第13話
すっかり日も沈んだ頃、そろそろ行こうかと着替えを終えて、ギターを担いだ時ぎ、玄関で靴を履こうとしている時に祖父と祖母が見送りに来る。
そして、それぞれに手に持っているものを渡してくる。
「これは。」
「二人でお上がりなさい。」
「分かった。えっと、じーさん。これって。」
「以前見ただろう。天文図鑑だ。お前が必要ないと思って、その子が欲しいと言ったらあげるといい。」
「いいの。」
「置いているだけというのも勿体ないからな。」
「でも、ばーさんが。」
「良いんですよ。古い物ですし、もう久しく開いていませんでしたから。」
そういって笑う祖母は、何処か有無を言わせず持って行けと、そんな迫力を見せている。
昔興味があって買っただろうに、それをどうして簡単に、むしろ強引にでも手放そうとするのか。
僕はよくわからないけれど、とりあえず従う事として、それらを受け取る。
ギターも含めると、今日はなかなかの大荷物になった。
「それじゃ、行ってきます。」
「ああ。」
「体が冷える前に、戻ってらっしゃいね。その子にも風邪をひかないようにと。」
「分かった、伝えとく。じゃ、行ってくるね。」
そういって、僕は玄関を出て、山への道を歩く。
さて、そうは言った物の、彼女は今日も来ているのだろうか。
昨日私有地だと伝えたから、結果を伝えるとは言った物の遠慮してこないかもしれない。
もしくは二度手間を嫌って、別の場所を探しに行ったかもしれない。
それも、山を昇ればわかると、ずれて肩から落ちそうになった、ギターケースをどうにか体を揺らして担ぎなおす。
生憎両手は既に荷物でふさがっていて、どうすることもできない。
連絡先の確認という事もあって、筆記用具迄持ってきているから、なおの事荷物が多い。
彼女がいるから増えた荷物、少しの手間。
そう言った事を考えれば、どうなのだろう、居てほしくないと、そもそも気兼ねなく練習が出来ればと、そんなことも考えていたわけだし、何処か邪魔だなと、そんなことを考えてもおかしくないのだろうけれど、僕は不思議と彼女を歓迎していた。
何故と聞かれればよくわからないが、それでもどこかこうして荷物を抱えて歩くことを楽しんでいる自分がいるし、今日会えることを望んでいる自分もいる。
何より、昨夜にしても祖父が難色を示せば、説得しようかと、そんなことを考えたりもしたのだから。
秘密の場所、そんなものを共有できる初めての相手、そんな嬉しさがあるのだろうか。
そう考えて、のんびりと山を登っていけば、そこには昨日と同じように天体望遠鏡、広げたシート、変わらず制服姿の相手が待っている。
少し開けた山頂で、いくつかの切り株が残された、そんな空間に。
周囲はそこまで背の高くない木々が生えており、辺りを見回しても、他に人など見当たらない。
人の手が入った形跡は、それこそ彼女が持ち込んだものと、残された切り株だけ。
そんな特別な、そう特別な空間に、彼女がこちらのランタンの明りに気が付いていたのか、何処か不安げな面持ちで佇んでいる。
そんな風に表情が分かる距離まで近づいて、ようやく僕は声をかける。
「こんばんは。」
「あ、こんばんは。その、荷物一杯だね。」
「うん、まぁ、色々持たされて。こっち、祖母が一緒に食べなさいって。」
中身がなにかは聞いてもいないし見てもいないが、とりあえずと全部まとめて丸太の上に置いてしまう。
「えっと、それって。」
何処か戸惑うように聞き返されて、伝える順番を間違えたなと、今更に気が付く。
「うん、祖父に聞いたら、別にいいってさ。」
「本当。良かった。他に近い場所だと、此処みたいに開けてる場所がないから。」
「なんか、昔母がキャンプだかピクニックをしたいって言ったみたいで、開いたんだって。」
「そうなんだ。」
「そうらしいよ。僕も昨日知ったばかりだけど。」
一先ず荷物を置いて身軽になり、改めて、祖父母から渡された物を渡そうかと、そんなことを考える前に、筆記用具が目に入り、思い出す。
「あ、でも。」
「えと、やっぱり何か。」
「いや、祖父から、連絡先と名前だけは聞いとくようにって。
何かあった時に、保護者に連絡しなきゃいけないからって。」
「あ、そうだよね。それくらいはいるよね。ちょっと待ってね。」
「うーん、いいや、これに書いといて。」
聞いてメモを取るのも面倒だし、相手にそのまま渡す。
僕以外の字だとはっきりわかったほうが祖父も良いだろう、そんなことを考えて。
すると相手は、スマートフォンを取り出し、何かを書きつけてから、こちらに返してくる。
それを受け取って、しまいこむと、祖父から渡されたほんと、祖母から渡された物を今度は渡す。
「えっと、これは。」
「祖父から、天文事典と、祖母から多分食べ物。さっきも言ったけど、一緒に食べなさいって。」
「その、悪いなって。」
「事典は、必要ないなら持って帰るよ。」
「安い物じゃないし、貰えるならそれは嬉しいけど、うんまずは見せてもらうだけで。」
「そう。僕も昔見たけど面白かったよ。」
そう告げて、荷物を渡せば、僕は僕でギターを取り出して、早速とばかりに調律を始める。
そんな様子にどこか不思議そうな顔をして、彼女は僕を見る。
「えっと、事典見て、面白かったんだ。」
「うん。」
なんでそんなことを聞くのかな、と、思わず首をかしげながら応えてしまった。
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