第10話 開戦
「おえ本田、もうすぐやさかいにな、左に寄っとけ。ほんでちょっとスピード落とせ。そろそろやで……おえ本田っ!聞こえへんのか!スピード落とせっちゅうとるんや!左に寄れっちゅうとるんや!」
「本田」
藤原が本田の顔を覗き込むと、本田は唇を異様に歪ませながら笑っていた。
「うひっ……うひひひひっ」
「おい健、あかんわ。こいつ、完全に頭飛んどる」
「な、何やと……」
「うひひひっ……だ、誰にも負けへんで……ぼ、僕が一番なんや……」
東三国の標識が見えてきた。
しかし本田は車線を変える事なく、そのままアクセルを踏み倒す。
あっと言う間に東三国を通過した。
「あ……あかん、切れとる……おい健、こんまま行ったら梅田まで行ってまうぞ」
「ん……んなアホな……」
健太郎が頭を抱えた。
「頭吹っ飛ばしたら
言うか言わないか、直美がSIGを本田の頭に向けようとした。
健太郎が慌ててそれを止める。
「何すんのよ健太郎、こうでもせんかったらこいつ、止まらへんやろ」
「いや直美ちゃん、それは最後の手段にさせてくれ」
「おもんないな、ほんだらどないすんのよ」
「おえ藤原、本田の頭、本気でどついたれ」
「よっしゃ!」
藤原が一切加減なしで、本田の後頭部を殴った。
「がっ……」
その衝撃は、本田の意識を一瞬で飛ばした。
しかし右足だけはしっかりとアクセルを踏んでいる。
そこに続けて健太郎が腹にエルボーをかました。
「ごっ……」
飛んだはずの意識が、腹への衝撃で戻ってきた。
口からは今朝の朝食が勢いよく吐き出される。
しかしまだ車のスピードは緩まない。
「直美ちゃん、今や」
「よっしゃ!」
背後から直美のチョークスリーパーがきまった。
「ごげげげ……」
本田が舌を突き出したまま痙攣し、そのまま失神した。
「ほいっ」
直美が首を抱えたまま、本田を後部座席に投げ飛ばした。
そして素早く運転席に飛び移る。
「スピンターン決めるでっ!」
「おおっ!」
「頼むでっ!」
――と、その時だった。
直美の目の前にガードレールが現れた。
直美がブレーキを踏み倒す。
ロックしたタイヤが白煙をあげる。
「あかんっ!みんな、気合入れてしがみつきっ!」
車はそのまま、ガードレールに激突した。
「……あかんわ、全然動けへんわ」
直美が何度もキーを回すが、エンジンは全く反応しなくなっていた。
「……ったく、このアホのせいでえらい大回りになってしもたで。おかげで俺の計画ぶち壊しや。こんなんやったら初めから
「……ごめん」
「まあええやんか、とりあえずみんな無事で何よりや。よし、必要な
坂口が間に入ってそう言った。
「そうですね……っておえっ!何やあれっ!」
健太郎が東三国の方角を指差して言った。
「あ……」
すぐそこにまで、先ほどの白い
「……」
健太郎がゆっくりと
ゴンッ!
