第76話「閑話2 買物戦線異常アリ」

 日曜日、いつもなら道場で子供達相手に剣道を教えている所だが、修学旅行の自由行動時に、私服を着て行っても良いと言う事を知った涼子が、買い物に連れて行けとねだってきた。


 金曜に十和子師範に相談すると、いつも子供達の面倒を見て貰っているからと快く休みをくれ、その上寸志まで二人分貰ってしまった。


土曜、教室で何処に行くかと計画を涼子が練って居ると、それを聞きつけたあずみと弥生が同行したいと言い出した。


「デートの邪魔をするつもりは無かったんですが、私どうしても欲しいカバンが有るんです。緒方君や川上さんは東京に慣れていらっしゃるようなので、どうか私も池袋のアニランドに連れて行って下さい」


 私と涼子は支店に飛んでいくつもりだったので、予定通りならあずみや弥生を同乗させる事が出来ない、電車で行くにしても『収納』すれば手ぶらなのに、荷物を持ち歩くなんて考えたくも無かった。

 私の断れと言う思念を涼子が無視し、「和美さんに聞いてから返事するね」と言い出してしまった。

 森下の事は既に2人には話して居たようで、2人は涼子によろしくとお願いしている、あずみは親の許可は取れるかも知れないが、弥生の方はどうだろうか。

 念を入れて親の許可を取るように2人に伝えて居たが、そう言えば私こそ両親から出かける許可なんて取って居なかった。


「涼子はおばさんから許可取ったの?」

「リュウ君が一緒なら良いよって言われたよ」


 そんなこんなで日曜日に、森下の運転で東京まで買い物ツアーに出かける事になったのだ。



「あの、今日は一日よろしくお願いします」


 集合場所に指定したのはいつもの東兼支店、私と涼子の家の近所で、広いだけが取り柄の場所だ。

 車で迎えに行っても良かったのだが、そうなると全員の親と挨拶していかなればならない、それは森下の負担でしか無いので集まってもらったのだ。


「涼子ちゃんの友達なら大歓迎ですよ、10人でも20人でもどんと来いです」


 あずみが若干緊張している、知らない大人と挨拶出来るだけ優秀なのだろう。

 まだ弥生が来て居ないので、取り敢えず支店の中に入って貰って待つことになった。


「増尾さん、お早うございます」

「おはよう緒方君、突然仲間に混じっちゃってごめんね、弥生さんに誘われて一も二もなく返事しちゃってたの」


 就学旅行班の内、篠崎を除いた女子全員が買い物に参加するらしい、どうせなら篠崎も来れたら良かったのだが、バスケ部の試合が有る為不参加だ。


「気にしないで、私の事は路傍の石だと思って買い物を楽しんでよ」


 女ばかりの中男1人だったので、応援を呼ぼうと甲斐に声を掛けたのだが、部活が佳境だからと断られて居た。


「リュウ君珈琲飲む?」

「お願いしようかな」


 森下が入れてくれた方が旨いのだが、涼子が入れてくれると言うのに、森下に頼んだら角が立つ。私一人が珈琲で女子4人は紅茶を飲んでいた、お茶しながら暫く待っていると車で送迎され来た弥生が現れ、弥生の母親が森下に挨拶をしている。


「お早う御座います、百合子さんやっぱり来てくれたんですね。池袋に連れてって貰えるって聞いたら、参加しないわけには行きませんよね、私達は」


 池袋は弥生と増尾の聖地らしい、何の聖地が知らないがカバンもそこで買うようだ。


「全員集合したっすね、じゃあ洗い物を片付けたら出発しますから、忘れ物の無いように願います」


 肥後も一緒に来てくれないかと期待していたのだが、下に降りてくる気配が無い、前もって伝えて置いたから顔を出すつもりすら無いのかも知れない。


「乗り込んだっすね、乗り忘れが居ないか確認は出来ましたか」

「OKっす」


 森下の口真似を後ろに座っている女子達がして出発となった、運転席には森下が助手席には私が座っている。今日は人数が多いのでワゴン車で東京へと向かう、後部座席と運転席側とで空気が驚くほど違っていた。


