第50話「救済措置」

 一連の説明が終わって私だけがSDTFの研究者森永と個別の会談を行っている、森永の出向元は京都大学で考古学の研究所に居たらしい。

私だけ別室に案内されたこういう時涼子が着いてくるかと思ったが率先してコスモと肥後の様子を見ておくと言ってくれた、コスモ達には昼食が出されて居たので向こうに行ったと言う見方も出来るのだが。


「初級ダンジョンは女神の救済措置って事ですか」

「確証は有りませんがSDTFではそう考えて居ます、その他のダンジョンと初級ダンジョンとでは全く異質な存在なので出来上がった経緯もしくは管理者が別の存在では無いかと考えて居ます」

「証拠や物証って物は?」

「石碑を解読した結論です、完全には読み取れて居ませんがそう大きくは間違って居ない筈です」


 初級ダンジョン攻略で石碑が現れ文面を解読しているらしい、そんな手間を掛けずとも私なら一発で読み取れるからその旨を伝えてみた。


「生憎と写真やビデオでは保存出来ませんので手書きで書き写した物か現地まで足を運んでもらう他有りませんがよろしいですか」


  現地に行って石碑を確認したいが先ずは書き写された文章の確認をという事で解読の手伝いを行うことになった。

残念ながら手渡さた文章は半分も読めなかった、読めない理由はおそらくだが書き写した文字の形が間違っているのだろう。私の能力では何処が間違って居るのかまでは解らないので攻略済の初級ダンジョンを回って石碑の解読をしなければならないらしい。山内が生きていれば石碑の文言を写せたのだろう、居ない人物についてあれこれ考えても仕方ないな。


「言語学の先生がお手上げだった理由が判明して助かりました」

「最初にダンジョンの瓦礫を撤去しようと考えた理由は何だったんですか」

「ただの偶然です、何でもアイテムボックスにしまう癖の有った冒険者が偶々邪魔だと片付けたら石碑が現れたんですよ。この情報は西側諸国にしか回ってませんから口外はくれぐれもしないようお願いします」


 ダンジョンの情報が世界的に共有されているのか、それは考えもしなかったなアメリカが最先端だって話だったがアメリカチームのレベルやジョブは判明しているのだろうか。


「アメリカの冒険者が発見した情報だったんですか」

「国内では無い事は確かですが何処から漏れ伝わってきた情報かと言うことは私にも判りません。石碑は今日中に回れる場所にあるんですか」

「日本各地に散らばってます、聞く所によると札幌のダンジョンも攻略済みなんですよねそちらの瓦礫も撤去しなければ成りません。緒方さんが都合が良い日取りと言うと春休みですよね」


 石碑巡りは春休みに行う事で話が着いた、森永の大学で行っていた研究は学会で異端視されていて予算も殆ど無かったらしい、SDTFに来てからの厚遇に満足している様子だった。


森永と別れると涼子達の待機している部屋へと移動するそこではコスモが涼子に対してビビりながらも頭を下げている状況に遭遇してしまった。私は1人遅れて冷めた昼飯を食べる、仕出し弁当の割には意外に旨かった。


「コスモ君、裏切りは治らない物なの。警察に脅されているなら真っ先にリュウ君に相談するのが大事だったんじゃないかな」

「川上さん別に9課が悠木さんを脅しては居ませんから人聞きの悪い事は言わないで下さい。ただ虎守茂さんのお父さんが大変なことになりそうだったので手助けしただけなんですよ」


 コスモが公安とSDTFに協力した理由は大鉄の後ろ黒い行為をどうにかするためのだったようだ。子供に対して親を人質に取るような真似をするSDTFと公安の連中はいまいち信頼が置けないと素直に思った。


「聡志兄ちゃんごめんなさい、僕お父さんが牢屋に入るのは可愛そうだと思ったから」 


 高校生相手に買春を行っても現行の条例では捕まる事は無かったのでは無いのか、これが中学生や小学生相手なら一発アウトだったが。


「あのねお父さんね悪い人と一緒になって地上げって言うのをしてたんだって。それは悪い事だから捕まっちゃうかも知れないの」


 東西不動産の地上げ騒動か、反社を使ってギリギリの地上げを行っていて後年大問題になっていたから大鉄が犯罪行為に手を染めて居た可能性は高い、買春と違ってこっちはこの時代でも後ろに手が回る犯罪行為だ。


「コスモ君私は怒ってないから大丈夫だよでも、あの怖い刑事さん達に何を話したのか教えてくれるかな」

「うんあのね・・・」


 コスモが公安に漏らした情報はコスモ商店の品揃えと私達のレベル、スキル構成のあらまし氏名年齢程度だがスキルに関しては詳しい内容は教えて居なかったらしく表層的な物だけだ。何故詳しいスキルをコスモが公安に教えなかったのかと言う事はコスモの気持ちを推し量る事しか出来ないが申し訳無い気持ちが有ったからだろう。私の『鑑定』より数段上の力を持つコスモなら私が隠している第2第3のジョブやそれに付随するスキルを読み取れるかも知れ無い、しかしその事については今現在も一切公言して居ない。

