ある日突然、金髪美少女にプロポーズされまして
北森青乃
ある日突然1
「――――――サンチャン!!」
それは余りにも突然の出来事だった。
速くてネイティブ過ぎる言葉の中で、なぜかハッキリと聞こえた単語。それが何なのかはサッパリ分からない。
なぜなら、その直後に訪れた瞬く間に香る良い匂いと、左頬に感じる柔らかく温かい感触のせいで……頭の中は真っ白だったから。
おかげで何の身動きも取れないし、唯一動いていると言えばいつも以上に動きの激しい心臓だけ。
暫くすると、そんな俺を尻目に笑みを浮かべて背を見せる金髪美少女。そして、
「I'm here」
俺の耳に残ったのは、去り際に零した彼女のそんな言葉だけだった。
……? きっ、来たよ? 一体何のことだ?
はっきり言って、理解が追い付かないどころか全く出来ない。頭の中は???で溢れ返る。
えっ……どちら様?
そんな疑問が浮かんでも声が出ない。そうこうしている内に、教室をあとにする金髪美少女。何とも言えない静寂に包まれる我が2年3組…………そんな時だった。
「プッ、プッ……」
掠れるような小さな声。
ただ、それは静まり返った空間では問題なく耳に入る。一斉にクラスの誰もがその声の主に目を向けた。
俺だって例外じゃない。とっさに視線を向けると、そこに居たのは意外や意外、クラスの真面目キャラ天童。特段目立つ奴ではなかったはず……
「プ……プロポーズだぁ!!」
ついさっきまでは。
その廊下にまで響きかねない大声に、驚きを隠せなかった。
そして問題なのはその内容と、勢いよく立ち上がった天童が指を差した人物に他ならない。
そう、その人物は……俺だった。
その瞬間、途端に騒々しくなる教室。
一斉に向けられる視線。
あれ? どうして……
どうして……こうなった!?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺、
成績も普通。特技もない。強いて言うならちょっとばかし運動神経が良いことぐらいで、何処の高校にも居るザ・アベレージな男に違いない。そして、そんな男の高校生活は、これまた平凡で平和で平穏だった。
しかしながら今思うと、今朝教室に足を踏み入れた時点でいつもとは何かが違っていた気がする。
少し騒がしさを感じるクラスメイト達。まぁ最初は号外チックな話で盛り上がってるんだろうか? なんて思いながら、窓際最後尾にある自分の席に向かったものの……そのザワつきは止まるところを知らなかった。
そうなると、いくら平凡な俺でも流石に察する。
なんかあったのか?
週末に何があっても不思議じゃない。教室内がここまでザワつくなんてよっぽどのことだろう。
ただ、全く見当は付かない。そんな時、
「よー、おはようさんっ! 拓都」
聞き覚えのある挨拶と共に、現れた男の名前は
「おはよう。ところで新。この騒ぎはなんだ? お前なら既にネタでも掴んでるんじゃないか?」
「ん? ほほぉ、嬉しいねぇ! そこまで腕を買ってもらえてるとは」
新との付き合いは長い。その見掛け通り明るいし、腹は立つが女子受けも良い。ただ、何処からか情報を仕入れて来てはニヤニヤするのだけは止めた方が良いと思う。その時の顔は異様に気持ち悪いが……情報に関しての信憑性は結構高い。
「表情や行動はともかく、情報に関しては一目置いてるからな」
「有難き幸せ」
「で? なんかあったのか? それともなんかあるのか?」
「後者だな。拓都、前に噂になった転校生の話覚えてるか」
「ん? あぁ、覚えてるぞ」
新が口にした話。それは比較的最近ってこともあってよく覚えていた。まぁ、学校中が一時その噂で持ち切りになり、ちょっとした騒ぎになったもんだから忘れる訳もない。なんせ……
金髪の女の子が転校してくる。
こんな田舎じゃ有り得ない位ぶっ飛んだ噂だったしな。けど、火のない所に煙は立たない。どこからか現れた噂はたちまち広がった。
