第57話
「えっと、大丈夫。」
なんだろう、さっきまで楽しそうに話を聞いているなと思ったら、いつの間にか彼女は泣きだしている。
一体何が、祖母の思い出話だろうか、そんな事を考えながらも、彼女に尋ねる。
何処までも自分がってな考えなのかもしれないけれど、僕も、両親もここにいる間はただぼんやりと、ゆっくりと。ここはそんな場所なんだから。
勿論、母が子供のころここで暮らしていたと、それは知っているからそうじゃないことも有ったんだろう。それくらいは僕にもわかるけど、それと今ここで、それが起きるというのはやっぱり違うのだから。
「うん、大丈夫。」
そうは言っても、やっぱり涙は止まらず、表情も悲し気で。
そんな顔は、初めて見る。彼女に天体観測をここで続けられるか分からない、そんな話をした時だって、ここまでの表情を浮かべなかったのだから。
「話を聞いてて、羨ましくって。だから、悲しくって。」
彼女の活動は、その片鱗くらいは聞いている。
そして、それは祖母の物とは全く違う。
一人で、書き込んだノートだけが手元に残っている彼女。楽しい思い出、そう呼べるものを手に持っている祖母。
同じ活動、どころではなく、同じ学校の、同じ部活。それなのに。
「羨むことなんてないって、分かってるのに。私が好きだからって、だから続けてるのに。」
それでも、やっぱり悲しいと、彼女は涙を流す。
「そっか。」
さて、これにはなんて声をかけたらいいのだろうか。難しい。
「昔の記録を見てたら、皆でやってたんだろうなって、そういうのは分かってたし、楽しそうだな、くらいには思ってたけど。やっぱり、はっきりと聞いてしまうと。」
そう言っている間に、彼女の涙も止まってきた。
どうにか気持ちは切り替えられたのだろう。
このまま何もしなくても、それこそ祖父母が声をかけて、彼女に何かするかもしれない。
でも、それは良くない気がするから、僕はどうにか口を開く。特に考えもないけれど。
「皆でやらないと、いけないかな。」
そう聞いてみれば、彼女は首を横に振る。僕はそのまま何となく話を続ける。
「じゃ、良いんじゃないかな。ここに来れば。」
祖父母は許してくれればいいけれど。
「ばーさんもいるし。僕もいるし。いや、僕は話についていけないけど。でも、好きだよ。星を見るのは。星座くらいならついていけるよ。君が見せてくれたから、惑星を見るのが面白いなとか、星雲を見るのが楽しいとか、それくらいの事は思うようになったからさ。」
祖父は僕と同じで、祖母に勧められたのだろうけれど、そこまででもなかったのだろう。
だからまぁ、そこで嘘をつくのも流石に違うだろうと、言わない事にしておく。ついでに恒星には興味ないよとか、そんな事も。
「記録を取ったりとか、そこまでは、うん、ごめん。きっとやらないけど。毎日写真を撮って並べて、違いを見たりとか、アルバムを作ったり。それくらいは僕も一緒にするよ。
子供っぽいとか、それが嫌だって言うなら、困るけど。」
うん。その日見た惑星、その写真を撮って、アルバムに張って。
そこにちょっと、その時に思った事を書く。それくらいなら、難しくない。そして多分、楽しいだろうなと、そんな事を思う。
「うん。そうだね。それをやるなら恒星を覗くのもいいかも。一等星とか、全部集めるとか目標作りやすそうだし。」
話しているうちに彼女を慰める、そんな事よりも自分が楽しくなってきた。
そういった目標というか、目に見えてはっきりと分る、そんな目標が作れたならあの対して違いのない。彼女は小さいというけれど、一抱えもある大きな望遠鏡で覗いても大して違いが分からないあの星も、見るのを楽しめるかもしれない。
「なにそれ。」
そうして話していると、彼女も楽しそうに、笑いだす。
「楽しそうじゃない。」
「うん、きっと楽しいよ。でもね。ここからじゃ一等星全部は無理なんだ。」
先ほどまで泣いていた彼女が元気になり、今は僕が落ち込んだ。
「その、えっと、ごめんね。でも、流石にね。」
何やら慌てたように彼女は言うけれど、面白そうだそんな事を思った矢先にこれだもの。
ちょっと気分が上向くのに時間がかかりそうだ。
ああ、そういえば地平線とか、水平線とか、そんなののギリギリの位置とか、彼女がそんなことを言っていたなと思い出す。
「あ、ほら。星座。星座とかどうかな。ね。君が神話を覚えてる星座とか、それを記録して。」
どうやら彼女がそう慌てるくらいには、今の僕は分かり易くしょんぼりしているらしい。
自覚ははっきりとあるけれど、少なくともこれまでよく一緒にいる同年代の子たちには、悟られたことは無いのだけど。
「うん、それも、悪くないかも。」
「何も、今出なくてもいい。それこそもう少し自由が利くようになってから、見えるところに行けばいい。」
祖父が、僕に声をかける。彼女の時は何も言わなかったけど。
「何もここで作らなくてはいけない、そういう事もないだろう。」
「でもさ。」
僕はここの星、それでアルバムだって作ってみたい。もし作るのなら。
「なら、いくつか作ればいい。」
「そっか。そうだね。」
僕はようやく気分が上向いた。そう、何も一つでおしまい、そうしなくてもいいのだ。
それこそ彼女の手伝いが無くたって、自分でやることもできる。
一等星を集める。それならそれを目的として、そのためにやればいいのだから。
そうして納得する僕と、それを見て頷く祖父。そんな姿を見て彼女は不思議そうな顔をしている。
「ごめんなさいね。二人とも言葉が足りないから。」
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