第38話「黒い聖夜」

 日曜日のクリスマスが終わった次の26日西芝株を筆頭に関連会社は軒並みストップ安に転じバブル景気で有頂天に成っていた株式市場に冷水を浴びせかけた。最大1万2000円まで上昇していた西芝株は一夜にして1万円を割り込んでいた。

 私と涼子の二人は付属千葉高で学校見学と言う名目で剣道部の練習に参加していた、その中で目立っているのは涼子だ。 

 女子選手は当然として男子選手の主だった相手にさえ片手間で模擬戦に勝利している。女子はともかく男子は県内どころか関東でも有数の学校なのだが圧倒的な実力差を見せつけて居る。


「あのこ本当に中学2年生なの?」

「西島先輩に女子が勝てるなんて、そんな事あり得るの?」


 涼子が模擬戦で勝った相手はインターハイベスト8の猛者だったが一瞬で負かされて居た、私が相手になってもそう簡単には負けないとは思うが、だからと言って勝てる保証も無い。

 そんな相手を涼子は一蹴したのだ、もしこれが剣道では無く実践だったら私も涼子と同じ用に西島とか言う3年でも瞬殺出来ただろうが剣道の試合じゃ無理だ。


「よしっ次は緒方、川上に変わって入ってくれ」


 指名されたからにはやるしかない、面を付けてから道場の真ん中へと進んでいって高校生相手に模擬戦を行う事となった。

5人相手にして4人には勝てたが大学進学を見据え3年で唯一部活に参加している元主将の西島に勝つ事は出来なかった、しかし中等部の達也と対戦した時には魔法を使ったが今回魔法関係は使わずに互角の戦いが出来たから成長はしているのだろう。


 その日家に帰るとテレビは西芝の話で持ちっきりだった、大恐慌の引き金に成ったブッラクマンデーに引っ掛けて関係者が逮捕されたのがクリスマスだったためブラッククリスマスと言うあだ名が付けられたようだ。

 そこから30日まで毎日付属に通う予定となった、東兼からだと時間が掛かって仕方ないから進学するなら部屋を借りるか祖父母の家から通うかしないと厳しい、近くにダンジョンでもあれば涼子の瞬間移動で通えるのだが。


仕手戦の件は甚八から毎日連絡を受けて居た、想定していた利益を下回る事になりそうだと言う話で私達の仕手に何処かの集団が相乗りしていて利幅が減ったのだそうだ。

甚八の想定では1500億の利益を仮定していたそうだ、金額がでかすぎて全く実感が湧かない。1500億の利益にどれだけ税金が掛かってくるのかと言う心配事も現れる、ここまでの金額だと国税庁も黙っては居ないハズだ。


12月29日本来の歴史では株価が史上最高値に達して居た日であったが現在は日経平均が3万円代前半で推移している原因は考えるまでも無く私達が仕掛けた強引な仕手戦に有るだろう。

 だからそれで何か歴史が変わったのかと問われると解らない、行政職に有った私は経済に明るく無い、イカサマ同然に金を稼いで悔い改める必要が有るのかも知れないがそんな事知った事じゃない。


「予定では明日まで強化合宿のつもりだったが今日で合宿は終了という事にする。緒方と川上には短い間だったが合宿を手伝ってくれて感謝している、次の予定は5月のゴールデンウィークだからまた頼むな」


 僅か4日間の間に涼子は高等部の部員全員を3回は叩きのめしていた、レギュラークラスの部員に至っては何度やられて居たか両手両足の指を足しても足りないだろう。

 それも無限の体力が有る涼子だから出来る所業で私にはそこまでの実力は無かった、同じレベルで有る上に3つもジョブを持っている私では有ったが涼子には勝てる要素が見つけられない。


「聡志ありがとうな、それにしてももう少し聡志が早く生まれて居れば神武館に一矢報いる事が出来たかも知れないのにな。再来年は俺達の敵を取ってくれよな」


 高等部3年の西島に労われた、俺の魔法を使わない素の実力と西島の実力はほぼ同じで経験の差によって西島有利で訓練を終えている、西島以下の部員に関しては俺も勝ち越せては居た。


「神武館ってやっぱり強いんですか」

「まあな、俺達の代は目立った存在は居なかったんだが部員のレベルが総じて高い、最低でも俺と同等かそれ以上の奴ばかりだったよ」


 私と互角だった西島が最低限の強さだとするならもっとレベルを上げないと部活の剣道ですら勝てないと言うことか、下級ダンジョンすら危機感を覚えて居る私が奴ら相手に生存権を確保出来るのだろうか。


