第16話

そうして、少しの話を終えて、昨日とはまた違う曲を弾き始める。

楽譜なんかは流石に面倒だから持ってきていない。

僕が生まれる前に流行っていた曲を、聞き流しているうちに気に入った曲を、子供のころからの習い性か、メロディーラインくらいなら、思い出しつつ指を動かせば、同じ音階を奏でられる程度の親しみはある。


「昨日とは、違う曲だね。」


どうやら昨日の曲を覚えられていたようで、そんなことを言われる。


「うん、気分次第で。」

「良い曲だね。」

「古い曲だけど、有名らしいよ。」

「そうなんだ。」

「原曲はもっと賑やかで、夜中はちょっと苦情が来るかもだけど。」


そうして僕は苦笑いで返す。

元の曲は、ジャンルとしてももっと賑やかな曲で、流石にこんな山の中、静かな夜に引きたいと僕は思えない。


「そう、なんだ。」

「うん、メロディーラインだけ拾ってるから。」

「私、あんまり詳しくなくて。」

「大丈夫、僕もそこまで詳しくないから。ほとんど独学だし、これは初めて一年くらいだから。」

「そうなんだ、それで、それだけ弾けるんだ。」

「ペースも落としてるから。」


そうして、数回繰り返して弾いた後に、ふと祖母から持たされたものが気になる。

晩御飯がいつもよりよそわれる量が少ないなと、そんな事を思ったけれど、ここまで見越しての事だったのだろうか。だとすれば、相変わらず祖父もそうだけれど、祖母も本当に僕をよく見ていると、そう思ってしまう。

両親は、まぁ短い時間とはいえ毎日の事だからと納得できるけれど、祖父母については、本当に偶のことなのに。

流石にギターを抱えると両手がふさがるしと、一度ケースに戻して蓋をする。植物も多いし、湿気は良くないと、それくらいの事は聞いているから。


「あ、もう帰るの。」

「えっと、祖母から持たされたもの、食べようかなって。そっちは、どうする。」


彼女は彼女で、先ほどから天体望遠鏡をのぞいては、何かをノートに書き留める、そんな作業を繰り返していた。

もしかしたら、もうしばらくそれを続けたいのかなと思い、そう尋ねてみる。


「えっと、本当にいいのかな。」

「良いんじゃない。その、夜遅くに食べるのが嫌だったりとか。」

「普段なら、そう思うけど、今はね。」


そういって、彼女が苦笑いする。

何が普段と違うのだろうと、そう考えてみれば、そもそも運動量が違うのだろう。

重たい荷物を持って、山に登るのだ。

ダイエットというにも、やりすぎだろう。それに、そこまで必要そうにも見えないし。


「まぁ、かなりの運動だろうからね。」

「それもそうだけど、食べ物も最初に持ってきてる分だけで、買おうにも遠くて。」

「えっと、そうなんだ。泊ってるところ、料理でないの。」

「使わなくなった家が、貸し出されるだけだから。料理してもいいらしいけど、買い物も車でもないと難しいんじゃないかな。そのために電車に乗って、少し離れた場所まで行くのは、その、本末転倒だし。」

「そうなんだ。本末転倒って。」

「夜遅く、明け方までここでこうしてるから、日中は寝ちゃって。

 戻ってから、また昼に起きるのが大変なんだけどね。」


彼女の言葉にそれもそうだと頷く。昼夜逆転、それが必ずと言って言い程起こるような趣味なのだから。


「大変だね。」

「でも、好きだから。」

「そっか、それはいい事だ。」


僕はそういって、彼女にシートに乗っても大丈夫か、確認する。

快く返事をもらったので、靴を脱いで、少し丈夫な、山道を歩くための靴なので、脱いだりはいたりが面倒だけれど、気に入っているそれをシートの隣に揃えてから座る。

一人で使うにはかなり広いけれど、レジャーシートなんてそんなものか、そう思って座り込む。

思えば祖母はこういった事が有れば、僕にシートを持たせそうだと、そんなことを考えるが、恐らく相手がいてどういった事をしているか、それを伝えたこともあり、どういった物を持ち込んでいるのか予想がついていたのかもしれない。

母が子供のころ、ここで遊んでいたと言うのならそれこそそれに必要な道具は揃っているだろうし。

今持ち歩いているランタンのように。


「これ、結構重いけど、中身は何なのかな。」

「さぁ、聞いてないから分からないや。開ければ、分かるし。」


そうして、彼女が遠慮するようなそぶりを見せているので、僕が改めて容器を手に取る。


「えっと、もし私がいなかったら。」

「一人で食べれる分だけ食べて、持って帰るだけじゃないかな。」

「そう、なるのかな。」

「だって、それ以外にやりようもないし。まさか、そのあたりに捨てるわけにもいかないでしょ。」

「えっと、頑張って全部食べるとか。」

「僕が一人で無理に全部食べても、誰も喜ばないと思うよ。」

「残したら。」

「明日食べればいいんじゃない。」


そうして中を開けると、葉っぱに包まれた、何かがいくつか入っている。

流石に、包まれてしまっているから中身が分からない。

夜気にあてられ、既に冷えていることもあるから、あまり匂いもない。


「なんだろ、これ。」

「この時期だと、柏餅とか。」

「ああ、でもこんな葉っぱだったかな、ま、いいや。」


頂きますと、そう手を合わせてさっそく一つに手を伸ばして、外を包む葉っぱをめくってみると、そこには色のついた米が見えた。

彼女も天体観測を止めているしと、改めて少し明りを強くしたランタンに照らされて、ぱっと見おにぎりに見えるそれは、なんだかとても美味しそうに見えた。

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