第77話「邂逅」
5月最後の水曜日、4回めのレベリングを行った。
結果だけを伝えると肥後のレベルが41に上がり、江下は39レベルとなって、しばらくの間江下のレベルも上がらなくなるだろう。
その他工作隊と公認冒険者に関しては、特筆すべき点は無かった。
「来週と再来週はレベリングは無しと言う事ですか」
「はい、来週は緒方君達の修学旅行で、再来週は私が指揮を取って春日部ダンジョンの攻略に入ります」
修学旅行は6月6日の水曜から、9日土曜までの4日間を予定している、梅雨入り前に終わらせたいと言う事なのだろう。
北に向かっていくが、流石に6月だと寒いと言う事は無いと思う。
「中部甲信越でダンジョンは発見されたって事ですか」
「ええ、まあ」
何とも歯切れの悪い返事が帰ってきた、言いにくい場所にでも出来たか、原子力発電所の中とか国家機密に関わる防衛関係の場所だとか。
「そちらの対応はSDTFで行いますので、緒方君達は気にされなくて結構です」「名古屋で発見されたんですよね」
「いえ見つかったのは岐阜市内です」
岐阜か、岐阜ってどの辺りの県だっけか、愛知はなんとなく判る岐阜がその周辺に存在する事も知ってるが、具体的にどの辺りだと言われても解らなかった。
「恐らく名古屋にも存在している事だろうとは思うのですが、一旦捜索は中断して、関東の下級ダンジョンを攻略する事になりました」
突然の方針転換に、はそれなりの理由が有るのだろうと、答えてくれるのかは解らないが理由を訪ねてみた。
「新たに関西の高槻、神戸、九州の久留米、熊本が攻略されました。本部の有る関東が後れを取る訳には行かない、と言う考えを持つ人間が居るのですよ」
江下自身は、攻略隊全体の責任者だったから、そんな考え方は馬鹿らしいと思っているようだ。
しかしそうは考えない隊員や上層部の人間が居るのだろう。
私としては、最悪一人で戦い続ける覚悟までしていたのだが、ダンジョンをこんなに多く攻略出来るなんて、夢のようだ。
「私に出来る事は遠くから応援するくらいなので、無事元気な姿で戻ってきて下さい」
「レベル上げを手伝って貰って居ますよ、緒方君には。ですがありがとう御座います、帰ってきたらまたレベル上げをお手伝いして下さい」
まるでフラグのような会話を終え、江下達と別れた。
旅行当日まで何事も無く時間が過ぎて行く、教員生活にも慣れた風の小田切と、私が居るクラスに学級崩壊なんて起きそうにも無かった。
朝集合場所の学校に向かう、残念ながら千葉県内には新幹線の駅は無い。学校から東京の上野までバスで向かい、上野駅で新幹線に乗り込む、東京駅に直通するのは来年以降らしい。
新幹線の車両は緑のラインが入った物で、確か200系だったか、席順は班単位で3人掛けと2人掛けが有り、私は涼子の隣に座わらさせられた。
「郡山駅まで新幹線で、残りはまたバスに乗るんだね」
「バスの方が安いんじゃないきっと」
新幹線の中ではトランプをしたり、お菓子を食べながらゆったりと移動が出来た。そこから会津磐梯山までバスで移動するのだが、高速道路も無い為なかなかの道路状況でそれだけでグッタリしてしまった。
1日目はお決まりのコースを散策と言うことで、白虎隊の眠る若松城へと移動し、何とは無しに添乗員の話を聞いていた。
「緒方君ちょっと」
クラスの先頭で歩いていた私に学年主任が声を掛けて来た、小田切では無く私に直接声が掛かったので何事だろうと話を聞くと、実家の母から緊急に連絡が入ったと言うのだ。
私は修学旅行のグループから離れ、タクシーでホテルに向かい、実家に連絡を入れる事になったのだが、乗り込んだタクシー運転手から奇想天外な事を言われる。
「緊急事態が出来しました、今直ぐ国会内の支店に飛んで下さい」
「飛んで下さいと言われても、そもそもあなた誰ですか、事情の説明を」
「私はSDTFのスタッフです、すみませんが唯の連絡役で何が起こったのかは知らされて居ません」
