春の記憶

上野あき 無気力

第1話

「僕は春が嫌いです」


彼から聞いた初めての言葉だった。


私は好きな季節を聞いた。うん、間違いない。


しかし彼は嫌いな季節を答えた。私は返事に困りだまってしまった。

彼は言い終えた後何もなかったかのように勉強に戻った。


質問をした私は彼の声が聞きたいという理由で当たり障りのない質問をしたつもりだったが彼にとってはそうではなかったのではないかとドキドキした。



毎日、部活が終わってすぐ家の近くにある塾に私は向かう。距離はそんなにないが学校と塾が近い子よりかは遅く到着する。テストの日で早く終わった日は一番乗りだと思い塾行くが、そこにはもう彼がいる。どこの学校かも彼のことは何も知らない。そんな彼はほかの人が塾に来る時間に帰ってしまう。ほかに彼の存在を知っている生徒はいるかどうかは知らないが、勝手に秘密を見たような感じがした。2年生の3学期の期末テストが終わり来年から受験生なんだから勉強をしてきなさいと母親に言われやる気ゼロのまま塾に来てしまった。テストから解放されたのに遊びにも行けず拗ねていた私は好奇心に任せたまま彼に話しかけてしまった。


謝るべきか謝るとしたらなんというのか一人で悶々としていたら彼が帰る準備をしていた。多分今日を逃した話しかけるなんてできない気がして彼にも一度話しかける覚悟を決めた時だった。


「あの、外のコンビニ行きませんか?」


「えっ?あっ、はい! 行きます」


私は考える間もなくそう答えていた。私の声が大きかったのかそれとも返事が早かったからか彼は一瞬驚いた顔をしたがクスッと笑い「先行ってますね」と言い足早に出口に向かったその行動はこの塾の塾長を警戒しての行動だろう。塾長は恋バナをするのも聞くのも好きで塾生に話を振りキャッキャッしている。もちろん私も例外ではなくよく話を振られるが愛想笑いでごまかしている。


話したくない人もいることをそろそろ理解してほしいと常々思っている。彼が部屋から出て行った数分後に私も部屋を出るこの近くでいうとコンビニはあそこしかないだろうと思い向かおうとするとすぐ先の信号で待っている彼を見つけた。


私は小走りで駆け寄り彼の後ろに立った。なんと話しかけようか迷っていると信号が青になり彼が歩き始めた。今だ!と思い彼の隣に行き私も歩き始めた。彼は私のほうを見るなりすぐに目をそらしコンビニまで歩いた。塾から5分もかからない距離なのにとても長く感じた。無言の空間がつらく話始めようとするが先ほどのように聞いてはいけない話を聞いてしまうのではないかと不安になり話すことをあきらめた。


彼のほうをちらっと見ると何か考えているような気がしますます話しかける気をなくした。コンビニについてからも話すことはなく私はいつも通り眠気覚まし用のコーヒーを買い会計を済ませ彼を外で待っていた。


彼のほうを見るとお菓子コーナーで立ち止まりなにか迷っているようだった。私が会計が終わり外で待っていることに気が付くと彼は急いでレジに行き会計を済ませた。慌てた様子で出てきた彼は手にいっぱいのお菓子を持っていた。


「これ」


とだけ言い彼は私に今買ったばかりのお菓子を私に渡してきた。私が止まっどっていることに気が付くと彼は


「さっきの事、ちょっと冷たかったかなって。それと、今日テスト終わったばっかなのに塾来ててえらいなって思って、僕はもう帰るから頑張ってね」


そう言い半ば押し付ける形で私にお菓子を渡し、彼は塾とは逆にある駅のほうに向かって帰っていった。

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