「森下さん自家用車は決めたんですか」

「カプチーノって車が来年発売されるんでそれに決めましたよ」


 寄りにも寄って軽自動車のオープンスポーツカーかよ、平成ABCトリオなんて誰得だ。


「可愛い車を買うって言ってませんでした?」

「写真で一目惚れっす」


 発売前なのに写真が出ているのか、バブルを象徴する軽自動車だったが、見方によっては可愛いと言えなくも無いか。


「お休みの所をすみませんでした」

「涼子ちゃんの為なら休みの一日くらい屁でもないっすよ、勿論お得意様ですから聡志君のお願いも聞きますよ」

 

後部座席ではクラス内ゴシップ大会が開催されていた、知ってる名前、知らない名前が飛び交い、誰が誰を好きだの、あの子はもう経験済みだのそんな話題に入って行けない私は、森下と会話を続けるしかなった。


「森下さん、店を出す場所の目星って付いてる感じですか」

「何処もかしこも高すぎて、ちょっと考え物ですよね。聡志君なら都心と郊外どっちがお勧めっすか」


 将来的な事まで含めると、都心で店を出す方有利だろう郊外店は大手に独占されてしまう、ただ後5年程で地下は10分の1程度まで暴落する。煽っておいて何だが、まだ手を出さない方が懸命だ。


「私なら都心に出店しますかね、そのうち土地の値段が下がると思うので、場所を確保するのはそれからにしますかね」

「そうなんすか、その時は相談させて下さい」


 後部座席は相変わらず盛り上がっているが、私は森下との会話も尽き、助手席に座りながら半分意識が飛んでいる。森下に悪いと思いながらも、運転の絶妙さにこのまま夢の世界に旅立ちそうだ。


「到着したっすよ」


 森下にツンツンと脇腹を突かれ目が覚めた、運転手の横で居眠りをかましてしまったようだ、逆の立場ならむかっ腹が立ったろう、しばらくは森下に優しく接しよう。


「涼子達はどうしたんですか」


 後部座席に座っていた涼子たちの姿が見えない。


「男子禁制の乙女の店ってとこに行ったんで、聡志君は私とお留守番ですよ」

「そうなんですか、じゃあ何処かの店でお茶でもしながら待ちますか」


 居眠りした詫びに、珈琲と茶菓子を奢ろうと提案してみたのだが、却下された。


「今日一日聡志君は、私の荷物持ちに任命されました、これからデパートに突撃するので着いて来るのです」


 車が止められて居る駐車場は、デパートの立体駐車場だったようで、涼子達も乙女の店で買い物が終わったらこのデパートに合流するらしい。


「了解っす」


 私も森下の口真似をしてドナドナされて行く、森下だって荷物をしまう『収納』が有るので、荷物持ちなんて不要なのだが人の目が有ると『収納』出来ないから、結局荷物持ちは必要と言う事になる。


