第14話
「事典は見るのに、星に興味ないんだ。」
「こうして見てるだけで、十分。」
彼女の質問に、僕はそう応えて改めて空を見上げる。
山の中、その頂上。
ぽっかりと空いたそこからは、本当に星空と月がよく見える。
何なら、手元までぼんやりと見える、それくらいには明るい空が、月明かりが影を作っていると、そう分かるくらいの明るさがそこにはある。
僕はそれで十分。
元の場所に戻れば、こんな景色は見ることができない。確か、街の明かり、それで隠れてしまうのだったか。
「そう、なんだ。」
「うん。」
それでひとまず終わりと、またギターの練習を始める。
練習といったところで、いや祖父がすこし興味を示してくれたから、祖父に披露することはあるかもしれないけど、誰に聞かせる予定もない。
ただの手慰み、そう言えるものだけれど、自分の気分で自分の好きな曲を弾いていられるというのは、思ったよりも楽しいものだ。
いつものように、音階を順に、自分の中で決まった速度で弾いていく。
「その。」
そうして、少しの間没頭していると、声がかけられる。
「どうかした。」
僕は変わらず指を動かしながら、彼女の方を見る。
「よかったら、覗いてみる。もしかしたら、楽しいかもしれないし。
ひょっとしたら、興味を持つかもしれないよ。」
「それって、事典に載ってるよりも、はっきり見えるの。」
「それは、流石に。小さいものだし、そんなにいい物じゃないから。」
「じゃ、いいかな。」
興味の入り口としては、たぶんそう言った、本当に遠くにある星、それがとられた写真を見て自分でも見てみたいと、そんな順番だろうな、僕はそんな風に思えて断る。
少なくとも、それを見て、祖父に指で追いかけながら星座を聞いて、それ以上の興味は持てなかったのだ。
だから僕のそれに対する興味は、そこでおしまい。
それ以上の何か、気分が変わる何かは今の所見つけられていない。
それに、此処には練習に来ている、それもあるのだ。
わざわざ練習の手を止めて、他の事を。そんな気分にもなれない。
ただ、断った時に悲しそうな顔をされるのは、少々申し訳なく思うけれど。
「あの、さ。こっちの事は気にしなくても、えっと音が気に障るなら、言ってくれたら、どうしようもないけど時間をずらしたりは出来ると思うから。」
「いえ、こっちが勝手に場所を借りてるわけだから。」
「うん、まぁそうなんだけどね。」
相手の言葉を一先ず肯定すれば、気まずそうな顔をされる。
「祖父の私有地で、僕の場所っていう訳でも無いから。
だから、気になるって言うなら、譲るよ。こんな風に山頂で、たいして高くないけど、整った場所って言うのは珍しいだろうから。
それに、僕は戻っても練習できるし。」
そう、彼女のやりたいことは場所を選ぶけど、僕に関してはそうでもないのだから。
「その、悪いから。」
「気にしなくていいよ。僕は気にしてないわけだし。」
「えっと、お祖母さんからの頂き物、一緒に食べませんか。」
「練習始めたばかりだから。」
「そうですよね。」
相手が、こちらに気を遣うそぶりに何となく申し訳なくなってくる。
どうせ、どれだけの付き合いかもわからない、そんな相手なのだ。
お互いに、過剰に気分が悪くならない、その程度でいいのにと、どうしてもそんなことを思ってしまう。
動かす指は止めず、何とか言葉を選び、口にする。
「その、たまたま同じ場所にいる、それだけなんだから。
それに、やりたいことがお互い合って、その許可もあるわけだし。
こっちに気を使わなくっても、いいと思うよ。君は君の好きなことをして、僕は僕で。
こんな場所だし、不愉快だって言われたら考えるけど、そうじゃないなら、好きなことをしようよ。」
だって、それをするためにわざわざ来てるんでしょう。
そう聞けば、相手はそれに頷くでもない、ただ戸惑ったような顔を浮かべるばかり。
言葉が足りなかったか、きつかったのか。
相手の反応にそんなことを考えてしまい、言葉をたす。
「それにさ、お互い名前も知らないような間柄で、それこそ気に入らなかったり、嫌だったら、お互い場所を変えれば済むんだから、もっと気楽にしてもいいと思うけど。」
「そうかもしれないけど。」
そうして彼女は、やはり戸惑ったような表情を浮かべるだけ。
僕としても言いたいことは言い切ってしまった。
向こうにいる間のように、もう少し取り繕って振舞ってもよかったかなと、そんなことを今更ながらに考えてしまうけれど、今更という事もあるし、それ以上にこっちに来ている間に、そんなことをしようと、そうも思えない。
前は何もわからずただ疲れて、ここまで来たけれど、少しづつ大きくなって、自分の事を言葉にする、その語彙や能力が増えてくれば、嫌でも分かる。
僕はそう言ったあれこれに疲れたから、此処にきたのだ。
子供心に、回りには何もなく、気を使うべき相手もいない。
辺りにあるのは、ただ自然。他の住人も視界に入らない、生活の気配を感じない。
背の低い山に囲まれてひっそりと。
其処だけ、外の世界と切り離されたような、そんな世界。
それでも、そこには自分に好意を持っている相手がいる。
ここは、僕にとってそう言う場所なのだ。特別な、ちゃんと休める場所。
自分の部屋にいても、そこにはどうしても気を使う必要がある、そんなものを連想させるものに囲まれている。
持ち歩いてるスマートフォンは諦めるしかないけれど、見るたびにそこには新しいメッセージの着信を知らせる通知が入っている。普段なら、何処か疲れを感じながら返すそれも、今はゆとりを持って対応できる。
そんな気分をくれる場所なのだ、僕にとって、此処は。
だから、相手にもそうであってほしいなと、そんなことを考えてしまうし、そうでないことを求められると、困ってしまう。
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