【九】恐怖のカテゴリーが違う?

 二人の男性が小さな駅の近くの路地裏にある居酒屋で酒を飲んでいた。共に三十代半ばで大学時代に同じテニスサークルに所属していた親友だ。


 卒業して10年以上経過した今でも連絡を取りあい、よく飲んでいた。


「今日、会社で変なことを言われたんだ」

 大学時代よりも二回りほど腹回りが大きくなったA氏が言った。

「誰に何を言われた?」

 飲みの相手であるB氏は大学時代と変わらずスリムで筋肉質。今でもスポーツをしている賜物たまものだ。


「部署の若い女子社員がこう言うんだ。Aさんって獅子座ですよね。『今日のアンラッキーアイテムはパソコンのディスプレイですよ』って」

「アンラッキーアイテム?」

「そう。なんでも、その日の避けたほうがいいアイテムを紹介するラジオ番組があるらしいんだ」

 A氏は枝豆を口に放り込んだ。

「という俺も獅子座なんだが。じゃあ、俺もパソコンのディスプレイを避けたほうがいいのか?」

 B氏は店員に片手を上げて呼び寄せ、追加のビールを注文しつつ言った。

「まあ、お前がそれを信じるのならだな。まあ、俺は気にしないけど。ハハハ……」

 一時間程、談笑したあと、二人はそれぞれ帰路についた。



 A氏は社宅として借りているマンションの五階に住んでいる。高級マンションとは言えないが、オートロックで築年数は比較的浅い物件だった。

「ただいま」

 玄関の鍵を開けて室内に入る。彼は独身なので部屋から返事が返ってくることはなかった。


 シャワーを浴びてからテレビをつけ、居間に置いた事務机の椅子に腰掛けてパソコンを起動した。


 A氏はシステムエンジニアだ。毎晩、趣味でブログを書いている。そのため、パソコンを起動しない日はない。


 日々の生活で出会った店や物を紹介したり、通信販売で購入した物のレビューを掲載したりしていた。

 

 その日は、良い題材が思い浮かばなかったので、B氏と行った居酒屋をレビューすることにした。

「顔が映っていない写真を撮っておいてよかった」

 ブログはペンネームで書いており、自分自身が分かる情報を上げることはなかった。


 一時間ほどかけて文章を仕上げた。そして、写真を掲載して記事を完成させた。

「ふう。今日は結構、時間がかかったな」

 とつぶやいたときだった。A氏のブログのメッセージ欄に書き込みが入った。


『Aさん 見てますよぉー』


「何だ気持ちが悪い。匿名でやってるのに誰の仕業だ。B氏の悪戯いたずらか?」

 と思った瞬間。部屋の電気が全部、消えた。

 テレビもブンという音とともに消えた。


「停電か?」

 おかしい。パソコンのディスプレイはついている。コンセントから電源を取っているので停電なら消えるはずだ。


 そのとき、ディスプレイが全画面、真っ赤に染まった。


 A氏は飛び上がる勢いで、椅子から立ち上がった。


「見てますよぉー」

 ディスプレイの脇に置いたスピーカーから雑音交じりで女の声が聴こえた。

 真っ赤な画面の色が少しずつ変化していく。


(く、口裂け女!)

 真っ赤な色は口裂け女の口の中だった。顔の全面がディスプレイに映ったその女性は、ボサボサの長髪で、口が耳まで裂けていた。裂けた口は大きく開いたままで、目も真っ赤に血走っている。


 オカルトが嫌いなA氏は本来なら直視できないのだが、その時は目を離すことができなかった。よく見ると占いの話をした女子社員に似ている気がした。


 十秒くらい経過した。A氏には何十分にも感じられた。

「お、俺のところに来ても、何もいいことないぞ!」

 思い切って叫んだ。その瞬間、全ての電気がパッとついた。


 テレビもパソコンのディスプレイも何も変わったところはなかった。


 A氏は恐怖のため作業を継続する気になれず、すぐにパソコンを落とした。そして、居間のソファーでテレビと電気をつけたまま眠った。



 翌朝、A氏はB氏にメッセージを送った。

『ちょっと、話したいことがあるので今日も飲まないか?』

 すると、B氏からすぐに返信があった。

『俺も話したいことがあるんだ。じゃあ、昨日の店で夜六時に』



 その晩、A氏が居酒屋に到着したら、B氏は先に到着していた。

「おーい」と言いながら手を挙げるB氏に返事をしつつ、「そんなに話したいことがあるのか?」と思った。


「昨晩、何かあったか?」

 A氏は先に話す権利をゆずることにした。

「お前、昨日、占いの話しをしただろう。そのせいで、昨晩、大変だったんだぞ」

 B氏は濃いめのハイボールを一気に飲み干して続けた。


「パソコンのディスプレイがアンラッキーなアイテムって話だったよな。俺、すっかり忘れて自分のパソコンを使ったんだよ」

「で?」

「色々、調べものしてたら、怪しいサイトに入ってしまったんだ」

「エロ系じゃないのか?」

「まあ、否定はしないが」

「それで?」

「そうしたら、画面がいきなり真っ赤になって……」

 A氏は昨晩の事を思い出して、生唾を飲み込んだ。


「真っ赤な画面に黒い文字でこう表示されたんだ。『今からこのパソコンのデータを全て暗号化します』って。その直後、ファイルがどんどん暗号化されちまったんだ」

 B氏は次に注文した熱燗あつかんの日本酒をくっと飲み干した。


「どんな操作をしても止めれなくてさ。全ファイルが暗号化されたあと、こう表示されたんだよ。『30万円払えば解除キーを教える』って」

「昔の写真から何から全部、開けなくなっちまった。おまえどう思う、払った方がいいのかな? 頭にくるけど」

 A氏はどう返事いていいか考えがすぐにまとまらずに、ぬるくなったビールを口に運んだ。


「ランサムウェアってやつだな。データを人質にとるコンピュータウイルスさ。企業も結構やられてる。金を払っても全部のデータが戻らない場合もあるらしいよ」

 今のB氏に言うのは酷だったかな、と思いつつA氏は昨晩の自分の出来事を思い出した。


(今朝は、俺の普通にパソコンが使えてたな。今日もあんなことが起こるのは勘弁かんべんしてほしいけど、良く考えたら実害はないよな……)


「で、おまえも話したいことあったんだろ?」

 話し終えて少しスッキリしたB氏が問いかけた。


「おお。昨晩、いつものようにブログを更新してたらさあ……」

 

 もしかしたら、俺の方がマシかも。


 そう思いつつA氏は自分の話しを始めた。


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