「ちょっとーサトシー、これどっちが似合う?」

「両方似合ってますよ」


 ギャルに成りきってる森下に付き合い買い物を初めて既に2時間、私のHPは既に限界ギリギリだ。


「どっちが良いか聞いてるんすよ、聡志君の好みで良いんで選んで下さい」

「じゃあ右のヒラヒラしたやつで」

「なるほど聡志君はお菓子系女子が好きなんですね、じゃあ私はコンサバ系の左を買うっす」


 選んだ意味が無い、最初からこんな風なやり取りが続いている、森下に大金を持たしたのは失敗だったかも知れない。

 やり直し前の妻優美子も、現在の恋人涼子も私と買い物に出かけて、こんな面倒な事は聞いて来なかった。


「次は男子中学生の大好きな水着コーナーですよ、楽しみにして下さい」

「まだ買うんですか」

「いつの間にやらカートが荷物でいっぱいっすね、一旦車の中に持って行きましょう」


 車まで戻らないでも、人の死角に入れれば『収納』出来る、しかしこのデパートと言う空間で死角を探す方がよっぽど労力が必要そうなので、素直に駐車場まで荷物を運んだ。



「良かった和美さん達戻って来た」


 車の前で涼子達が待っていた、両手に紙袋をぶら下げて居るので、ひとまず弥生と増尾の買い物は済んだらしい。


「弥生ちゃんの荷物でいっぱいだよ」

「それ涼子の荷物じゃなかったのか?」

「違うよ、あずみちゃんが持っている紙袋も弥生ちゃんと増尾さんの荷物だよ」


 何を買ったのかと紙袋を覗こうとしたら、弥生と増尾の連携でブロックされてしまった。


「緒方君、乙女の秘密を覗こうとするなんて駄目ですよ」

「欲しがってたカバンは買えたのかなって」

「これが憧れて居たカバンです」


 弥生が肩から下げて居たのは、何の変哲もないトートバッグだった、ただデカデカと何かのキャラが書かれている。


「私のハートに鎧がランニング?」

「緒方君ひょっとして侍っ子なんですか!!」


 侍っ子って何なんですかと問いたい。


「そこに書かれていた文字を読んだだけだけど」

「侍ハート文字を読んだですか、何の知識も無しに!!、頭が良いとは聞いてましたけど、天才なんですね」


 侍ハート文字と言うのはマニアの間で使われている文字で、本編中には一度も登場してない、設定だけの形象文字らしい。

 それを私が初見で読んだと言う事で、弥生達の仲間なのかと疑われたのだ。


 弥生が好きなアニメは、元々男児向けアニメでおもちゃの販売促進の為アニメを放映したが、食いついたのは弥生達のような中高生女子だったらしく、商業的には大失敗した作品らしい。

 ただ、消しゴムや下敷きブロマイド等のキャラ絵が入った物、演じていた声優の人気は凄まじく、イベントを開けば満員御礼、弥生が購入したようなカバンなんかは通常価格では手に入らなく成っているようだ。


「そのトートバッグの値段を聞くのが怖くなるね」

「良心的なお店でしたよ、店長さんも侍っ子で同好の士として安く譲って頂きました」


 理解は出来なかったが、楽しんで買い物が終わったのなら幸いだ、一旦デパートから離れて他の店に行こうか、と言いかけた所で店内アナウンスが入った。


『ご来場のお客様にお知らせです。6階レディース売り場でタイムセールを実施中です、全商品60%OFFとさせて頂きます!どうぞこの機会をお見逃しなく』


「涼子ちゃん、弥生ちゃん、あずみちゃん、百合子ちゃん単縦陣で突貫するわよ。聡志君は後方で荷物持ちお願い」


「「「「はいっ」」」」


 単縦陣?突貫?と疑問に思う間も無く、森下が呼んだ順に一列になって駐車場を小走りで進んでいく、私は何が起こるのかと戦々恐々で殿を務める。

 エレベーターかエスカレーターで移動するのかと思いきや、森下は非常階段を選択する。

 遠目でエレベーター、エスカレーターともに、長蛇の列が出来ていた事を察知した森下の判断だ、バーゲンの為にここまでやるのか。


6階のレディース売り場は戦場だった、ここまで先頭で引っ張って来ていた森下が涼子と位置を入れ替え、戦場に突入していく。 

 まるで彼女たちは、荒野を駆け抜ける死神の列だ。




「大漁っす」


 タイムセールが終わったのは14時だった、腹は減るわ気力は尽きるはで、しばらく彼女らと買い物には来たくない。

 彼女らの戦利品を運ぶため、レディース売り場と駐車場とを何度往復したのか、覚えてすら居なかった。


「じゃあお昼ごはんを食べに」


『ご来場のお客様にお知らせです。5階メンズ売り場でタイムセールを実施中です、全商品80%OFFとさせて頂きます!どうぞこの機会をお見逃しなく』


「8割引だよリュウ君、これは行かなくちゃならないね」


 もういいよ、と言う言葉は言わさせ貰えなかった、涼子に手を引かれ、戦場に逆戻りだ。



辛かった、これならまだ荷物持ちをしていた方がましだ、代わる代わる持ち寄られる服を着せかえ人形のように着替えさせられた。

 5人掛かりで選ばれた洋服を何十着と試着するのだ、どれが良かったなんて聞かれても覚えてなど居なかった。

結局5人それぞれのイチオシだった服を購入する、8割引だから値段は確かに安かったが、心がすり減ってしまった。


「そう言えばお腹空いたね」

「うんそうだね、甘いものが食べたくなっちゃった」


 そりゃあ腹も減るだろうさ、昼飯も食わずに7時間ずっと買い物していたのだ、まだ元気に動ける方がどうかしている。


「じゃあお姉さんがおごっちゃおうかな」


 ハイテンションなままの森下が奢ると言うので、昼飯兼、夕飯兼、10時、3時のおやつを兼ねた食事会に移行し、レストランでは戦利品自慢が始まったので、最終的に家に帰り着いた時には20時を回って居た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る