第18話

一人先に食べ終えたら、また僕はギターを抱えるために靴を履いて、切り株の上に移動する。

彼女は、未だにのんびりと食べてはいるが、まぁ、物を口に入れている時に、一方的に話しかけられ続けるというのも、待たれるというのも、僕なら嫌だからと、そうしているだけなのだけれど。

そして、引っ張り出したギターを抱えて座れば、確認のためにと、また運指から始める。

今日は、どうだろう、昨日よりも少し遅い時間になるだろうか、そんなことを考えながら、指を動かす。

外はまだ寒く、食事のためにあまり動かさなかった指は、すっかり冷えて動きが悪くなっている。

仕方ないなと、交互にポケットに入れた懐炉を握りながらも、そうして練習を続ける。


「ギターって、もっと、こう、一度に色んな音鳴らすものだと思ってた。」

「それぞれじゃないかな。僕はそういったコードとか覚える気はないけど、それから練習する人もいるだろうし。」

「そうなんだ。」

「まぁ、一人で、空いた時間に好きな曲を何となく弾ければいいから、そんなに真面目にやる気はないかな。」

「連休に、わざわざ持ってきて練習してるのに。」

「うん、だってまじめにやるなら、そもそもその移動の時間を惜しむでしょ。

 僕のこれは、そっちと違って、場所はあまり選ばないから。」


彼女は残りの一つに手を伸ばしながら、こちらに話しかけて来る。

僕としても、話しかけられれば、応えようか、それくらいには思うわけで、何となく会話を続ける。

ここで、暫くは、お互いに元来た場所へ戻る迄は、顔を合わせるわけだし。

そこでわざわざ険悪にしようとか、そこまで悪趣味でもない。


「まぁ、そうだよね。あるとしたら、音くらいかもだけど、ずいぶん小さいし。」

「対策はしてるから。家では、こっちじゃなくて、もっと音が鳴らないの使ってるから。」

「へー。色々あるんだね。」

「うん。」

「それ、自分で調べて、買ったの。」

「どうだろう、お店の場所は調べたけど、後はそこで店員さんに任せたかな。」


そう、なんだかんだと家にあるもので満足していたこともあって、お金を使う事などほとんどなかったから、それこそここに来る以外で、自分のお小遣いを使った事もない、そうして溜まったお金を何に使おうか、そう考えたときに思い付きで、楽器を扱っているお店に行き、初心者向けの安い物を一式そろえて貰った、それだけなのだ。


「そういうものなんだ。」

「うーん。どうだろう。周りに弾いてる人も、居るかもしれないけど、知らないし。」


同世代の子であれば、好きなバンドに憧れて、そんな理由で触れている相手もいそうだな、そんなことは思うけど、そもそもそういった話をするような相手はいない。

学校に通っている間は、聞いたことの無い曲を、適当にタイトルと、歌っている人やグループ、そんなモノだけ覚えておいて、話を振られたら、テレビ欄で確認した情報を伝えればいいのだ。

ナントカという番組に出てるのを少し見たけどと、そんな枕を置いて。

後はそこで聞いた話を、今度振られた時にすればいい。それで十分。


「私の学校だと、そういった部活があって、結構賑やかにしてるよ。」

「そうなんだ、僕部活とか興味ないから、知らないや。」

「あ、そっちは強制じゃないんだね。」

「多分。どこにも入ってないけど、それで今のところ何か言われてないし。

 まだ入学して、一月も立ってないから、もしかしたら、これから何か言われるかもしれないけど。」


でも、どうだろう。

正直服装が私服、それ以外に確認もしなかったけど、そんな事が有るんだろうか。

仮にそうだとすれば、適当に席だけおいて、後は顔を出さない、そうなるだろうなと、そんなことを考える。

こないだ卒業したばかりの学校でそうであったように。


「あ、そうなんだ。じゃ、私の方が年上だね。」

「そうだね、部活の一環で去年からって言うなら。」


そうして話しているうちに、指も動くようになってきたから、また適当に気に入っている曲から一つを選び、それを弾きはじめる。

練習用と、そういう事もあって、原曲よりはペースを落として、それでも音がきちんと繋がるように。


「あ、また違う曲だ。」

「うん。よく覚えてるね。」

「その、暫く繰り返してるから、何となく。」

「ああ、そっか。」


こうして、少なくとも10回近くは繰り返すのだ、そうなれば嫌でも耳に残るのだろう。


「どうしよっか、嫌いな曲なら変えるけど。」

「知ら無い曲かな。特に、好きも嫌いも。」

「ならいいけど。」


そうして、初めて弾く曲だからと、少し自分の事に集中する。

曲自体は覚えているが、なかなか譜面も起こさずに、記憶にだけ頼ってというのは、難しい。

これで、和音部分までとなったらお手上げだけど、そんなことを考えながら、メロディーだけを奏でる。


「えっと。」


遠慮がちにかけられた声に、少し集中が途切れる。


「うん、どうかしたの。」

「その、何の曲だとか、そういった事は。」

「ああ。」


彼女は知らないといったから、それを説明があると考えていたのだろう。

だが、その期待には答えられない。


「僕も知らないんだよね。家にあるCDで適当に流した奴だから。」


そう、父の集めている者から適当に選んで、適当に流しているのだ。

正直僕自身、誰が歌った、何の曲なのかもわからない。

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