第2話

駅で買った水はすっかり飲んでしまい、お腹もいい加減に空いてきた。

携帯で時間を確認すれば、後1時間もすれば夕方、そんな時間にようやく見覚えのある、車から見たり、少し歩いたりした、そんな光景が目の前に広がってくる。

自分でも、こんなあやふやな地図でよく迷うことなくたどり着けた、そんなことを考えて意味もなく腕を組んで頷いたりしてみる。

離れたところには小高い丘なのか、山なのかそういった物が並び、そちらに向けて畑と木々が広がっている。

よく遊ぶ湧き水の作る水溜まりもあり、目的としていた大きな平屋も目に入る。

日はそろそろ傾き始める、そんな時間だからか、空腹を覚えた体には、美味しそうな匂いが良く届いた。

なんと声をかければいいのか、いきなり来て迷惑じゃないだろうか、僕はここに至って、そんなことをようやく考える。


それでも、とりあえず目的地にはたどり着こう。もし誰もいなかったり、迷惑そうだったら、また戻ればいい、そんなことを考えて近寄っていく。

辺りには目に入るところに他の家もない。

そんな中、踏み固められた土の上をのんびりと歩いていくと、家からたまたま出てきたのだろう、だれかと、まだ遠くて人影としか見えないだれかと目があった、そんな気がした。

それでも、急ごうとは思えず、のんびりと、それまでの調子で歩いて近づいていく。

人影もこちらに近づいてきたりはせずに、こちらが近づくのを待っている。

はっきりと、相手がだれか分かる距離に近づけば、相手は祖母だったようで、手に木でできたざるを持って、玄関から少し離れた場所で、立ったままこちらが近づくのを待っている。

結局近づいて、向こうが僕が誰なのか分かるまで、そんな距離まで近づいても、最初に何を言うのか決められず、先に祖母に声をかけられる。


「まぁまぁ。一人で来たのかい。」


そう、穏やかにかけられた声に、迷惑ではないんだなと、そうなんだかやけに安心して、それに頷く。


「うん。」

「そうかい。大きくなったねぇ。」


そういって近づいた祖母に頭を撫でられるままにすると、少しして、家の中に案内される。


「さ、疲れただろう。汗もかいてるみたいだし、お茶でも飲んでゆっくりしなさい。

 ごはんは食べたのかい。」

「朝食べたっきり。」

「そうかい。じゃぁ、直ぐに用意しようね。」


そう、なんで一人なのか、なんで突然来たのか、それを聞かれることもなく、そのまま縁側に招かれる。

そこでは祖父が新聞を広げて読みながら、敷かれた座布団に座り、お茶を飲んでいた。


「おじいさん。孫が来ましたよ。それも一人で。大きくなったもんですね。」

「そうか。まぁ、夕食までゆっくりするといい。隣に座るか。」


祖父も特に驚くそぶりもなく、一度立って、新しい座布団を持ってきて隣に置き、そこを軽くたたきながらそんなことを言う。


「じゃぁ、荷物は向こうに置いておこうかね。お茶もすぐ持ってくるから、少し待っててね。」


そうして、肩から下げた荷物を取り上げられ、招かれるままに祖父の隣に座る。

そうして一息つくと、祖母がなにを言うでもなく、新しくグラスに入ったお茶を置いて、夕食の準備だろう、それをしに行ってくれたみたいだ。


「遠かったろ。」

「うん。朝から今までかかったよ。」

「そうか。よく来たな。」

「うん、ありがとう。」


なににと、特にそう思っての事ではなかったけれど、何となくそれが口から出た。


「父さんと母さんは、知ってるのか。」

「何も言ってない。」

「ふむ。急に来たのか。何かあったのか。」


祖父が新聞を畳んでおいて、縁側に座る僕と同じ方向を見ながら、そんな事を聞いてくる。

ここに来る途中でもう忘れてしまったけれど、ただ、何となく疲れていて、急にここに来よう、そう思ったのだと伝える。

昨日学校から帰って、鞄を置いた時に、なんでか分からないけど、急にそんなことを考えたのだと、僕なりに。

祖父はただ黙ってそれを聞いていると、僕が話し終わったのを聞いて。


「そうか。」


一つ頷いて立ち上がる。

そして、少し外すと、そう断ると家の中へと入っていく。

追い返されたり、両親が迎えに来たらどうしよう、感じていた疲れは無くなっているけれど、せっかく来たとそんなことを思わないわけでもない。

それでも今は、のんびりしていよう、疲れたしとそんなことを考えて、不思議と甘く感じるお茶をのんびりと口に運ぶ。

そとは既に茜色に色づき始め、縁側から見える庭も、遠くに見える小高い丘や山、そこに生えている木、それをただぼんやりと見ているだけで、楽しくなってくる。

そうして空の色の変化に合わせて変わる景色を、ぼんやりと眺めていると、足音が聞こえ、振り返ると祖父がそのまま先ほどと同じように、隣に座る。


「電話をしてきた。ゆっくりしていくといい。」


そう言われて、よくわからない安心感にため息が漏れた。


「うん、ありがとう。」

「よく来たな。」

「久しぶり。流石に駅から歩くと疲れるね。」

「ま、そうだろう。帰る時には車を出す。乗り過ごすと、次が来る迄長いからな。」

「そっか。帰りの事、調べてなかったや。」


そう言うと、祖父が楽し気に口元をゆがめて、僕に話しかけた。


「ま、そういう物だよ。さて、夕食までに風呂にでも入るといい。汗もかいただろう。

 涼しいといっても、昼は歩きとおすには暑いだろうからな。」

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