「けど、結局ガセだったじゃねぇか。そもそも、お前が信用してなかった時点で有り得ないだろ」
その噂が耳に入った瞬間、頭に浮かんだのは自分が憧れを抱く海外の女優さんだった。有り得はしないけど、そのレベルの……なんて想像するだけで正直嬉しかった部分もある。
ただ、新は頑なにこの噂を否定していた。まっ、俺の妄想もあっと言う間だったって訳だ。
「まぁ、あの段階では俺の捜査網に全く引っ掛かってなかったからな」
「そういうところは感心するよ。それで? 今日の騒ぎとそれに何の関係が?」
「あぁ。どうやら今回ばかりは……本当に来るらしい」
「は? 誰が」
「金髪美少女だ」
「……はぁ? おいおい何冗談言ってんだよ」
正直、俺は信用してなかった。いくら情報通の新とはいえ、時折ガセネタを掴むこともある。今回の騒ぎでついに新も騙されたか……そう思っていたんだ。
「こんにちわ。イギリスから来ました、フェリシティ・グレース・テイラーです」
直後の全校朝礼で、その実物を目の当たりにするまでは。
壇上に上がったのは、紛れもなく金髪を携えた美少女。日本人とはかけ離れた容姿に、体育館中に男女問わず興奮の声が沸き上がる。
ウ……ウオォォー!
キャァーカワイイー!
俺もその内の1人だった。声は出さずとも、驚いた。と言うより、驚かない方が無理だった。高校に外国の子が転校してくるだけでも有り得ない。ただそれ以上に、彼女の顔が似ていたんだ……
―――ティー・キュロチャーチに似てね!?―――
憧れを抱いていた女優、ティー・キュロチャーチに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あぁ、そうだ……そうだ。
それで妙に胸騒ぎを感じつつ授業を受け、昼休みを過ごしていたんだ。そしたらいきなり廊下が騒がしくなって、彼女が教室の前を通りかかって……
その瞬間、ついさっきの光景が頭を過る。
まるで夢のような出来事。けど、蘇る左頬の感覚と鼻を通る彼女の残り香は、到底夢とは思えない程リアルだった。
ゆっ、夢?
「おいおい拓都……モテ男だな」
その声は、夢現な俺を現実に引き戻すのに十分なものだった。慌てて視線を向けると、頬杖をつきニヤニヤしている新。
その姿に心臓の鼓動が速くなる。一気に顔が熱くなる。
「はっ? なっ、なに言って……」
なんて、とっさに口にしようとした時だった、
「きゃー」
「いきなりほっぺにキスだよぉ?」
「やっ、やばくない?」
「算用子君って何者?」
堰を切ったように溢れる女子達の声。
「おっ、おい! 拓都!」
「さっ、算用子!」
「どういうこった貴様!」
「もう手付けたのか!?」
まるで圧迫面接かのように浴びせられる男子の圧力。
「いっ、いやちょっと……」
「大体プロポーズってなんだよ!」
「キャー!」
「だっだから……」
「ヤバくないヤバくない!?」
「すげぇな拓都」
「ちょっと待ってくれぇぇ!!」
「はぁぁ」
辺りが夕日に染まる頃、俺は1人帰宅の途についていた。
いつもなら授業が終わった瞬間、そそくさと帰宅していたけれど……今日に限ればそうとも行かなかった。勿論その原因は昼休みの出来事。
クラスの皆には正直に分からないと説明したものの、当然信じてくれる訳もない。それでも、必死の訴えが功を奏したのか、昼休みに比べると大分落ち着いてくれはした。
となると問題は、別のクラスの連中。噂というものは広まるのはあっと言う間だ。正直人によるの情報伝達の速さには驚かされる。
まぁ教室で、転校生にいきなりあんなことをされた奴が居るなんて知ったら興味が湧くのは分かる。話を聞きたいのも分かる。けど、何もあんなに押し掛ける必要はないだろうさ。
新のお陰で何とか教室から抜け出せたものの、昇降口に居る人達ですら信用ならない。
結局図書室で時間を潰し、今に至る。
「いや……なんか疲れたなぁ」