「お、おおっ……」
健太郎の額に何かがぶつかった。
驚いて
「何か分からんけど……向こうには戻られへんようやで」
「う~ん、なんかうまいこと敵の術中にはまっていっとるなぁ……しゃあない、
「私はその方がよかったけどね。市街戦やなんて、かっこええやないの」
「腐っててもしゃあない。健、いくぞ」
藤原が健太郎の肩を叩いた。
「……よっしゃ、ほんだら降りるか!」
それぞれの武器を持った五人が降り口へと向かう。
ショットガンを持つ健太郎を先頭に、ゆっくりと降りていく。
「おえ……気ぃつけよ……気配がやたらとするぞ……」
健太郎が小声でそう言った。
汗が額から頬へとつたう。
舌を唇に這わせながら、健太郎が一歩一歩確かめるように歩いていく。
その時直美が、健太郎の肩を荒々しく掴んだ。
「変態親父、私と代われ。何ちんたらちんたらと歩いてんねん。そんなにびびっとるんやったら車ん中で寝とき。私が先に行く。どの程度のやつらか知っときたいしね。銃は……いらんね、まずは肉弾戦で」
「頼もしいのぉ直美ちゃんは」
そう言ってしゃがみ込んだ健太郎が、直美の足をさする。
その瞬間、健太郎の額にSIGの銃口が押し付けられた。
「……おい変態脂肪。石像よりも先に死にたいか……ここでぶっぱなしてあんたが死んでも、誰にも分からへんのやからな……やめるか死ぬか、
直美の人差し指がトリガーに行く。
「じょ、冗談やがな……」
健太郎が汗びっしょりになりながらゆっくりと手をあげた。
ふんっ、と鼻で笑ってSIGをホルスターに戻した直美が、大股で歩いていく。
降りきった所で直美の目の前に、両腕を差し出した一体の石像人間が現れた。
「これが……石像っちゅうやつか」
健太郎が声を漏らした。
「出たな化け物っ……!」
直美が右エルボーを頬に叩きつけた。
そしてバランスを崩した石像に、メリケンサックを装着した拳で顔面に連打した。
顔が見る見る崩れていく。
素早くしゃがみ込んだ直見が足を払って石像を倒す。
「うおおおおおおおっ!」
石像に馬乗りになり、腹に拳を数十発ぶちかますと、やがて粉々に砕けた石像の動きが止まった。
「ふうっ……」
直美が帽子を脱いで額の汗を拭う。
「流石に、こんだけ粉々になったら再生するとしてもええ時間かかるね。中々ええ手ごたえやったわ。これやったら……そうやね、五・六体ぐらいやったらまとめてでもやれそうやわ。うん、大丈夫。ほんなら行くよ!」
直美が目を爛々と輝かせながら市街に入っていく。
「おい健……」
「なんや」
「お前が戦力にしたいっちゅうてたんが、よぉ分かったわ」
「そやろ、それも素手やで。しかもあないに喜々として」
「……僕、やっぱり怖い……」
坂口は粉々になった残骸に向けて何やらしている。
「坂口さん、何してはりますん?」
「ん?ああ、復活せんようにな、聖水かけとるんや」
「……」
「は、はあ……」
再び石像が現れた。
直美が戦闘態勢に入る。しかしこれを健太郎が遮った。
「直美ちゃん、ちょい待ち。いっぺん俺がやっちゃる」
「ほおおっ、せいぜい頑張りや」
「おおさっ!」
健太郎が、体重を乗せた重いストレートをぶちかます。
「がっ……!」
石像は何らダメージを受ける事なく襲い掛かってきた。
「うりゃああああああああっ!」
さっきの直美と同じ要領で、左右の拳を繰り出す。
「があああああああっ!」
健太郎が叫びながら腰から砕けた。
バトルグローブから血が流れていた。
対して石像は、一切ダメージを受けている様子はない。
「あかん、藤原まかせた!」
「よっしゃ!」
藤原が素早く割って入り、石像の顎に掌底を食らわした。
そしてバランスを崩した石像めがけて拳を繰り出し、最後に蹴りを見舞った。
「ごっ……!」
藤原が弁慶の泣き所を抑えて、そううなった。
脛のプロテクターが砕けていた。
「な……なんやこいつら、全然太刀打ち出来ひんやないか」
「……もう、なんやの男二人がよってたかってみっともない……ちょっとのいて!」
直美が顔面を連打する。顔面があっさりと砕けていく。
「ほいっ!」
最後に蹴りを一発入れると、石像はあっと言う間に砕け落ちた。
「お……おえ藤原……な、直美ちゃんの拳って、一体どないなっとるねん……」
「拳だけやない……蹴りもや……プロテクターが砕けたんやぞ……大の男が二人でかかってもびくともせんかったのに、あの
健太郎と藤原が、抱き合って後ずさる。
「あ」
直美がいぶかしげな顔でそうつぶやいた。
「な、何や、どないかしたんか直美ちゃん」
「何か変な感じやって思てたけど……やっぱりそうやったわ」
そう言って直美がグローブを脱ぐと、特殊セラミック製のメリケンサックが粉々になっていた。
「ひ、ひいいいっ!」
再び健太郎と藤原が抱き合う。
「お、おえ藤原……お前、金属バットで課長の頭どついた時、バットがひん曲がったって
「お、おお……」
「今更やけど、直美ちゃんって
直美はひょうひょうとした顔で言った。
「こんなんなしでもいけるって事やね。大した事ないやんか、石像人間って
「無茶言わんといてぇな直美ちゃん」
「何よノリ悪いなぁ。そうや、プロテクターも別になくてもいいか、動き悪なるし。今の内に取っとくわ」
直美がプロテクターを外し、身軽になった体でスキップして進む。
坂口は再び聖水をかけていた。
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