第18話「買い物日和」
「甚八君ありがと車出してくれて助かったよ」
「いいって俺もアキバに用が有ったし、ここだけの話年末には386用のメモリーが爆上げする予感があるのよ」
剣道大会が終了して盆休みまでの短い期間、道場は一旦休みと言う事になった、此花咲弥流剣術を教えるためには道具だけではなく環境整備も重要と言う事で、道場と庭の改装工事を行って居る。
正直月3000円の月謝で、ここまでやってもらって良い物だろうかと悩んだりもしている。
「メモリーってパソコン用の?」
「あれサトチャンもパソコンやるんだっけ?」
「父さんが買ってから埃をかぶってた98をもらったんだ、ハードディスクも付いてない安い奴だけど」
DOSで動かせる表計算ソフトと、文章を構成するワープロソフトしか入ってないが、無いよりはましと言う程度の代物だったが時々使っていた。
「なんだそうならそうと早く言ってくれれば良いのに、俺の使ってた古いパソコン、サトチャンに上げるよ、最新の486程じゃ無いけど386にODPを積んでるからそれなりに使えるよ。それでパソ通もやってる感じ?」
「流石にそれは中学生じゃ無理だよ、通信費も払えないし」
インターネット以前に、電話回線を通じて通信を行うパソコン通信と言う物が存在していたという事だけは知っていた。大学の電算室に大学同士を繋ぐ通信網が入っていたらしいが、やはり在学中に触る機会は無かった。
「今度ゲームと一緒に持っていくから楽しみにしててよ」
「それで話を元に戻すけど何でそのメモリーの値段が上がるのさ」
「西芝電算って知ってるかな」
「大企業だし勿論知ってるよ」
「あそこがさここんとこ怪しい動きをしてるって話を友達から聞いてさ、これは何かやらかしたなってフォーラムで情報を追っていたら、西芝の子会社ウェストデジタルが、386用のメモリーをかき集めてるって話にたどり着いたのよ」
関係無いかなと聞き流しそうになって、西芝電算、年末、ウェストデジタルと言うフレーズが一体化してある事件を思い出した。西芝電算ココム違反事件、バブル崩壊前最後の株暴落事件、あの事件が発覚して西芝電算は子会社のいくつかをまとめて売り払い、蛸が己の足を食って飢えをしのぐという話からモジって、西芝蛸足事件と言う珍妙なフレーズが翌年流行語大賞を受賞した。
「甚八君は西芝が集めたメモリーどうするつもりだと思ってるの?」
「そりゃあ売るんじゃない、東側諸国なら喉から手が出るほど欲しい物品だし、メモリーはCPU程輸出規制も厳しくないらしいから」
その認識は誤解で軍事衛星に使用され、西芝はもとより関連企業も厳しい業績に立たされ、下請けはいくつか潰れたと言う様なニュースが流れた。
「輸出したメモリーが軍事技術に使われて、それが世間にばれたとしたらどうなるかな」
「そうなるとアメリカが黙っていないから・・・西芝が潰れるかも知れない!!」
「頃合を見計らって西芝株を空売りするってどう思う?」
「それはいくらなんでも難しいよ、どの局面が1番の高値か判らないし、買い戻す底値の値段設定も素人には無理だ。でも・・・いや、やっぱり難しい保証金を預け入れしないと駄目だからある程度自己資金が必要だ、俺の持ってる金じゃ全然足りそうにない」
甚八が自由に使える金は1000万程で、それでも信用買いに走るにはまだ足りないようだ。
「私がそこに400万足してもまだ足りないかな」
「うーん調べてみないことにまだ判らないけど、現物を証拠金としてそこに株の借り入れるとコストがかかってくるから西芝の株価は・・・そこから調べないと駄目だ。でもサトチャン、そんなギャンブルみたいな事にお金突っ込んで平気なの?俺がこんな事言うのもアレだけど子供が使って良い金額じゃ無いよ」
「あぶく銭みたいな感じで手に入れた物だから平気平気」
「そっかそれなら大丈夫か」
全く大丈夫では無いが、甚八とはこういう人物で常識のネジがぶっ飛んでしまっている、スロットにコインを入れる感覚で大金を投入できる、彼のような人物こそがギャンブルに適して居るのだろう。
車内で悪い会話をしていたら目的に到着したので車を降りる、アキバを訪れた理由は道化師の力で手に入れた不思議空間を使って持ち歩いていなければ、一発で通報されるようなやばい物を手に入れる為だ。
