものの、一般的な初音ミクのキャラクターと一致しているわけではない。ただし、イラストは初音ミクであり、初音ミクというキャラクターが歌うものとしてはそれほど違和感がない。実際のアーティストも、別のキャラクターを設定した歌を歌うのは普通のことである。つまり「ワールドイズマイン」は、初音ミクの世界で初音ミクが歌う歌、としても理解することができる。
初音ミクというソフト、そしてそのキャラクターは、彼女のキャラクターを生かした楽曲を多く生み出してきた。それは、初音ミクなしでは生まれなかった芸術作品が初音ミクのキャラクター性によって生み出されたことを意味している。
『Virtual Poetry』における詩作品も、現代詩お嬢様というキャラクターの誕生なしには生まれ得なかった。そして現代詩お嬢様が私たちの世界に見せる「さらけ出されたキャラクターとしての作品」と、現代詩お嬢様が現代詩お嬢様の世界で紡ぎ出す「キャラクターがキャラクター世界で創る作品」が同時に、そして交互に収録されているのである。この配置は、お嬢様の存在に立体感を生み出している。お嬢様、策士である。
作品は、後半に向かって変質もしている。散文的な作品はお嬢様というキャラクターから発信されつつも、中身の抽象度が高まっていく。
そう、四輪駆動のガトーショコラのリコールに関しましては必ずや勝訴いたしまして怠惰を気品に改竄する機構をあらためて頂けませんとティータイムがボサノバアレンジの蛍の光になりましてよ。
(「シュガードライブ」)
口調はお嬢様のテンプレートでありながら、作品自体はとても魅力的な詩的表現の集合で構成されている。もう一方の平仮名主体の詩は漢字も混じるようになり、最後(実際には「シュガードライブ」の前に配置されている)ではお嬢様っぽさが現れる。
まちわびても いらっしゃらないこと
ぐらいは 存じておりましてよ
わたくしの わたくしたちの
時代なんて もう いらっしゃらないこと。
(「遺構」より)
一方ではお嬢様が自らをさらけ出し、他方では自らを隠す。二種類の作戦が交差し、いずれ交わるような予感を抱かせながら詩集は閉じていくのである。
これは現代詩お嬢様というキャラクターを生かした詩集であり、現代詩お嬢様の成長を描く物語でもある。現代詩お嬢様はツイッターで言葉を紡ぎ出しながら、作者によってイラストも描かれている。現在進行形で、「私たちの中でも」成長し続けている。そしてクオリティの高い詩を紡ぎ出すことで、詩人としての成長も見せている。普通に「期待の詩人」としても見られるのである。
このようなバーチャルな存在は、今やなにも珍しいものではない。しかし現代詩の世界では、新しいものである。しかもその名前は、「現代詩お嬢様」であり、概念自体が前面に押し出されている。お嬢様に触発されて、別の現代詩○○たちも生まれつつある。これは現代詩にとって、まったく新しい現象と言えるだろう。
バーチャルなキャラクターは、受け手と共に成長していく。現代詩お嬢様がこのまま詩人として生き続けていけるかは、その詩を読み、そのキャラクターを愛する人々の方にかかっていると言っていい。もちろん創造主である小林素顔次第という面は大きいが、そんな彼のコントロールを越えて成長していく可能性を秘めた存在である、と私は感じている。
とにかく、未読の人は読んでおいてほしい。現代詩お嬢様を、見つけてほしい。
参照
現代詩お嬢様 『Virtual Poetry』(2022)
ika_mo 「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」(2007) https://www.nicovideo.jp/watch/sm1097445
ryo「初音ミク が オリジナル曲を歌ってくれたよ「ワールドイズマイン」」(2008)https://www.nicovideo.jp/watch/sm3504435
現代詩お嬢様ツイッターアカウント @poetry_ojousama
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