第90話「北海道合宿4」

 合宿5日めの日曜日、昨日のトレッキングで美奈子がダウンして、今日1日練習は休みとなった、私と涼子は森下に着いて小田切を迎えに行く事に成っている。

 あずみや紀子達が札幌ラーメンを食べたいと、同行するのかと思って居たのだが、一昨日のプールでラーメンを食べて居たから、続けては要らないと言う事らしい。


「北大近くのラーメン屋で待ち合わせって、小田切さんって変わってるんすね」

「それは誰かさんが、ラーメンを食べたいって言ってたからじゃ無いですかね、小田切先生なりに気を使ってくれたんじゃ無いですか」


 良好前、札幌ラーメンとジンギスカンを食べるまでは、死んでも死にきれないと言っていた目の前で運転している人物は、陽気に鼻歌を奏でながら運転している。


「札幌まで来て、札幌ラーメン食べないなんて、逆に変っすよね」


 それはそうかも知れないが、既に森下はプールで札幌ラーメンを口にしている、紀子達に率先してラーメンを食べようと提案したのは森下らしいから、既に目標の食べ物は全て口に入れている事になる。


「こんな朝早くからやってるラーメン屋なんて無いんじゃないの、ただの目印だと思うけど」


 涼子が常識的な事を言う、私も薄々そうなんじゃないかとは思っていた、私だって札幌まで来たのだからラーメンの1杯くらいは口にしたいと思っても、変じゃないだろう。


「それを言っちゃーおしまいよ、って奴っすよ涼子ちゃん」

「お終いなんだ、じゃあさ伊知子先生拾った後はどうするの、すぐ帰るの?」

「札幌観光したいっす」


 本気でナンパ待ちでもする気だろうか、私と涼子が居たら声を掛けて来る男なんて居ないと思うが。


「クラーク像とか時計台とかポプラ並木を見たいっす」


 おうどれもガッカリ名所として有名な場所では無いか、特に時計台なんて日本3大ガッカリ名所の一つだ。


「ふーん」


 涼子はイマイチ解っていないようで、生返事を返していた。


約束の待ち合わせ場所に小田切の姿は無い、聞いていた連絡先に電話を掛ける為近くの公衆電話から、森下が電話を掛ける。


「もしもし、森下です」

「はい・・・はいはいはい、えっ、それって大変じゃ無いですか、何処の部屋っすか」

「はい・・・直ぐに駆けつけるっす」


 何か緊急事態が起こったのだろうか、森下の様子が緊迫している。


「小田切先生のお友達が怪我して熱を出したみたいっす、わたしはアイスノンや解熱剤を買ってくるんで、2人は先に小田切先生の所に向かって欲しいっす。場所はラーメン屋の2階の203号室っす」


 ラーメン屋の2階がアパートに成っているらしい、森下は慌てて車に飛び乗ると薬を買いに出かけてしまった。


「ドラッグストアの場所解って居るのかな」

「リュウ君心配だから早く先生の所に行こう」

「ああ、うんそうだね、急いで行かなくちゃ」


 外階段を登ってアパートの部屋の前まで移動してきたが、昭和時代の遺物感満載で、とても平成時代のアパートだとは思えなかった。

 バブル期の土地転がしでよくもまあ見逃された物だ。

 呼び鈴も無いので部屋のドアをノックすると、中から返事が有り、疲れた顔の小田切が出てきた。


「あなた達も一緒だったのね、森下さんは?」

「薬を買いに行きましたよ」

「そう・・・中に入って、けが人が寝ているから静かにしてね」


 狭い玄関で靴を脱ぐと、部屋の中へと入っていく、木造アパートで玄関脇に炊事場が有り洗濯機は外の廊下に置かれていた。

 部屋の作りは2Kと言うあまり都心では見ない作りだ、リビングには食べかけの食事がテーブルに置かれて居て、襖一枚隔てた奥の部屋に、けが人が寝かされて居るようだ。


「怪我酷いんですか」

「平気だって話だったの、でも夜中に成って熱が出てね、医者に連れてければ良かったんだけど、そういう訳には行かない事情があって寝かせて様子を見ていたの」


 どういう事情が有るのだろうか、不法滞在、保険料未払い、無戸籍者、幾つかの事情が頭に浮かんできたが、ひとまず患者の様態を確認するのが先だ。

 医療知識が豊富に有る訳では無いが、やり直し前、死にかけのけが人を何度も見送って来た、今なら『鑑定』だって治療魔法だって有る、何かの役には立てる筈。私は断りもせず寝室につながる襖を開けた。