「この後打ち上げをやるつもりなんだが聡志も川上さんも一緒にどうだ二人の参加費は俺が出すぞ」

「私は構わないんですが涼子は東兼に帰らないといけないので難しいです」


 私はこの後祖父母の家に帰る、既に昨日から母と徹と紀子と共に私も帰省していた。


「いくら強いと言ったて女の子を残らす訳には行かないか、じゃあ聡志だけでも参加してくれよな会場は三輪んちが経営してるイタ飯屋なんだ。場所は新宿の駅前で9時に解散するけど先に抜けてくれて良いから」


 打ち上げはイタリアンレストランで行うらしい、この頃はまだイタリアンが珍しかった時代なのだろう。高校生が立ち寄れるような場所では無いのだが部員の父親が経営している店なので格安で使わせて貰えるようだ。

 涼子はごねる事無く『瞬間移動』で帰っていった、元々今日一緒に帰れない事は承知していたし涼子が部員から恐怖の目で見られて居る事も自覚しているのだろう。

それにもう一つ早い時間に帰れたら母方の実家に帰省するかも知れないと言う話も聞いていた。

 祖父母の家に公衆電話から連絡を入れ夕食が必要ない事と打ち上げ参加の許可を貰えた、母はその辺おおらかな人だった。

 着替え終わると荷物は駅のコインロッカーに入れるふりをして『収納』した、いちいち取りに来るのが面倒なだけで金をケチった訳ではない。目的地のイタ飯屋は新宿駅からほど近い場所に有って並んで待っている人たちが居たが私達は優先的に個室に案内され高校生らしくない打ち上げが始まった。


「聡志も充分すごいんだけど川上さんと比べると凡人だよな、戦国時代にでも生まれていたら姫武将で天下を平定したんじゃないか」


 個人の戦力だけだなら呂布にでも勝てそうだが残念ながら頭が弱いのでごろつきの親分が関の山だろう。


「井伊直虎の生まれ変わりかよ」


 よく解らない人物の名前が出てきたが歴史好きの部員の間で盛り上がっている、かなりハイテンションに成っているなと思っていたらコップに継がれている液体にアルコールが入っているようだ。保護者にでも見つかるとまずいのだが私自身高校生の頃に飲酒経験が無いのかと言われれば嘘になる見ないふりしてイタリアンを堪能した。


打ち上げが終わる時間は9時だったが一足先に私はその場から退場させてもらう事にした。深夜徘徊と言われる時間までにはまだ間が有るが職質を受けて親を呼ばれるような事は避けたかったので店を出たのは7時を若干過ぎた辺りだった。


「聡志くん私達も一緒に帰るから途中まで一緒に行きましょう」


女子部員の4人が私に同行を申し出てきた、断る理由は無いので了承し新宿の駅に向かって歩いていく。


「聡志君って川上さんと付き合っているの?」


 話しかけてきたのは4人組でリーダーシップを取っていた女子部員だったが名前を聞いていたが覚えちゃ居ない、『鑑定』を使って石川明代と言う名前だと言うことは解ったがおそらく次に会った時には名前を覚えちゃ居ないだろう。


「付き合ってますよ」

「「「ワァーーー」」」やっぱりそうなんだ」


 女子部員たちから歓声が上がる、そういう反応が帰ってくるだろうなと思いながら歩いていると出会いや付き合ったキッカケなんかを尋ねられた。年末の29日で忘年会ど真ん中だったのだろうか駅までの道路は人で溢れており、客引きや立ちんぼも相まってなかなかカオスな状況になっていた。


「私近道知ってるよ」


 一向に進まない状況に業を煮やした女生徒が裏道を行こうと提案してきた、トラブルは避けた方が良いんじゃないと提案してみたがリーダー格の明代が賛成したため裏道を通って駅に向かう事になった。

 裏道は私も知ってる場所でそこは新宿ダンジョンのあるビルとビルとの谷間に出来た空間だったのだが確か行き止まりでどこかに抜けられるような場所では無かったと記憶していたのだが。


「智子ちゃんご苦労さん」


 見るからにチンピラ風の男達が後ろから出てきた、智子はこの裏道に誘導してきた女生徒で事情は分からないが人通りの無い場所に連れて来られた事だけは理解出来た。


「約束は守ったわよ写真を渡してよ」

「これか、こんなもんならいくらでも渡してやるよ」


 チンピラがバラ撒いた写真には裸の男女の絡みが映し出されて居た、女は智子で間違い無いようだが男の方は高校生がお付き合いするには少しばかり年齢が上過ぎるように思えた。