住所や電話番号なんて公安からしたら赤子の手をひねるより簡単に判明するだろうから隠す意味は無い、意外だったのはコスモが後藤の話を一切漏らしてなかった事だそれなりに親しみを抱いて居たのだろうか。


 まとめると私のスキルでバレているのは『鑑定』『魔法』『言語の加護』『聖剣』『物真似』と行った所か、『瞬間移動』『加速』『未来予知』『危機察知』はバレては居ないらしいが『瞬間移動』と『加速』さえ隠せれば『未来予知』と『危機察知』は漏れても大丈夫だ。

しかし『瞬間移動』はそのうちバレるだろうな、肥後には既に見せて居たしいざと成ったら使うことに躊躇するつもりもない、とっておきとして『加速』だけは隠し通したい物だ。


SDTFとは仲良くやっていきたいのでコスモを吊るし上げる事はこの辺で終えてしまいたい、涼子も加虐趣味がある理由では無いので私がもうこの辺で良いんじゃいと言うとそうねと頷いてくれた。


 私達の会話が終わったのを見計らったように室内に1人の男が入ってきた、肥後が立ち上がって敬礼したので恐らく警察関係者なのだろう。『鑑定』で相手の肩書と名前を確認すると大濠國男と言う元警視総監で現SDTF統括本部長と言う名前と肩書が確認出来た。


「はじめまして私は大濠國男と言います、ここの責任者の1人ですが表向きは高速道路公団の理事長と言うことに成って居ます。荒事には慣れて居ませんが元警察官僚の1人として国家と国民の安全に寄与するつもりで居ます。緒方さん川上さん悠木さんのお三方には本来頼める事では無い事を承知で言います、我々に協力をしては頂けないでしょうか」


 物腰は柔らかかったが眼光鋭く荒事に慣れて居ないと言うのは何処まで信じれば良いか解らない、恐らくは東大出の官僚だったのであろうが何かしらの武道の心得は有るように見えた。


「協力ってダンジョンで戦えって事ですか、お礼も貰ってないし私とリュウ君は危なくなったら逃げますよ」

「報酬は勿論お渡しします、我々が皆さんにお願いしたい事はSDTFメンバーのレベル上げのお手伝いをして頂きたいと言う事なのです。勿論皆さんの安全第1で行動して貰って構いませんのでよろしくお願いします」


 報酬なんて私には必要無かったのだが涼子は親からもらう小遣い以外の収入が無い、デートの資金や移動費は私が出していたが涼子が作ってくれる弁当代は涼子の自腹だ。私がいくらか渡そうとしたのだが恋人からお金なんてもらうの変だよと反論され渡せずに居た。


「報酬って具体的にはお金が貰えるのですか」

「現金でもクレジットでも金塊でも構いませんが、そうですね具体的には月に30万程の基本給をお渡ししましょうかそれにレベル上げを手伝って貰った日には日当で別途10万円それに上がったレベルに応じて賞与をお支払いします」


 掛かっているのが自分の命なので高いとは言えないだろう、ジョブやレベルを資格や経験に換算するので有れば報酬の引き上げ交渉も可能だっただろうけど涼子の金銭感覚を狂わす必要も無いので唯々諾々と承知した。


「撤退は私の判断で行っても構いませんか」

「その辺りの匙加減は現場の判断でお願いします」


 現場の判断でレベル上げ続行されたら怖いので逃げる許可が欲しかったのだが言質は取らせてくれなかった、どちらにせよ危険だと判断すれば『ホーム』に飛んで帰るだけなので大した違いは無いか。


「レベルを上げる相手は何人居るんですか」

「協力していただけると言う事でよろしいのですね、それでは詳しい話は現場の責任者から話させます」


 部屋の外で控えて居たのだろう数人が大濠の呼び込みで中に入ってきた、人数は3名全員女性で内1人は御園だった。

簡単な自己紹介から始まった、3人の内一番の責任者は江下敬子階級は特務警視年齢は33歳でノンキャリの警察官なら破格の階級だろう。二番手は御園で北川彩世と言う22歳の特務警部補だった。


「先ずは5名の攻略隊のレベルを上げて頂きたい」


 物々しい口調で江下が求めて来たのが5名のレベル上げだった、攻略隊と言うのが現場の隊員らしい。


「5人のレベルとジョブを教えて貰えますか」

「緒方君、あなたがチームのリーダーで有る事は充分理解していますが一旦は肥後巡査を交えて6人でレベルを上げるつもりです。緒方君達には石碑の解析を最優で行って下さいよろしいですね統括部長」


 江下は常識的な大人だったようで私や涼子ましてやコスモをダンジョンに連れて行く気は無いようだった。部屋から追い出される事は無かったが話し合いは肥後と江下二人で勧められ肥後の所属は警察に居ながら新宿署の少年係から本庁の内勤へと移動する事がその場で決められてしまった。


