第61話「意趣返し」

 エイプリルフールでもある4月1日の日曜、いつもなら道場で剣道を教えている為ダンジョンに潜るような事はしていなかったが、今回はSDTFに意趣返しだと道場が始まるまでの朝の間に5人で梅田ダンジョンに入った。

 SDTFのスタッフに止められるかと思ったのだがそんな素振りも見せず私達はダンジョン前に有る支店から堂々と乗り込んだのだった。


「リュウ君雑魚は私がやるね、モン部屋に入る前にだけ魔法を使ってくれるかな、打ち漏らしが出たらそいつも私が処分しちゃうから」


 力強い涼子の言葉に従ってモン部屋までの間に出る雑魚スライムは涼子に任せた、数回戦闘している間に肥後がスライム相手に戦ったが鋼鉄のショートソードではスライムのコアを抜く事は出来なかった。


「肥後さんは防御に徹して下さい、私が聖剣で応戦します」


 肥後が防いだスライムを私が聖剣を使って切断する、聖剣を使った私の攻撃でもレベルが低いスライムなら切り裂く事が出来た。


殆どの雑魚が涼子1人で対処可能だったがそれでも後方から襲われると後手に回ってしまう、後ろから来たスライムは私と肥後とで対処する事にし最初のモン部屋に到着した。


『爆ぜろ』


 中規模魔法でモン部屋の中を焼く、現れたスライムは一瞬で灰に変わった。


「コスモ君前回通った以外の部屋に誘導してもらえるかな」

「うん解ったよ」


 ダンジョン攻略隊が居なくても進んで行く事は出来そうだ、まだレベル45を越えるスケルトンナイトに出会って居ない事だけは不安要素だったが。

7部屋目の敵を相当した時に魔法耐性の有るスライムが残ったが涼子が瞬殺してくれた、2体以上が残ると少しまずかと思いつつこれ以上魔法の威力を上げると自爆しそうだと自重した。




10部屋目で宝箱を発見した、コスモと私の鑑定の結果罠が無い事を確認してから宝箱を開けた。


「ミスリルのナイフだったよ」

「攻撃力は13で魔力で攻撃力を上げられるみたい」


 鋼鉄のショートソードよりは攻撃力が高いのだが流石に短すぎて使い勝手が悪い、ミスリルナイフの行方は森下が持つことになった。


「このナイフ売ったらいくらに成るんですかね」

「コスモ君教えて差し上げて」

「買取価格は18万クレジットだよ」

「こんなのが1800万ですか、一生の宝物にします」


 こんなのの枕詞と宝物にすると言う発言が一致しないがそんな事を言い出すと森下の相手なんて出来ない。


「そう言えばレベルが25になって『収納』ってスキルを覚えましたよ、これって聡志君やコスモ君と同じ物ですかね」


 森下を『鑑定』してみてスキルを確認した、御者の森下が『収納』を覚える事は道化師が覚えるよりは理にかなっている。


「私と同じスキルですね幸先が良いですからどんどん進んじゃいましょう」


 まだ適正レベルに追いついてないなので数度の戦闘でレベルが上がっていく、10部屋回った時点で私と涼子がレベル35、コスモと肥後が33、森下はレベル28まで上がっていた。


「彩世の局を越えてやりましたよ、ざまあみろってもんです」

「攻略隊だってレベル上げを行ってるんじゃないんですか」

「安全第一の隊長が続けてダンジョンに入るとも思えませんけどね」


 私だって安全第一なのだが前回に取得した『魔力回復』 のおかげでひと晩寝ただけで魔力が全回復していたから今日攻略に踏み切ったのだ。


「危なくなったら各々が東兼支店に飛んで下さい、江下さんのようにパーティー全員を一度に撤退なんてさせられませんから」


 更に4部屋討伐して5部屋目に入った所で現れたのはレベル45のスケルトンナイトだった。出現と同時に私が高火力の魔法を放ったが取り巻きは倒せた物のスケルトンナイト本体には大したダメージが無いように見えた。


「涼子もう一発今度は冷却の魔法を使うから時間稼ぎを頼む」

「倒しちゃっても良いんだよね」


 もちろん倒して下さいと心の中で思いながら詠唱に入る、私自身魔法の得て不得手はまだ漠然としか解らないが、回復魔法が一番得意で攻撃系の魔法では火が出しやすい。苦手と言うほどでは無いが冷却系この場合だと氷の魔法は不得手で有るようだ。