彼は東北の配置されたSDTFの職員で、事務作業に従事しているだけの一般人だった。それ以上話を聞いても、何も得られないようだったので、言われた通り国会に設置されている支店に向かって飛んだ。
「緒方さん急いで下さい」
飛んだ先に居たのは佐伯室長だった、手を引かれて連れて行かれた先は支店内に設置してある個室で、一人の男がベットに横にされている。
見覚えの有る初老の男で、何処で見たのだろうかと『鑑定』を掛けて見て、これは確かに一大事だとの確信を得られた。
「何で私が呼ばれたんですか、それよりも医者を呼ばないと駄目でしょう」
寝かされている男は現在の内閣総理大臣、小渕龍太郎、彼が死んだ後自民党は惨敗し、連立与党が成立するとバブルが崩壊して、最終的は社会党出身の総理大臣を排出する事となった。
「医者では手の施しようが無いので緒方さんをお呼びしたのです、どうか魔法で回復をお願いします」
「魔法だって何でもかんでも出来る訳じゃ無いですよ、せめて病状がわからないと手の出しようが有りません」
無謀過ぎるだろうとおも思うのだが、未来の世界を少しだけ知っている私には、総理が通常の治療では助からない事も知っていた。
「今は聖女様の魔法で小康状態を保っていますが、聖女様の魔力も居つまでも持つ訳じゃないんです」
聖女と言う言葉で室内に普通じゃない女性が居る事に気がついた、何でこんな目立った格好をしている人物が、目に入らなかったのだろう。
「上位の『鑑定』を出来る人間を呼んで下さい」
「緒方さん出来ますよね」
「私の『鑑定』では病理まではわからないんです」
「早急に安達君の手配を」
安達がやって来るまでに5分とは掛からなかったが、その間に聖女を『鑑定』していた。
安倍民子32歳レベル9聖女、スキル『回復魔法』、『聖別』。
魔法を使っているので冒険者だと言う事は解っていたが、彼女が例の宗教団体の幹部のようだ。
レベルはそう高く無く、所持しているスキルも2つと少ない、だがスキル『聖別』はかなり強力なスキルだった。
『聖別』スキル所持者と同じ信仰心を持つ同性の人間に、『回復魔法』のスキルと聖職者のジョブを与える事が出来る。
宗教団体の幹部だとばかり考えて居たがそれは間違いだったようで、彼女こそルナリアムーン教会の黒幕だった。
「安達さん鑑定結果は」
「大動脈瘤破裂です」
聞き覚えの有る病気で心臓に繋がく大きな血管にコブが出来、それが破裂して出血すると言う症状の筈だ、緊急手術が必要だったがこの時代に完治出来症状なのかは知らない。
「血管を治したら治るって事で良いんですよね、ここにお医者さんは」
「直ぐに手配を」
何で倒れて居る人間が居るのに医者が居ないのか、これ以上待つのは手遅れに成りかねないので聖女に変わって私が魔法を行使する事にした。
『国難を晴らす使命を持つ彼の者に癒しを与え給え』
国難とはダンジョンの事なんだろうな、小渕総理はダンジョン攻略に積極的だったのだろうか。
幸い私の回復魔法が利いたのだろうか、総理は意識を取り戻し、遅れてやって来た医者が総理を取り巻きにし部屋から連れ出してしまった。
「お礼の言いようが有りませんが、本当に助かりました、今首相に何かあったらSDTFがどうなったから分かりませんから」
「色々説明はお願いしたんですけど、私この後修学旅行に合流出来るんですかね」「それはもう、万全の手を尽くさせてもらいますよ。聖女様も今回はありがとうございました」
魔力の使いすぎで俯いている聖女にも室長が礼をしていた。
「彼女はルナリアムーン教会の姫聖女のマリア・ヴィクトリアス・シュタイナーゼ殿下です」
「はい?」
一瞬何を言われたのか分からない、頭の中で理解する事を拒否していた。
「安倍民子さんでは?」
「その名は世俗に捨ててきました。今はマリアもしくはアベ・マリアとお呼び下さいまし」
安倍マリア?このおばさんに会えと神託が下ったのか、年の割には太りもせず節制している事は判るが、何でこの人?