「江下君、緒方さん達のサポート要員は誰にするつもりなんですか、まさか公安に丸投げするつもりは無いのでしょ」

「車での移動を考慮して森下に任せるつもりです」

「森下特務巡査部長ですか、まだ現場には立った事が無いと聞いて居ます。現場の指揮はお任せしていますが問題は無いのですね」

「彼女もSDTFの一員です、講習は終了しております」


 話が進んで言って私達のお目付け役と言おうか運転手と言ったら良いのかそんな人員を貸し出してくれるそうだ。大濠の態度を見るに彼は私達もダンジョン攻略要員とみなしていて江下の態度を快くは思っていないらしい、私達につける人員が森下と言う人物だったことにも不満が有るように見えたがそれ以上の事は言わなかった。


私と涼子それにコスモを送って行くためにと森下と初対面する事になった、江下達3人と肥後は更に打ち合わせを行うようで既に別れている、後ほど肥後とは情報交換するため内密に会う約束は取り付けて居るが肥後の拘束具合が解らない為まだ日時は未定だった。



 改めて江下以下の3人の情報を整理する、江下敬子元警視庁公安部の刑事で現在の肩書は特務警視ジョブは軍師でレベルは9、スキルは『指揮』と『突撃』の2つを所持している。『指揮』はチームの連帯性を上昇させ『突撃』は攻撃時に10%のダメージ上昇ボーナスが適用される。10%のダメージ増加と言う一文が気になるがコスモの『鑑定』結果なので間違いは無いのであろう。


御園純子、元新宿署の少年係で階級は巡査部長だったがSDTFでは特務警部の階級を付けて居る、少年係時代からSDTFとの二足の草鞋を履いていたように思われる。ジョブは詐欺師でレベル10『隠蔽』と『擬態』のスキルを所持、『隠蔽』は『鑑定』を弾けるらしいがレベルに依存しコスモや今の私の『鑑定』なら見通す事が出来る。『擬態』は姿形をご認識させる事が出来るがそれもレベル依存で私達には効果は無かった。


北川彩世元の所属は千葉県警で刑事課に配属されていた順キャリアの巡査部長今は特務警部補の階級でジョブは弓騎兵でレベル4スキルは『狙撃』を所持していた。弓を使った攻撃をする事はジョブを見れば一目瞭然だがレベルの低さが気になる、『狙撃』は命中補正が掛かるようだが迷宮型のダンジョン内で弓がどの程度の効果を出せるのかは不明だ。


 案内された部屋の中には少女が居た、実際には少なくとも高校を卒業している筈なのだが涼子と比べても年齢差が無いように見える程童顔だった。


「森下和美特務巡査部長です、まだ右も左も解らない新人ですが皆さんよろしくです」


 子供相手に一発目の挨拶がそれかよと呆れて居たがコスモの受けは良さそうで私の背中に隠れて居たコスモが興味深そうに森下に近付いて居る。


「和美お姉さんも刑事さんなの?」

「はい、短大を卒業してから事務員として採用された筈なんですけどどうしてかSDTFに出向って事で何が何だか本当に解らないんですよ」


 警察官では無くて事務方の公務員として採用された人物だったらしい、偶々ジョブが発現していたのでSDTFに組み込まれたらしいから警察官としての職務意識も高く無いようだ。


「ジョブとレベルを教えて貰えませんか」


 既に『鑑定』で判明していたが一応礼儀として森下の素性を聞いてみた。


「御者の冒険者でレベルは1です、秋葉原ダンジョンに一度連れてって貰ったんですが戦闘職じゃない御者だったんで直ぐに帰って来ちゃいました。スキルは『操車』です、これ覚えてから苦手だった車の運転が上手くなってすっごい重宝してるんですよ。課長さんにも運転上手だなって褒められちゃって」


 聞いてもない事までペラペラ話してくれたこれが擬態だったら大したものだ。


 森下和美21歳短大卒業後行政事務職員として採用されるがダンジョンに入れる冒険者だったため新人研修中にSDTFに出向半年間の警察学校で再教育された後正式に特務巡査部長の階級を与えられる。SDTF内で森下より下の階級の者は存在しない為彼女が最下級の課員で有る事は間違い無さそうだ。


「じゃあ皆さんを送って行きますので車に乗り込んじゃって下さい」


 森下が乗り込めと言った車は黒塗りのフルスモークベンツだった、どう見たって気質の人間が乗り込む車では無かった。


「もう少し普通の車は無いですか」

「これ駄目ですか、私教習車とお父さんが乗ってるカローラ以外で初めて運転した車がこれなんですよ。課長さんに相談したらこの車が最上級車だって言われてでも可愛く無いんですよね聡志君もそう思います?」

「可愛く無くても良いんでせめてワンボックスかそれがだめならステーションワゴン辺りにして下さい」

「了解です、申請を出し時ますね直ぐには買って貰えないと思いますのでしばらくは我慢して下さいね」



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