詠唱が終わるまでの10秒程の時間を涼子は無傷で耐えてくれた、スケルトンナイトに相応のダメージを与えた所で詠唱が終了した。


「涼子」


 短い叫びに対応して涼子が下がる、スケルトンナイトの意識がこちらに向くまでに氷の礫の散弾がスケルトンナイトに命中していく。


「コスモ君『鑑定』お願い」

「瀕死だって」


 トドメはどうしようかと手段を迷っている間に動き出した女が居た。


「往生せいやーーー」


 ミスリルナイフを腰だめにした森下がスケルトンナイト目掛けて突っ込んでいった、マジでこの女何を考えているのか一切理解できないが止めは森下が指していた。


「和美さん危ないよ」

「良い感じに勝てると思ったら勝手に身体が動いてたっす」


 スケルトンナイトが崩れ落ちた途端に下に降りる階段が現れた、つまりあのレベル45のスケルトンナイトは地下一階の中ボスだったらしい。


「攻略隊の皆さん一直線に下に降りる階段に向かったって事なんでしょうね、運が良いのか悪いのか」

「聡志兄ちゃん、スケルトンナイトの素材の買取が150万クレジットだったよ」 


 中ボスだけ有って素材の買取価格も高い、しかしレベル39のスケルトンナイトの素材はこんなに高くは無かったのだがレベルによってそんなに買取額が上がる物なのだろうか。


「聡志兄ちゃん僕またレベルが上がってたよ」


 ついさっきレベルが上がったばかりなのにと自分のレベルも確認したら37に上がっていた、スケルトンナイト討伐の恩恵だとは思うがこの先地下1階での急激なレベル上昇は無いだろうなとも思えた。


「それでね『買取』ってスキルが貰えたんだけど買取額が3倍にアップするスキルなんだって」


 なるほどそういう落ちか、急激に買取額が上がり過ぎた理由に納得が行った。


「今手持ちのクレジットはどんなもんなの」

「えーっとね、梅田ダンジョンで貯めたクレジットは198万クレジットだよ」

「今日の所は一旦帰ろうか、新たに得たスキルを検証したいし残りの魔力も心許ないから」

「了解っす」




 次々に東兼支店に飛んでいき最後に私と涼子が飛んで帰った。


「肥後さん用にミスリルの短剣と収納箱を買っちゃいましょう、それでもまだクレジットは手元に残りますから」

「先に杖を買わないで良いのですか、もう2万クレジット程ですから私が出しても構いませんよ」


 200万程度なら今直ぐ私が用立てても構わないのだが現状不足しているのは肥後の攻撃手段だ、盾で防げると言え耐えてばかりじゃジリ貧になる、私や涼子が直ぐに動けないような事も有るだろう。


「そうっすよ、剣人さんだけ唯の鉄の剣なんて可愛そうっす」


 森下から言われてがっくり肩を落とした肥後は改めてミスリルの短剣を購入する事に同意してくれた。1億5千万もする短剣が役に立たなかったらと思うと怖いと言う気持ちは判る。


「リュウ君この後どうする」

「道場に行くまでまだ時間が有るからスキルのチェックかな」

「そっかじゃあ庭で試してみようか」


 私が得たスキルは道化師の『演奏』スキルだった、これは楽器のメロディーで魔物を操るスキルらしいが残念ながら私に楽器を嗜む趣味は無かった。今から購入して練習すれば使いこなせるかも知れないが同じ時間を費やすなら剣術につぎ込んだ方がマシだろう。


勇者の涼子はレベル35では新たに得たスキルは無しだった次取得するとするならレベル40かも知れない。


コスモはレベル35にして初めて攻撃スキルを入手した、『多重スローイングダガー』放ったナイフをクレジットを支払い増殖させるスキル。支払うクレジットによって分裂するナイフの量が変わる商人にありがちな課金スキルだった。

 攻撃手段が殆ど無かったコスモには遠距離攻撃でも有ったので丁度良いと思える。 


 肥後もコスモと同じレベル35になって居て盾の攻撃スキルで有る『シールドバッシュ』を覚えた、前回取得済みの『跳躍』でさえまともに試せて居ないので何処か適当なダンジョンで戦闘訓練を行う必要が有るだろう。


森下のレベルもとうとう30まで上がった、攻略隊の上位レベルに追いついてしまった森下がやらかしそうで怖いが新たに得たスキルは『オートナビゲーション』と言う自動運転システムで彼女がどういう冒険者に成っていくのかますます解らなくなっていた。




「コスモ君の投げナイフ、増えたナイフが消えちゃいましたね」


 命中したナイフ数十本の内最初に投げた一本以外はすべて消えてしまった。


「1000クレジットで100本増えたみたいだよ」


 1本増やすのに10クレジットつまり1000円の費用が掛かるから100本だと10万円分消費する事になる。


「回収出来るなら使い放題でウハウハだったっすね」


 最初に投げたナイフはコスモ商店で購入した1本5万クレジットのスローイングダガーだったから10クレジットで増殖出来るならチート急の金稼ぎだったがそこまでは甘くなかった。


コスモのスキル確認の脇で肥後と涼子が模擬戦を行っている、本気の涼子が肥後に合わせて手合わせを行っているのだがかなり良い線を行っているのでは無いだろうか。特に『跳躍』スキルを使った瞬間移動攻撃、『未来予知』スキルの有る勇者には必ずしも有効なスキルでは無かったがそれでも時々涼子に一本入るかもと言う攻撃は出来ていた。

『跳躍』も『シールドバッシュ』を組み合わせれば当たるかもと思うのだが上手く『シールドバッシュ』を使いこなせて居ないようだ。


「これ以上は・・・もう無理です、動けません」


 10分程の手合わせで肥後の限界が訪れていた、もっと早く限界が来るのでは無いかと言う私の予想は良い意味で裏切られて居る。


「涼子、肥後さんどうだった」

「どうって言われても私解んないよ、でも北条さんよりは肥後さんの方が戦えると思ったかな」


北条はレベル30の時点でスライムのコアを切り裂く事が辛うじて出来て居たように記憶している。その北条より戦えると言うならミスリルの短剣を併せ持って戦えば雑魚狩りを任せられるという事にならないだろうか。


「どっちにしたってダンジョンで試さないと解んないって事っすね、じゃあそろそろ私のスキルを披露する時間ですね。剣人さんのオンボロ車で『整備』と『オートナビゲーション』を試しますね。涼子ちゃんと聡志乗っちゃって下さい、道場まで送って行きますよ」


 肥後が乗っている車は相変わらずの中古の三代目シビックだったがグレードは最上位のレースに使われる仕様の物だった。発売から6年以上経過していたのでそこら中にガタが来ていたが森下が乗り込み『整備』のスキルを使うと新車当時の車が姿を表した。


「めっちゃ疲れたっす」

「すみませんボンネットを開けて貰えますか」

「了解っす」


 肥後がボンネットを開けさせて中を確認していく。


「取り替えた部品が純正品に戻ってます、整備と言うよりは元の状態に戻したと言った方が正確なのでは無いでしょうか」

「じゃあ改造車だと返って性能が落ちるって事でしょうか」

「判りませんがその可能性も有りますね」


 Jupiter号のメンテナンスは森下に任せない方が良いのかも知れない、あの車を元の状態に戻してしまったら唯のバスに成ってしまうな。


「和美さん私の自転車もメンテして欲しいな」

「涼子ちゃんの自転車っすかオッケーっすけど今は疲れたので無理ですよ」


 森下の疲労が回復するまで待ってから道場へ自動運転で送って貰った、車に乗り込んだのは5人全員だったから少し窮屈さを感じた。走り始めた車のアクセルやクラッチギアが勝手に入っていく光景はホラー映画さながらの不気味さが有る。

 しかし安全運転で信号は止まるし路地での子供の飛び出しにも反応していた、私が運転するよりもよっぽど安心感が有ると感心した。



十和子の道場で別れるつもりだったのだが森下が見学したいと言い出し全員で道場に入る事となった。


「森下さん師範の十和子先生には絶対に失礼な言動は謹んで下さいよ」

「もちろんです、私だってれっきとした大人ですから聡志君に恥をかかせるような真似はしません」


 全く信用の置けない森下を連れ道場の中に入る、私と涼子と肥後は道場に入るさいに一礼し更に神前に向かっても一礼する、コスモは私達の様を見て真似して道場の中に入ってきた。以外だったのは森下が一連の作法を理解して道場に礼儀正しく入ってきた事だった。


「森下さん剣道経験者だったんですか」

「警察学校で習わされてたんですよ、柔道か剣道の二択だったんで剣道にしました。鬼教官と柔道で組み合うってあり得ないですもん」


 十和子に見学の許可を貰いに行ったら快く了承してくれた上に3人共練習に参加してはどうかと誘ってもくれた。森下は受けないだろうなと思っていたのだがあっさり十和子の勧めに習い着替えを行い練習に参加している。肥後の腕はどうかなどと敢えて言わないが冒険者レベルが高い為十和子では練習相手にもならない程だった。


「聡志さん、あの森下さんと言う方は何者なのでしょうか」

「通販会社のOLさんだって聞きましたが」

「涼子さん以来の才能を感じます、本気で剣術を習う気が有るのであれば何時でも歓迎しますとお伝え願えませんか」

「伝えては置きます」

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