「あなたは勇者クロノ・ガイアス・ロゼクラウド・ゼファー様なのですか」
「違います、関係無いです、失礼しました」
何処かで聞いた事の有るような名前が並んでいる、勇者と言うより神話の神々の名前なんじゃないのか。
「彼は賢者の緒方聡志君ですよ」
名前をバラすじゃないよ、関わり合いに成りたく無いのに。
「そう言えば緒方君、安倍マリアさんと言う方を探してましたよね、まさか姫聖女殿下の事だとは思いもしませんでしたが」
「人違いです御免なさい」
やっべー女が目の前に居る、先程まで一国の首相が死にかけて居たのにこいつ全く慌てる様子が無かった。
「わたくしの事を探して居たのですが、まさかあなた大賢者リュウズワルド・フォン・シュタインタークの転生体ではないのですか、その大きな眼、可愛い耳の形リュウズの面影がありますわ」
「生まれも育ちも千葉なのでリュウなんとかさんとは無関係です御免なさい」
実は涼子や森下それに弥生なんかはヤバイ人間かと思っていた、しかしそれは私の未熟さ故の間違いだった、目の前に本物が居るこいつに比べたら3人なんて可愛い物だ。
「まだ聖王国シュタイナーゼでの記憶が目覚めて居ないだけなのかも知れません、わたくしには王国民を保護する義務が有ります。リュウズさんわたくしに出来る事が有れば何でも仰って下さい、ルナリアムーン聖教会がリュウズさんを全力でバックアップさせて頂きます」
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。
念を込めた視線を佐伯室長に送ると、あからさまに目を背けられた。
「聖女姫殿下お迎えに上がりました」
10分程佐伯と視線での攻防が続いて居たが、割って入ってきたのはおかしな格好をした女だった、おかしいとは言え安倍程じゃ無い、道端を歩いていれば10人が10人程注目する格好と言えば良いか。
安倍の方は10人が10人とも目が合わないよう、下を向いて通り過ぎる格好をしている。
「わたしくはまだリュウズと話たい事が残っているのです」
「経団連会長との治療のお約束の時間です、会長にはちびっこハウスのご支援を頂いたので、お待たせすることは出来ません」
「そうでしたね、解りましたでは治療に向かいましょう。全てはルナリアムーン様の思し召しです」
安倍が女と出ていった、女の方を『鑑定』する事も忘れていたが、教団の関係者に違いあるまい。
「佐伯室長、何で助けてくれなかったんです」
「申し訳ない、我々は姫殿下には強く出られないのです、全くの善意で冒険者の治療を行って貰ってますので」
「無報酬って事ですか」
「教団にご寄進はしていますが、それでも医者に掛かるよりは安価ですよ」
教団は高額な報酬目当てで治療を行っているのかと考えて居た、目的が金銭なら解りやすい、医者だって報酬はもらないと運営が続いて行かないからな。
「教団の運営資金や生活日をどうやって稼いでるんですか」
「会社経営者や政治家、それに各種団体からの寄付金で運営されているようです。目に見えてご利益が有りますから、他の宗教団体にする寄付とは違いも有るでしょうね」
今回私が行った総理の治療費って貰えるのだろうか、聖女安倍の存在を知ったからには貰いにくい。
「怖い顔をしないで下さいよ緒方さん、ちゃんと緒方さんにはそれなりの報酬をお渡ししますから」
「帰りの手配をして欲しいだけですよ」
「ああ、そうでしたね、東北方面にはまだ支店を設置出来て居ないんです、ですからヘリで近くまでお送りする手配を整えて居るんです。新幹線を使うよりは遥かに早くお送り出来ますよ」
今回の騒動で、神託の安倍マリアと邂逅した。したのだが個人的には二度と会いたくない、悪意を感じた訳では無いが前世とか転生とかそう云う話は聞きたく無かった。
それでも彼女の正体は知っておきたかったので、ヘリの手配が終わるまで、室長から安倍民子の話を聞ける約束を取り付けた。
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