第1話 3枚の金貨

 「王様が直々に呼んどいてさ、金貨3枚ってショボない?」

 

 羊のような髪をした男は力ない表情で手のひらの金貨を見つめる。王の横顔が記された金貨が日光を受け、輝く。


 「ショボい。あのジジィ、ほんまはそこまで大したことないんちゃうけ?」


 隣の坊主頭の男が鋭い表情と共に言葉を返す。発話と同時に咥えていたタバコの煙を噴出する。

 2人は城下町近くにある公園のベンチに腰を降ろし、王からの褒美に不平をもらす。羊のような髪をした男は使い古された―柄の部分は布が剥がれ落ち、鍔は無く、鞘には所々に凹みが目立つ―剣を携えている。坊主頭の男は、魔術師が着るような漆黒のローブを着用しており、袖の部分には長く白い3本線が刺繍されている。


 「お前、そういえばジジィから勇者とか言われてなかった?」


 坊主男が顔もむけずに尋ねる。勇者は「せやで」と簡素に返す。


 「…勇者て…。ハズかしないの?え?お前、認めてんの?勇者って肩書」

 「何も恥ずかしいことあれへんやろがい。田舎から出てきた僕が王様から勇者って言われたんやで?そら村のみんな喜ぶよ。大往生やで!」

 「使い方まちごてるから。やり切った顔して勝手に死ぬなよ。ちゃうねん。え?俺だけなんかな、疑問に思てるん。いや、うーん…」


 坊主男はわざとらしく考えるポーズを取る。勇者は見透かした上で、ため息を一つ吐くと「何よ?」と尋ねる。


 「勇者って、なに?」


 あえての神妙な顔つきと共に坊主男は振り向く。首元の5本のネックレスが互いを擦り合い奇妙な音を放つ。


 「勇者は勇者や。どつくぞお前」

 「なんでやねん。強引すぎるわ。貴族のナンパか。職業:勇者って言葉的におかしない?勇ましい者やで?それ職業?ってか肩書なん?ただの街の荒くれ者ちゃうの?」


 坊主男は話しながら巻き上げた煙草を一本勇者に渡す。勇者をそれを受け取り、口に咥え、マッチを擦る。


 「そうやって言葉を分解するからおかしなことになるねん。勇者ってのは【勇者】で一つの言葉やねん。漁師、教師、大工、魔法使い、盗賊、勇者…みたいな感じや」

 「いや、どう考えても勇者だけ浮いてると思うねんなぁ…」

 「それやったらお前も賢者って言われてたやん。それもどうなんよ?賢い者やで?ガリベン君やん。もやしちゃんやん。オタクやん」


 賢者は勇者の一言に少しムッとする。そして「うん…まぁ…」と言いながら恥ずかしそうな表情に切り替わる。


 「とりあえず、コレでいい?」


 勇者は賢者の前に一枚の金貨を差し出す。


 「待てや。待て待て。分け方おかしいやろ」

 「お前、1やろ」

 「なんでやねん。3枚の時点でなんか揉めそうな感じはしてたけど。こういうのはもうちょっと話し合うべきちゃうか?一番醜い争いの火種やぞ?チンチンやど」

 「あのな、ええか?僕は勇者やねん」

 「おう」

 「凄いねん」

 「おう」

 「世界救うのは僕しかおらん言われてんねん」

 「うん」

 「凄いねん」

 「うん」

 「だからコレで」


 勇者は賢者の前に一枚の金貨を差し出す。


 「ソレでイケると思われた俺の身にもなれや薄情モンが。そもそも、さっき倒した蛇公の弱点思い出したん俺やん。火出して倒したのも俺やし。めっちゃ功労者やん。俺が2やろ。色持たせてくれてもバチ当たらんで?」

 「…前から思ってたけどさ。魔法とか、ズルない?」

 「ズルないよ。習得するまでめっちゃ苦労したし」

 「知ってるか?若いうちの苦労は買ってでもした方がええってよう言うやろ?アレほんまは大きな間違いでな、せんでええ苦労ばっかりしとったら、逆に性格歪むらしいで?」


 2人の吐く煙草の煙が空中で絡み合う。近くの遊具で遊ぶ子供たちの声がする。一瞬の涼風に木々が笑う。心地よい気候に散歩に来ていた犬が目を細める。勇者と賢者は見つめ合ったまま沈黙を続ける。


 「いや、なんで?なんで今それ言うたん?性格悪いって言いたいの?」

 「というわけで、コレ」


 勇者は賢者の前に握りこぶしを差し出す。不思議に思う賢者の前でこぶしがゆっくりと開かれる。そこには何も無かった。


 「なんで0なっとんねん!どの方程式つこたらそうなんねん!」

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