「最初はサトチャン御希望のミリタリーショップから回ろうか、実は俺もそう言うの嫌いじゃないんだよね」
以前に来た風俗ビルにあったミリタリーショップを訪れる、半年振りに来たのだが相変わらずやばい臭いがプンプン薫って来る。
「セーラー服欲情同盟?」
「その店は関係ないから」
風俗店の方は以前と違う店の名前に成っていた、しかし使われている写真は同じ物のような気がする、写真の女性が店に在籍はしてないのでは無いだろうか。
階段を上って目的の店の中へと入っていった。
「いらっしゃい」
海坊主が販売カウンターに座って居る、俺の事なんて覚えて居ないのかぞんざいな扱いで商品を磨いている。
「このナイフ良さそうじゃん、異世界転生して森の中を開墾する時に使えそう」
私は目的であった刃の付いた商品を見て回る、ナイフでは魔物相手に効果が薄いということはダンジョンに入って実感している、刃渡りの長い物は置いておらず、使えそうな物はバトルアクスと言う名の斧か槍の穂先だろう。
「お客さんそれ買うつもり?持ち歩いたら理由の如何を問われずに警察に持っていかれるよ。だから持ち運びには気をつけてね、室内保管で観賞用に使うって言い張ってね。あと警察に捕まってもうちの名前はご法度で」
甚八の興味はナイフからガスガンに移っていた、あのだった広い農場で打ち合いをしたら気持ちいいだろう、玉さえ残らなければと言う但し書きが付くが。私の記憶では、何時の頃からか環境に配慮した玉が使われて居たが、この店には置かれていない。
結局私はバトルアクスと槍の穂先にもなると言う剣鉈を購入した、二つで3万ほどだったが仕手戦に使うのなら残り金額が心もとない、実は割りの良い稼ぎ方が他にあるのだが、それを行うには甚八の協力が必要不可欠だったりする。
私の買い物を済ませると今度は甚八のお供に回る、場所は入り組んだ路地裏を抜けた先で怪しいソフトが山のように詰まれていた。
「ミルクコーヒー炭酸入りで」
甚八がおかしな注文を入れると店番をしていたおばさんが鍵を甚八に手渡していた、それで慣れた足取りで大通りに出るとかなり年季の入ったボロビルへと入って行った。
目的地はボロビル4階の444号室、そんな番号の部屋なんて存在するわけが無いのだが名盤には444と書かれている。鍵を使って扉を開く、中に入っていくと自動で鍵がロックされた。
「何ここ?」
「流通に乗せられない違法ソフトを扱う店だよ」
裏ビデオでも買うのかと思っていたのだが、更にやばいものを手に入れようとしているようだ。
「ガルーダさんお連れさんは大丈夫なの?」
「こう見えてこの子武闘派でね、俺のボディーガードなの」
冗談だと受け取った売人が危険は無いだろうと判断したようで、私が棚に並べられている物を物色しても何も言わなくなった。
「面白そうな物何か入荷した?」
「構造計算用ソフトが入ってきたけど買い手がつかないわね」
「誰がそんなのこの店で買うって言うのさ」
「正規品は1000万を超えるソフトだよ、それがたったの3万円お買い得でしょ」
違法ソフトと言うくらいだからもっと危ない商品だと思ったらただの割れ物のようだ、東南アジアや中国で軒先に並べられて売られている物と変わらない、ただし価格は100分の1以下だが。
「そんなのここの客層じゃ誰も使わないって」
「じゃあ警察無線のデジタル信号解析ソフト、これ足がつくと本当に不味いから捕まりそうな相手には売りたくないんだけど」
「面白いの入ってるじゃん、それいくら?」
「無線機とセットで50万」
「ソフトだけなら?」
「・・・売りたく無い」
「こないだの基盤苦労したんだけどな」
「絶対コピーして売らないでね、5000円で良いからもう帰って」
昔懐かしの5インチフロッピーを受け取った甚八は五千円と鍵を置いてマンションの一室から退出するのでそれに合わせて私も外にでた。
「何だったのあそこ?」
「だから怪しいソフト屋だって」
「そのうち潰れそうだね」
「ああ見えても需要はあるらしいよ金払いも良いし」