「女の人なんですか」

「緒方君、断りもなく寝室に入るのは辞めておいた方が良いわよ」

「そんな事より怪我の様子を確認しないと、これでも医者の息子です、応急処置くらいは心得て居ます」


 小田切は一瞬迷った素振りを見せたが、友人の怪我の具合の心配が勝ったのだろう、怪我をした部分を見せてくれた。

まずは『鑑定』で怪我の具合を確かめる、私の未熟な『鑑定』でも怪我か病気かは判断出来る。


「毒?」


 不穏な鑑定結果が出た、野田梨乃21歳商人レベル33、遅効性毒、瀕死。

 冒険者だったことはある程度予想出来ていたが、まさか商人が小田切の仲間に居るなんて予想外だ。マジックポーションくらいは所持している筈だが、毒で死にかけてるなんて夢にも思わないだろう、私もこれまで毒に侵されている冒険者やSDTFの隊員を見た事は無い。


「緒方君、毒ってどういう事」

「怪我が化膿って訳じゃ無さそうです、毒物に触れた心当たりは有りませんか」

「心当たりは・・・可能性は有るかも知れない、救急車を呼んだ方が良いのよね」 


 今更呼んでも遅いし、奴らに付けられた毒なら医者では対処不可能だろう、恐らく医者も知らない未知な物質だろうし。


「小田切先生、野田梨乃さんを助けたいですよね」

「もちろんよ、可愛い後輩だもの」


 私が彼女の名前をフルネームで呼んだ事も問わない程焦っているらしい、どちらにせよ、この寝込んでる野田の意識が回復すれば、私や涼子の正体は必然的にバレる。彼女の『鑑定』能力は私よりも高いだろうから。


『哀れなあばら家に住まう、汚れに侵された乙女を救い給え』


 随分な文言の呪文を唱えてしまった、呪文は私が考えた物では無く、頭に浮かんできたワードを紡いでいるだけだ、誤解されそうなカオスワードは聞き流され野田の具合は急速に回復して行った。


「もう大丈夫な筈です」

「緒方君、ありがとう」


 小田切に抱きつかれ感謝の言葉を貰った、胸に当たる小田切の双膨が心地いい、目の前に般若のような涼子の顔を見て、慌てて小田切から身体を離す。


「回復薬は飲ませたんですか」

「緒方君やっぱりそうなのね、うん飲ませたわ、昨日はそれで回復した筈だったのに急に苦しみだしたから変だとは思ったの。苦しみだしたら直ぐに飲ませて居たら、予備の回復薬が無くなって」


 毒に対して回復薬は一時的に体力を回復するだけで、根本的治療には成っていなかったのだろう、しかし朝まで野田が生き長らえたのは、小田切の看病と回復薬のおかげかも知れない。


「小田切先生達は冒険者なんですよね」

「冒険者って何、私達のように使命を帯びた聖戦士の事?」


 えっ聖戦士、オーラロードを開いた的な?まさか小田切はルナリアムーン教団の関係か?


「ダンジョンに入れるジョブを持った人の事を冒険者って呼ぶんだって」


 涼子が補足してくれて、やっと話が通じたようだ。


「そうなんだ、あなた達が私に剣道で勝った時からおかしいとは思っていたんだけど、私も直接魔物と殴り合う聖戦士じゃ無いから、確信は持てなかったのよ」


 薬を抱えた森下が部屋の中に飛び込んできたので、寝室から居間に移動して詳しい話を聞く事になった。



「ダンジョンの存在に気づいたのは一昨年の事ね、私の他にも6人ダンジョンに入れる冒険者は居るんだけど、今はまだ彼女達の事は言えないわ」

「彼女達って全員女性なんですか」

「そうよ、少なくとも私達は男の聖戦士に有った事は無かったわ」


 まだ小田切の中では聖戦士と冒険者とが混在しているが、その内直っていくだろう。


「札幌下級ダンジョンを攻略したのは先生達のグループですよね」

「もちろん、私達の他には誰でもダンジョンなんて見向きもしなかったし」

「初級ダンジョンにも入ったんですよね」

「ええ、もちろん、私はこの野田と一緒にクリアーしたけど、他の5人は別口よ」 


 私達のようなイレギュラーが無い限り、1人で有っても初級ダンジョンを踏破する事は可能だろう。直接的な戦闘職では無い、小田切と野田の2人で有っても驚くような事では無い。


