第17話「勝負の行方」

 『回復』力もつ言葉と共に発動された回復魔法、体中の疲れが一気に無くなり最大能力がいつでも発揮できるようになった、またそれだけではなく他の魔法の使い方も同時に自覚している。

 『集中』『強化』集中の魔法を使うことで思考速度があがりまわりの景色がゆっくりと流れていく、身体強化された身体は一時的に全ての能力が格上げされ私は一気に戦闘モードへとギアを切り替える。


「メーン」


 勝負はあっけなく終わった、飛び込んで面を放った竹刀は狙いに寸分狂わぬ場所に落ちてその瞬間鳥羽上はただ「おみごと」とだけ言い残し会場の床に崩れ落ちた。


「面有り一本」


 主審が宣言して私の勝利が決まって開始線に戻るのだが鳥羽上は自力で起き上がれない、同じ剣道部の仲間たちが鳥羽上を両側から支え開始線まで連れて行くと、鳥羽上は自力で下がると礼を行って会場から出て行った。

 私も会場から退出し、一旦控え室に戻ると手荒い祝福を受ける事となる。


「おめでとうリュウ君、やっぱりリュウ君は勇者様だったね」


 その勇者の能力のおかげで負けも覚悟したのだがこの場で話せることでない、控え室には私の家族や涼子の家族それに明星親子まで居るのだから。


「お兄ちゃんおめでとう」


 徹と紀子も祝福してくれる、特に紀子はわが事のように喜んでいた、どうしてだか理由を尋ねると夕飯はお祝いで外に食べに行くことに決まったからのようだ。


「最後の飛び込み面、魔法でも使われましたか」


 十和子から最後の技について質問されたので正直に答えた。


「はい魔法を使いました」

「まあ、私は魔法使いを弟子に出来て感激のあまり声になりません」


 正直に答えたのだが、十和子からは冗談を言っているように取られてしまった、私も本気で取られるとは思って居ないから口にしたのだが。


「鳥羽上さん大丈夫でしょうか」

「保さんならまず竹刀の受け方から教える筈ですから大丈夫です。剣道は安全を考慮されて発展した武道です、ルールを守って競い合う限り大きな怪我をすることが無いよう出来ています」

「保さんと言うのは」


 知らない名前が登場したので誰だか尋ねようとしたら、母が私たちの話に割り込んできた。


「大橋酒店の保君ですか懐かしい名前ですね」

「そうですね、恵子さんもご存知の通り大橋保さんです」


 大橋酒店と言うのは母の実家の近所にある酒屋だ、あの店がコンビニに変わったのは何時の頃だったろうか、まだこの時点では酒屋だったように思うが記憶は定かではない。


「聡志も知ってるでしょ保君。陽一の幼馴染で家にもよく遊びに来てたじゃない」


 陽一と言うのは叔父の名前だ、叔父の幼馴染がその大橋保だと言う人物であることはわかったが私はそのような人物と会った記憶が無い。


「保さんは付属中学の教師をされていまして男子剣道部の顧問でもあり、私の母の弟子の一人でもあります」

「そうよ陽一も小学生の頃は此花神社でお世話になってたんですもの」

「叔父さんが剣道ですか」

「意外でしょ、陽一が唯一続いた習い事が剣道だったのよ、聡志と違って全く強くは無かったけど」


 此花神社で続けられていた此花咲弥流の道場は、道場主の高齢化を理由に看板を下ろしている、今は秋葉台で剣道道場は一軒も無いらしい。まだ道場が続いていたら魁皇のやつも通っていたのかも知れないな彼の家は秋葉台に有るらしいから。


「十和子師範質問をしても良ろしいですか」

「はい何でしょうか」

「鳥羽上さんと戦っていた時に急に竹刀が消えたんですが、あれって普通の技なんですか」

「摺り上げ面ですね、普通の技では有りませんが聡志さんが初心者だから通じたに過ぎません、竹刀を飛ばされてもその場から逃げれば良いのです、そうすれば主審が試合を止めて反則一回の宣言で済まされます」


 素人くさい私の動きを見切られたか、確かにそう言う技が存在すると判っているなら避ける方法はいくつも考えられる、無手で構えて避けるなんて事も今の私ならば難しいこともでもない。


 しばらく後に表彰式があって、前情報通り付属中の生徒は関東大会を事態し、男子は私一人だけが参加することになった。女子の方は涼子のほか準優勝を果たした千葉佐奈江も関東大会に参加するらしい、後のメンバーはやはり中学総体の試合を優先して辞退した。


 表彰終了後、付属中学の剣道部員に囲まれ質問攻めに会う事に、場所は会場内にある会議室で大会役員が借りていた部屋を特別に使わせてもらっている。


「僕は鳥羽上達也、高等部で君と一緒に活動が出来ると聞いて今は興奮しているんだ、名前で呼ばせてもらっても良いかな」


 かなりのダメージを負ったように見えた達也であったが、怪我は然程負ってないようで少々打ち身が青く腫れているだけだ。本来腕や有効打にならない部分で受ける行為は反則と取られな兼ねない行為だったらしい、てっきり竹刀相手だから有効な方法だなと関心していたのだが、一応刀を模したものだからそう言う行為は儀礼的にかなり危うい行為だったようだ。


「姓でも名でもあだなでも好きに呼んで下さい鳥羽上先輩」

「そうかありがとう聡志、僕のことも達也と名前で呼んでくれていいよ。聡志って剣道暦はきっと短いよね、剣術道場の教え方ってやっぱり違うものなのかな」


 私が剣道暦が短いことはやはり見抜かれて居た様だ、そうじゃなきゃ刷り上げ面なんて打って来るはずは無いからな。


「剣道を始めたのは二月の中ごろからです、私は此花咲弥流以外の教えを受けたことがありませんので、違いと言われても判らないとしかいいようが無いですね。体育の武道も柔道だったので」

「そっか他を知らないと比較のしようがないね、休みの日に中等部に見学に来ればいいよ、そうしたら違いが判るしうちに慣れるのも早くなるから一石二鳥だね」


 部活見学に誘われてしまったが、これから此花咲弥流剣術を教えてもらう約束になっている、千葉市内にある付属中学まで通うことはかなり難しい。


「駄目に決まってるだろうが何危ない勧誘をしてるんだ、聡志が入ってくるのは高等部になってからだろ。野球部ほど五月蝿くないにしたってそう言う青田刈り的なことには厳しい方々も居るんだ、気をつけて発言してくれ」


 剣道部の顧問らしい教師が止めてくれた、彼がおそらく叔父の旧友である大橋保なのだろう、改めて彼の顔を見たが会った覚えが無い。


「陽一の甥っ子が剣道で才能を見せるとは思っても見なかったな、昔此花神社で会った事は・・・覚えてるわけ無いよな赤ん坊だったし」

「立花の家でお会いしたわけじゃないんですか」

「どうだったかな、恵子さんが里帰り出産した時には祝いの酒を持って上がらせてもらったけど、その時聡志はそれこそ生まれたての赤ん坊だった筈だから、流石にそこで会っただろとは言えないな」


 保が実家の酒屋で暮らしていたのは結婚するまでで、今は家を出て新たな家庭を築いている最中らしい、母の覚え間違いらしいが決して自ら訂正することは無いだろうから、聞かなかった事にしておく。

 此花神社で会ったというのは私の七五三の祭事で、数え年で三歳の頃の話らしいからそりゃあ覚えているわけが無い、と言う事で納得した。


「叔父が剣道やってたなんて意外すぎて」

「陽一は別に目的があって通ってただけだったから、やる気なんて全く無かったよ」

「別の目的ですか」

「ああまあ・・・な、その話は陽一にしないでくれよ。もう時効みたいなもんだから話ちまうけど、陽一があこがれていた女性が道場に通っていてな」


 叔父にそんな女性が居たのか、子供の頃の話なのでそう言う事もあるだろうとは思うが、今の時代に独身を貫き通してる叔父らしくないエピソードだ。


「まさか十和子師範ですか」

「お前怖いこと言いだすね、確かに美人ではあったけど憧れる要素なんて1ナノも無いだろう。君ら2人が十和子さんの教え子だって聞いた時にあの強さも納得出来たよ、俺なら絶対に十和子さんのしごきから逃げ出す自身があるからな」


 十和子が怖い?彼女の指導で理不尽に怒られた事も無ければ無理強いなんて事も無かった、あくまで子供たちの自主性と礼節の重要さを教える事にてっしていた印象がある。


「陽一が憧れた相手は2つ年上の近所のお嬢様だったんだけどな、俺たちが中学に上がる直前病気で亡くなったんだ。それ以来陽一は道場に来なくなって、受かってた付属にも来なくて地元の中学に進学したんだ。大学で再開したときにはおどろかされたもんだ、そんな事一言だって口にしてなかったから」


 叔父が慶王大を卒業していた事は知っていたが、そんなドラマチックなエピソードが存在したとは、人に歴史有りと昔の人が言っていたが叔父の意外な一面を耳にして感慨深い思いになった。