甚八と彼らが出会ったのは大学時代にまでさかのぼるらしい、慶王の電子工学科に入った甚八は裏世界で流通するハイテク機器の製造を請け負っては闇資金を手に入れていたらしい、やってることは脱税で何を作っているのかは知らないが危ない橋を渡り続けて来たようだ。
「農業関係の学科じゃなかったんだね」
「俺が農業手伝ってるのは税務署を欺くためのカモフラージュだからさ、あいつらって農業関係者に甘いでしょ、経費使いたい放題で何でも出来るから」
甚八は悪い人間だったようだ、彼が捕まったなんて話は聞いた事が無いし最期の瞬間まで隠し通せたらしい。
「じゃあさ当たりやすい競馬が有ったらどうする?」
「それって八百長イカサマノの類ってことかい?」
質問を質問で返されたがまあそれも致し方ない話題が話題だ。
「イカサマでは無いかも知れないけど、八百長では有るかも」
当たり馬券の組み合わせをいくつかのG1レースで覚えて居るから確実に当てることが出来る、ただし馬券を購入できるのは学生を除いた二十歳以上の成人だけ私が買いにいったって売ってはくれないだろう。電話で購入できる仕組みもあるそうだがそれだとくそ高い税金を支払わなければならないから、それは避けたいので足の付かない窓口で払い戻しを受けたい。
「公営ギャンブルは絶対に負けが決まってるって事は知ってる?」
「寺銭を取って残りを配分するからでしょ、その辺りのことは知ってるよ」
「それでどうやって勝つって?」
「全国のレースで配当が1000倍を超える物を全て購入する」
「そんな事は・・・出来るかも知れないけどパソコン通信で購入しないと難しいから税務署に入られちゃうね、発想は良かったけど実際には無理そうだ」
これ実際にやって、はずれ馬券を経費に含めるかともめまくった事件で結局経費と認められ、税金で全てを持っていかれることはなかった。
「これで私が競馬に詳しいことは判ってもらえたと思うんだけど、まだ子供だから勝馬投票券が買えなくて、私の代わりに馬券を買って欲しいって言ったら買ってくれる?」
「ああそう言う話か、今競馬流行ってるみたいだし良いよ好きな馬でもいるの?」
1989年はあの奇跡の馬がマイルチャンピオンシップを制したが単勝なら僅か1.3倍にしか成らなかった、実際その光景を見ていた訳じゃないが、バブルのお祭り感で億単位の金を突っ込んだ猛者も居たらしい。この年の狙い目は有馬記念本命がこけて単勝で16倍のオッズが着いた、この頃のG1なら大金を掛けても目立つ心配は無いし、税務署もクリスマスにわざわざ全国の馬券売り場を見回ることは無いだろう。
「クリスマスの有馬記念で」
「有馬記念はまだ出走馬が決まってないんじゃないのかな、流石にそれは先過ぎないか」
何か無いか・・・覚えているのは印象に残ったレースしかない、最低でもG1それも話題で取り上げられるか個人的に好きな馬くらいしかないぞ。1989年、1989年・・・ああそう言えば単勝で20頭出頭中20番人気の馬が1着でゴールしたなんて珍事があったな、あの馬なんて名前だったか・・・レースはマーガレット王女杯で勝った馬の名は知らないが20番人気の馬を買えば勝てる。レースは9月15日敬老の日、出走馬はそろそろ決まってるんじゃないだろうか。
「マーガレット杯が1番近いよね」
「G1ではそうかも、マグレかパインが1番人気だろうね」
帰りの車の中では競馬談義に花が咲いた、最も私の競馬地域の大半はとあるゲームが元になっている、最初は家庭用のゲームで発売していたのだが、パソコンに移植された時データを実際の物を使ってシミュレートしたり大学時代に嵌って遊び倒していた。過去のデータもさかのぼって血統の参考なんかにしたから、この時代の内容も覚えているのだ、流石に地方レベルの小さな物は覚えていないが。
「俺も昔競馬に嵌っててさ、大学時代だったかな悪友の親父さんが馬主で来賓室なんかにも入れてもらってさ。最近はブームで買ってなかったんだけどサトチャンがやるなら一緒に俺も買っちゃうよ」
甚八の裏の一面が見れて面白かったが、警察沙汰は駄目だと念を押してから私の自宅前でわかられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます