42話蠢く者

 ~サウス伯爵視点~


 何故だ!? どうしてこのような状態に!?


「どうなってる!」


「い、いえ! 王都には連絡員を行かせて……戻ってきて異常はないと」


「なら、何故襲われている!?」


 ティルフォング家当主ターレスは何をしている!?

 バレたら困るのは、あちらも一緒だというのに……!


「……逃げるか。ここをしのげば、ティルフォング家がどうにかしてくれるはすだ。隠れ家は、まだいくつかある。その中を転々としていけば……」


「で、では、すぐに準備いたします!」


「うむ、早急にな」


 長年つかえている秘書が出て行く。


「さて、兵士達が時間稼ぎをしている間に……」


 奴らが裏切ることはない。

 私の悪事に散々加担をしてきたからな。

 それに生き残れば、ティルフォング家が助けてくれると言ってある。


「やれやれ、潮時だね」


「アテラ!? 何をしている!? 侵入者はどうした!?」


「今頃、戦ってるんじゃないかい?」


「き、貴様は何をしている!?」


 ま、まさか、私を殺しに?


「なあ、アンタはなんで結婚してないんだい?」


「……何を言っている?」


「女はいっぱいいるけど、結婚はしてないだろう? 子供はいらないのかい?」


「クク、なんだ私の妻にでもなりたいのか?」


 実は、こいつの見た目はタイプだ。

 以前から狙ってはいたが、私を毛嫌いしていると思っていた。

 こいつは腕も良いし、可愛がってやるとするか。


「……まだわからないのかい?」


「何がだ?」


「アタイは、アンタの娘だよ。証拠は掴んだ」


「……なに?」


「これを見な」


 女の肖像画と当時の内容が書いてあるが……思い出せん。

 いや、しかし、どっかで見た女だとは思っていたが……。

 全然思い出せないが、過去に孕ませた女か?


「思い出したかい?」


「あ、ああっ! そうか! あの時の! では、父と共に逃げるとしよう!」


 計算は狂ったが、これはこれでアリだ。

 こいつを手なづけておけば……。


「……酷い顔だね——死ね」


「ギヤァァァ!」


 か、肩に矢ガァァァ!


「アタイは、この時を待っていた」


「ど、どういうことだ!?」


「アンタの周りから護衛がいなくなるのを。流石に、手練れが何人もいたら出来ないからね」


 くっ!? 全員を行かせたのは失敗だったか!


「ギャァヤァァァ!?」


 お、俺の右腕ガァァァ!痛いぃぃ! 死にたくないぃぃ!


「おっ、今度は貫通したね。分厚い肉だからこっちも大変だよ。さて、ほっといても死ぬけど……トドメといこうか。安心していい、アタイもすぐに逝くから」


「や、ヤメロォォ!! ぁぁァァァ!?」


 し、心臓が……意識が……こ、こんなところで…………。




 ◇◇◇◇◇



 ~アテナ視点~


 ふぅ……これで終わったね。


 あいつは用心深くて、裏切らない護衛を常に側に置いていた。


「ずっとチャンスは伺っていたけど、流石に四級クラスがいるとね」


 アタイの矢にも反応するクラスもいた。

 今回は、流石に全員を行かせたからね。

 まさに、千載一遇のチャンスだった。


「しかし………自分が娘だと告げて、あいつの反応を見て……」


 何かしらの感情が湧くかと思ったけど……。


「何も感じないね。スッキリもしない。でも、生きる目的だったから」


 例え死んででも殺したかった。

 こいつのせいで、アタイは……。


「なんで、姉さんは耐えられたの? どうして?」


 貧しい思いも、バカにされることも、死にたいような日々も。


「全部、こいつのせいなのに……でも、わかったような気がする」


 きっと復讐しても、何も生まれないことを知っていたんだろう。

 現に、アタイは何も感じてない。

 でも、やらないという選択肢はなかった。

 だから、後悔はしていない。


「でも……最後に謝ろう、アテネ姉さんに。そして、全てのことを話そう」


「それは困りますね」


「なに!?」


 振り返ると、窓に人がいる。

 いつの間に後ろに!?

 このアタイが気づかないなんて……!


「困るのですよ。計画が狂ってしまいますから」


 そいつをじっくりと観察する。

 身長は普通の、細身の若い男だ。

 だが、隙がない。


「どういうことだい?」


 ゆっくりと弓を射る準備をする。


「貴女が知る必要はないですよ。では——いきますよ?」


 瞬間的に、アタイは矢を射る!


「どうだい!? ……あれ?」


 身体が動かない?


「ご安心ください。私は、女性を痛めつけるような趣味はありません。痛みなどなく死ねるようにいたしましたよ」


「な、なんのことだい? ……えっ?」


 アタイが下を見ると……腹から血が流れている。

 いつの間に? いつ斬られた? アタイの矢は? なんで痛くない?


「これでも剣聖候補なので。それも、野蛮なシグルドとは違って繊細な使い手ですから」


「た、大した血じゃないのに……動けない」


「それはそうです。そういう箇所を斬りましたから。痛みも大してないはずです」


「な、なにが目的だい?」


「いえ、サウス伯爵が消えることは予定通りなのです。しかし、ティルフォング家までとなると……まだ早いのです」


「なんのことだか……」


 動け! アタイの体!


「無駄ですよ。では、最後に役に立ってもらいましょう」


 目の前に、魔法陣が浮かび上がる。


「な、なにを……」


「サウス伯爵と、貴女を生贄にします。よかったですね、最後に親子になれますよ」


「や、やめろ……」


 アタイの言葉も虚しく、あいつと共に魔法陣に入れられる。


「では……さようなら」


「カハッ!?」


「これだけの血があればいいでしょう」


 だ、だめだ……意識が遠のく……。


 姉さん……ごめんなさい……一言謝りたかった……。


「グルルルァァァ!」


「やはり、あの程度ではこのくらいが限度ですか。まあ、いいでしょう。最低限の仕事は果たしましたし。人攫いは、もう十分だとあの方も言ってましたから。では、シグルドに見つかる前に逃げるとしましょうか。まあ、会ったところで……



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