「叔父はまだその女性を引きずっていて独り身なのでしょうか」

「うん?無い無いそれは無いぞ、陽一大学で3又がばれて人情沙汰になりかけて、女はこりごりだなんてぬかしてたからな。菖蒲さんのことが忘れられないなんて事ありえないから」

「ああそうですか、叔父の話はもうどうでも良いので皆さんを紹介して頂けませんか」


 急速に叔父の評価が落ちていった、あの人は昔からそう言う人だったよな3又の話を聞いて思い出したが成人の祝いで連れて行かれた場所が吉原だった、叔父は嬉々として三輪車を頼んでいたを思い出した叔父の事を考えるのは辞めよう以上思い出すとどつぼにはまる。

 会議室にやってきてくれたのは主将の鳥羽上、副将の村上のそして2年のポントゲッターで先鋒の魁皇ここまでは対戦した相手だから顔と名前が一致していた。

 次鋒の高峰3年生でトーナメントでは早々に鳥羽上に当たって敗退、同じく中堅の梶田も鳥羽上に負けて私と対戦することは無かった。鳥羽上以外の面々は暑苦しい輩ばかりだこいつらの事を慶王ボーイとは呼びたくない、そんな主将の三歩後ろからマネージャーの尾張と言う女生徒が現れ挨拶を交わす。


「川上さんは一緒じゃないんですね」

「はい涼子はお祖父さんの緑川龍蔵さんと一緒に大会関係者に挨拶回り中です」

「はあ、そうなんですか。うちの女子部川上さんが入ってくるって浮かれちゃってて本当に川上さんのようなすごい人がうちに入ってもらえるのか確認がしたくて」

「慶王付属の千葉校って名門の強豪校って聞いてますけど」

「それは男子部の方だけなんですよ、女子部が最後に県大会を征したのはもう10年以上前の事なんですよ。川上さんの活躍を目にしたら岡女でも雙葉でも桜蔭でも特待生で向かえてくれますよきっと」


 なぜこの女は涼子を嫌うのであろうか、今日会ったばかりどころかまだ直接顔を合わせて会話すらした事が無いのに涼子を付属に入れたくないと思いがびんびん伝わってくる。


「理沙、川上さんは聡志の彼女みたいだからそんな事を言ったら失礼だろ止めときなよ」

「そうだったんですか、じゃあ川上さんに大歓迎でお待ちしていると伝えて下さい」


 マネージャーの尾張は態度を豹変させて私と会話に割り込んできた達也に背を向けて別のグループへと話に行った。


「気を悪くしたよね、僕からも謝るから付属に来ないなんて言わないでくれよ」

「尾張さんでしたっけアレどう言う意味なんですか?」

「川上さんに薫を取られると思い込んだんだと思う、根は悪い子じゃないんだけど薫の事となると一寸ね」


 成る程判らん、いや話の本筋は理解できたのだがどうして達也じゃなくて魁皇なのかと言う所が判らない。決して魁皇が中学生に見えないような巨漢だからとか顔が怖いとかそう言う事を言ってるわけではない。中学時代の一年差と言う物が当人にとってあまりに大きな差だと感じられるから年の差カップルと言う物に驚いただけだ。これは年を取れば取るほど気にならなくなっていくものなのだが。


「私に何か言うくらいなら良いんですが涼子に喧嘩を売ると危ないですよ」

「そうだ川上さんって何者なの?いくらなんでも強すぎない」

「敵には容赦しないタイプだって伝えといてくださいよ、何もしなければお気楽なただの女の子なので」


 もしくは俺に手を出したとか、そうなると腕の一本ぐらいへし折られそうだ主に私が。


「それは勿論何もやらせないつもりだけど、川上さんって神武館の肥後とも互角の腕を持ってそうだしね」


 知らない団体と名前が出て来た、私は部活動に青春を掛けるつもりが無いので次々と強敵が現れるパターンはご遠慮願いたいのだが。


「肥後って誰ですか?」

「聡志は知らない?熊本の名門神武館高校の主将肥後巧、中学剣道界の覇者だよ」

「それって達也さんより強いって事ですか」

「去年神武館と勝ち抜き戦の新人戦で肥後一人に僕たち慶王5人が抜かれたんだ。結局全試合先鋒で出場して負け無のオール一本勝ちで圧倒されたんだ」


 正直達也でお腹一杯なのだがそれより更に上の存在が居るのか、レベル13で人間を止めた強さが手に入った気がしていたが気のせいだったようだ。

 会場の撤収時刻が近づいて来たので懇親会は終わりを告げた、祖父に連れられ挨拶回りをしていた涼子と合流し関係者全員で何十年かぶりに地元の焼肉店で祝杯を上げた。


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