連休明け1日目だというのに、既に身体的にも精神的にも結構な疲労を感じる。
まさにお盆とお正月が一緒に来たような……そんな1日だった。
本当に来た金髪美少女の転校生。春先同様、単なる噂だと思っていたよ。
しかも長い髪にスラリとした身長。かといって出ているところは出ている抜群のスタイル。
そしてその顔は、前から憧れていた女優ティー・キュロチャーチに瓜二つ。
その顔が綺麗だったことは勿論、同じ歳なのに小さい頃からたくさん映画に出演していた彼女に憧れ、勝手に自分のモチベーションにしてきた。そんな人とそっくりってのは正直驚いたし、嬉しかったよ。
……けど問題は、あの行動だ。にわかには信じられない。けど現実だった。
近付いて来て、抱き締められ、頬にキス……普通初対面の人にすることじゃない。
いや? 外国では挨拶程度に軽くハグしたりするし、深い意味もないはず……分からない。必死に考えても謎の行動にしか思えない。それに気になることがもう1つ。そう、天童が言っていたこと。
『プ……プロポーズだぁ!!』
確かにこっちに近付きながら、彼女は何かを口にしていた。余りにも急で、ネイティブな言葉に俺が聞き取れたのは最後の
真面目な天童が嘘を付く訳がないと思う。
ただ、それが本当だとしても初対面の人にそんなことするだろうか…………考えれば考える程は意味が分からない。
「えっと、フェリシティ……だっけ」
それは無意識だった。謎の人物である彼女の名前を確認するかのように、不意に漏らしただけだった。
「はっ、はい。フェリシティです」
まさか目の前に渦中の人物が居るとも知らずに。
「うっ、うおっ!」
「あっ! ごっ、ごめんなさい! 驚かせちゃって」
やべぇ、全然気が付かなかった。てかなんでこんなところに? 校門から少し離れてるよな? とっ、とりあえず冷静に冷静に……
「いっ、いや。大丈夫」
「それなら良かったぁ。あっ、あのね? ちょっとだけ良いかな?」
ちょっとだけ? あっ、もしかして人違いだったとかか? まぁ少し残念な気はするけど、それが自然な流れだよな。
「おっおう……」
「お昼休みの時……ごめんなさい!」
ほら来た。
「あっ、あぁ……大丈夫だよ」
「本当ごめんなさい。なんか色々迷惑掛けちゃって」
迷惑ねぇ。確かにあそこまで注目を浴びたのは初めてかもしれないな。滅茶苦茶疲れたし。
それにしても、わざわざそれを言う為にここに? 意外と律儀な人なのかもしれないな。
「大丈夫大丈夫。気にしてないから」
「ほっ、本当? 良かったぁ」
むしろ人違いで俺なんかにあんな事したフェリシティさんの方が心配だけど? 色々と大丈夫なんだろうか?
「本当、本当。だからこんなに気を遣わなくても平気だからさ」
「うっ、うん。ありがとう。ふぅ、なんか安心しちゃった」
けど、やっぱその笑顔は……可愛いな。
「それは良かった」
「うん! ふふっ。じゃあまた明日ね? さんちゃん」
「それじゃあまた」
時間にして3分とも経っていないだろうか。フェリシティさんはそう言うと駆け足気味に去って行った。
いきなりの登場に驚いたものの、何とか差し支えのない会話が出来たことは、自分を褒めても良いと思う。
ただ、彼女の姿が見えなくなり冷静になるにつれて……どこからともなく疑問がふと浮かび上がる。
あれ? それにしても彼女……日本語上手すぎじゃね?
それに、俺の顔見てはっきりと言ったぞ? さんちゃんって!
「……まぁいいか」
俺はポツリとそう呟くと、これ以上深く考えることは止めた。
気にならない訳じゃない。ただ正直言って、何が何だか分からない内に注目の的にされ、どっと疲れていたってのもある。そして、ただの人違いでこの騒動もすぐに収まるだろう。
そう……思っていた。
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