第29話

「ただいま。」


未だ明かりのついた玄関に入って、そう声をかければすぐに返事がある。


「お帰りなさい。冷えたでしょう。体を温めてから、寝なさいね。」

「うん。」


それ以外、祖母は何も言わない。

だから、僕から話す。


「あの子、手紙を書くって。聞きたいこととかあるからって。」

「そう。ちゃんと話せたのね。」

「うん。言われたことだから。」

「そうじゃなくてね。嫌なら、良かったのよ。」

「えっとね、嫌でも、ちゃんとしたいことは、僕にもあるから。」

「そう、ありがとう。」


そう言い返してみたが、祖母には軽く笑われて終わってしまう。


「あ、容器は、あの子が洗ってから、明日返すって。」

「食べきれなかったの。」

「僕には多いよ。」

「そう。夕ご飯の分もと、そう思ったのだけど。」

「うん、わかったから、ありがとう。」

「はい、どういたしまして。早く休んでしまいなさい。」


そう言われて、僕は浴室に追い立てられる。

そこでは当たり前のように、お湯が用意されているが、祖父母にしてももうとっくに入ってしまった後だろうに。

そういった事に、改めて感謝を覚えながら、少し汗ばんだ体を洗って、お湯につかり、あれこれと今日の事を思い返す。

不思議と昨日の夜みたいに、嫌だな、でもやらなきゃ、そういった思考ではなく、ただ、あの子は、年上だから少し呼び方を考えなければとも思うけど、どうするんだろうと、そんなことをただぼんやりと考える。

遠慮はするだろうけれど、きっとここに居たい、少なくとも他を見つけるまでは、彼女もそう考えているだろう。

それが無くなってしまうのは、可哀そうだな、それくらいは思うようになった。

祖父母は、実際のところどう思っているのか分からないが、それこそ自分が聞く事でもないかと、それについては考えるのを止める。

ただ、不思議と、彼女は明日も、夜、ギターを担いで、山道を行けば、そこにいるんだろう。

そんなことははっきりと想像できる。

そこで、勉強が先になるのか、天体観測が先になるのか、その順序は分からないけど。


「そういえば、春の大三角形、ダイアモンド、大曲線、だったかな。」


春の星座、それに関連するもので、有名な物を口にする。

何時まで見えるのか、そこまでは調べていないけど、確かそんなものがあったなと。

そして、大三角形というくらいだから、それが一等星かなと、そんなことをぼんやりと考える。

祖母が縁側で、暑いくらいのお茶を片手に指で追いかけながら、教えてくれたものを思い出す。

僕自身、その時間が好きだっただけで、星それぞれにはあまり興味がなかったし、祖父もそうなのだろう。

本を片手に、将棋盤と仲良くしていた。

祖父母に進められたものはたくさんあるし、興味を持てなかったものも多い。

それでも二人は気にしなかったが、彼女は気にしていた。

それもあるのだろうか。こうしてぼんやりと明日の事を考えていると、なんだかそれも楽しみに思えて来る。

結局名前も知らない、学校も知らない、でも趣味や興味は知っている。

そんな不思議な相手。

何となく、僕自身意地で名前を知ろうとしていないところもあるけれど、なんだか楽しくなってきてしまったから。

ギターの練習、それはするとして、でも勉強と天体観測、どちらもやるとすれば、時間は足りないだろうなと、そんなことも考える。


「ギター、弾かないって言うのも、嫌だし。」


呟いた言葉が、浴槽の中、お湯に泡を作る。

鼻だけ出る、そんなところまでつかり切って、こぽこぽと言葉を続ける。


「こっちに来てくれれば、勉強は、夕方出来るのかな。」


そんな少し自分に都合のいいことを考える。

それも本音ではある、そこに気が付けば、自分の望みも分かる。


「そっか、僕、来てほしいんだ。」


誘ったという事は、そう思っていたのだろうけど。

そんなことに今更気が付く。

何でと、そう聞かれたらやっぱりよくわからないけど、会いに行くのを楽しみに思っているし、そうして話を聞くことも、何処か楽しんでいる。

だから、もう少し一緒に、そんなことを考えているのだろうか。

自問自答をしたところで、その先の答えは自分の事なのに、自分の中にはない。

それも、あってから考えればいい事だしと、結構長湯になってしまった事を反省してお風呂を出る。

とにかく、また明日。

彼女も間違いなくスマートフォンの類は持っている、天体望遠鏡に引っ付けてるのを見たわけだし、それにもかかわらず、夜、短い時間だけあって、そこで話をする。

彼女にしても、僕に祖父母の家、その電話番号を聞くか、僕が彼女に電話をかければ、直接話が出来るというのに、それを言い出さない。

ここに来る迄、この場所を調べるために、お互い使ったというのに、ここに来てからは、まるでない物のように。

そんな不思議が楽しいな。そんなことを考えながら。

今更気が付いたのは僕だけど、彼女の方は思いついたんだろうかとか、そんなことを考える。

そうして、気が付いてみれば、あれこれと、自分にしては珍しく、ここにいない人の事ばかり考えているなと、そんなことに気が付いて。

ああ、やっぱりどこか楽しみにしてるんだなと、そう納得して眠りにつく。

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