「ねえリュウ君なんで私と和美さんに、伊知子先生の事教えてくれなかったの」


 涼子の横で森下がウンウンと何度も頭を上下していた、涼子は態度に出そうだし、森下に関してはSDTFには伝えて居るので、そこから森下に伝えられなかった理由なんて私は知らない。


「小田切先生がどういうつもりで私達の学校に赴任してきたのか、解らなかったからかな、敵か味方か、それとも偶々なのか」

「偶々よそんなの、赴任先なんて私に選ぶ方法が無いもの。でも初任地は田舎の方になるって話だったから、東兼に赴任する可能性は元から高かったのかも知れないわね」


 それはどうだろうか、やり直し前の記憶では小田切の事なんて覚えて居ない、覚えて無いだけで赴任していた可能性は有るが、公安が余計な事をした可能性の方が高い。


「だから味方だと思って貰っても構わないわ、一緒に悪魔の手先と戦いましょう」「何を言ってるんですか先生」


 悪魔の手先ってなんやねん、思わず関西弁で突っ込んでしまうほど、突拍子も無い事を言い始めた。


「ダンジョンって悪魔が作ったものじゃ・・・無いのね」

「実際誰が作った物かは解って居ないっすよ、でも悪魔は無いと思うっす」

「そうよね、やっぱり悪魔なんておかしいと思ったのよ」


 女神が作った説、2人の神が作った説に続いて悪魔が作った説か、他にも様々な説が有りそうだ。


「和美さんも冒険者なのよね」

「そうっすよ、私はSDTFのダンジョン攻略隊筆頭森下和美、レベルは41の御者っす」


 さり気なく筆頭だとか言い出したよこの人。


「レベル41!!」


 驚く所はそこかよと思いながら、森下を抜かして改めて自己紹介を始める事になった。



「緒方グループのチームリーダーをやらしてもらってます、緒方聡志レベルは41、ジョブは賢者です」

「リュウ君の彼女の涼子です、レベルは41で勇者をやってます」


 突っ込むのも面倒くさいので放置。


「中町聖騎士団所属の小田切伊知子22歳、レベル30の魔物使いです。みんなレベル41って凄いのね、どこのダンジョンに入っているの」


 他の仲間の事は言えないと言いつつ、中町の名前は出しても良いのかと思いながら、話が続いて行く。


「私達は梅田中級ダンジョンでレベルを上げてたよ、そろそろ地下2階に降りないと経験値が旨く無くなってきたけど。先生は何処でレベル上げをしてたの」


 そう言えば夏休み前までは小田切のレベルは29だった、札幌に来てから30に上がったと言う事だから、どこかのダンジョンに潜っている事は必然だろう。


「札幌中級ダンジョンよ」

「札幌に二箇所目のダンジョンが有るんですか」

「上級ダンジョンも有るし、初級ダンジョンも有るから2つ所じゃ無いけど、他の所は違うの?」


 これには少し驚いた、既に札幌にはダンジョンが無い物と思っていたので、SDTFも北海道のダンジョンを掴む事が出来なかったのでは無いだろうか。


「中級ダンジョンは何処に?」

「大通り公園、上級はすすきのね」


 大通り公園と言うと雪まつりの会場だ、それ以外の情報は無いのだが。


「中級ダンジョンの推奨レベルは?」

「そんな事まで知ってるって事は、仲間に『鑑定』持ちが居るんだ」

「私も持ってますが、商人が仲間に居ます」

「そっか、緒方君には最初から正体がバレバレだった訳ね」


 そこまで話た所で室から声がした、小田切が襖を開けると目を覚ました野田が布団から起き上がる所だった。


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