 智子はばら撒かれた写真を泣きながら拾い集め彼女以外の3人はチンピラの登場が予想外で驚き私の後ろに隠れている、後ろから現れた他に行き止まりの空間にも人の気配が察せられた。


「智子あなた私達を売ったの」


 写真を抱えた智子は明代の発した言葉に返事もせず泣いているだけだ、写真を見る限り強姦されて脅されたと言う訳では無さそうだチンピラ達を片付ける事なんて簡単な事だがそれをすると明代達の口まで塞がなくてはならなくなるので面倒だ。


「売っただなんて可愛そうな事言ってやるなよ、あんた達智子ちゃんの友達なんだろ、困った友達を助けてやるのが友情ってもんだろ。難しい事をさせようって訳じゃなくてな少しだけ親父達に抱かれてくれればそれで万事解決って訳だ。そっちの兄ちゃんも可愛い顔してるから変態親父に尻の穴を差し出せば痛い思いどころか気持ちよくなるかもしんねえぞ」


 こいつらの口を塞いでやろうその決心で収納していた特殊警棒を右手にそっと取り出すとチンピラ達が近寄ってくるタイミングを図っていた。


「はいはいそこまで、君たちは完全に包囲されているから大人しく投降するように」


 今まさに拉致されようとしていた時に現れたのは新宿ダンジョンの後ろに隠れて居た男たちだった、ちょっと何が起こっているのかサッパリ解らないのだが私達を置き去りにして自体が進展して行く。


「智子てめえ俺達を売ったな、写真はそれだけじゃねえんだ学校の前でバラ撒いてやるからな」

「無駄無駄、お前らはこれから臭い飯を食うんだから写真をばらまくなんて出来ないの」


 チンピラ達の更に後ろから男たちがまた現れた、そのうちの1人は私の知っている人物だった。チンピラ達が振り向いた時に私の後ろに隠れて居た明代達の圧力が減った、振り向いて何が起こったのかと確認するとおそらく刑事であろう二人組が明代達をダンジョンの方へ下がらせていた。私も後ろに下がるよう刑事が促したので泣きじゃくっている智子を強引に立たせると刑事の指示に従って下がっていく。


 私達の安全が確保出来たと確認した刑事たちが捕物に掛かるチンピラVS刑事の戦いは刑事に軍配が上がるようだ数の上では刑事が少ないのだがチンピラ達は一人二人と確保されていくどういう経緯で智子がチンピラ達を罠にハメ返したのかは分からないが私も明代達も智子を責めるべきか慰めるべきか態度を決めかねて居た。


「この男の人ってあの人の恋人って事ですか」

「さあ知らないわよ顔も見たこと無いおっさんね」


 写真の男の事は3人とも知らないようだ、しかし私はこの写真の人物に似ている子供を知っている。関係は無いと思うのだが心のノートに書き留めておこうか。

オカズ代わりにばら撒かれていた何枚かの写真を『収納』して成り行きを見守る。


「ねえ聡志君あなたこんな写真を見ても平気なのね」


 確かに中学2年生が見るにはショッキングな写真だった、目の前にその痴態を行って居た実物の女が居るのだこんな状態だが興奮したっておかしくはないか。


「平気って訳じゃ無いですよ、びっくりして何が何だか解ってないだけだと思います」


私と明代が話している間に残った二人が智子を吊し上げていた、会話は聞こえて来るのだが私も明代も止めようとはしない、智子は謝るだけで説明は一切無かった。


チンピラたちの確保は進んで居ていよいよ最後の1人が取り押さえられようとしていた時にうつ伏せに倒れて居たチンピラが刑事たちのスキを付いてこちらに向かって走り込んでくる、手にはナイフが握られて居て私達を人質にして逃げようと言う算段か。


「裏切りやがって殺してやる」


 逃亡では無く警察を呼んだであろう智子を刺すつもりのようだ、刑事の1人が拳銃を抜いたが場所が悪い外れたら私や明代達に弾が当たる、むしろ動いている犯人よりも私達に当たる可能性の方が高いだろう。

 私の脇を抜けて智子に近づこうとしていたチンピラに向かってすっと体を入れ特殊警棒を展開させる、一瞬立ち止まったチンピラが私に向かってナイフをふるったが素人が使うナイフなんて何の怖さもない手首を思い切り警棒で打ち付けた後右肩目掛けて警棒を打ち下ろした。

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