猫を飼いたかった……はずだった

樫雨助

第1話

「猫かわいいー」

 一人暮らしの部屋で横になりスマホを眺めながら呟く。画面からは愛くるしい毛むくじゃらの物体があざとく動き鳴いている動画が流れている。恐らくほとんどの人類が可愛いというであろう生物、猫である。

 会社での仕事を終えコンビニ弁当を食べ終えた俺はグダグダしながらスマホで動画を漁っていた。社会に出て一人暮らしを始めてから二年近く、普段からアニメの切り抜きやゲームの実況動画を見ているのだが、今日はおススメ欄に猫の動画が出てきていた。

 気が向いて視聴してみるが、今、俺は猛烈に癒されていた。

 かわいい、トニカクカワイイ、可愛いのだ。可愛いは正義ってよく聞くがそれを再認識した気分だ。いやそれはアニメのヒロインとか見てもよく思ってはいるけど、そういうのとはまた違う。癒されるのだ。

 これがアニマルセラピーか。

「猫飼いてーな」

 そうやっていくつかの猫動画を見ていくと自然に浮かんでくるのがこの考えである。

 ただ、同時に現実の問題点も見えてくる。

 まず、猫は高い。そこらの小動物よりもよほど高く、1万2万そこらでは買えなかったと思う。飼育用品もいろいろ揃えようと思うと結構かかるだろう。

 まあ、これに関してはそこまで問題ではない。もともと金のかかるような趣味はなく、たまにゲームを買ったり一人で焼き肉に行ったりするくらい。後はネットで小説や動画を漁っているだけの毎日だ。そこそこは貯金もある。それなりには懐に痛いだろうがなんとかなるだろう。

 だが、それよりも問題なのがある。

「…この部屋じゃ飼えないな」

 今住んでいるのは賃貸アパートの一部屋だ。そしてこのアパートはペットOKではない。猫を飼うためにはまずペット可のところへ引っ越しをしなければいけない。

 さすがに引っ越しを軽々しくしようとは思えない。物件を探し荷物を整理し引っ越し業者を雇わなければいけない。他にも手続きやらいろいろとやらなければいけないことがあるだろうし、出費も増えるだろう。

「あ~、引っ越すのはさすがに面倒くさい。けど……」

 猫を飼うのをやめればそんな面倒くさいことをやることはない。別に猫は必ず飼わないといけないことは全くもってない。現に今まで何も飼わずに一人暮らししてきたのだ。

 そもそも、猫は、ペットは飼わない方が楽なのだ。飼えば責任が生じ、やることはふえてしまう。

 面倒くさいことをしたくなければ今の暮らしを続ければいいのだ。

 この代わり映えしない毎日を。


 半年後。

「そうそう、俺猫飼うために引っ越したから」

「は?」

 久しぶりに実家に帰った俺はそう告げた。

 突然報告を聞いた家族は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。

「いやあんた、猫飼うためにわざわざ引っ越したの?」

「そう。猫飼うため」

 結局俺はいろいろ考えた末に猫を飼うことに決めた。この半年は引っ越しと猫を飼い始めた後に余裕を持つために貯金を増やした。仕事とは別にアルバイトをしたり自炊で節約をしたりしたものだ。

「そんなに猫飼いたかったの?」

 母がそう尋ねてくる。そりゃこんな理由で引っ越す人はそういないだろうから気になるだろう。

「猫飼いたかったのはもちろんあるけど、それよりも普段の生活に飽き飽きしてたから、変化を起こしたかったのが大きいかな」

 俺が猫を飼うことを決めた決め手はこれだった。

 社会人として独り暮らしを始めてから、同じような生活をずっと続けてきた。一年もたてばもう飽き始めていたが、何か始めるだけのモチベーションも持てず、そのまま一年ほどが経った。

 そうして分かったことは、自分で何かしなければ何も変わることはないということだ。

 代り映えのない毎日を自分の手で変えたくなったのだ。

「もう引っ越しも済んで必要なものもいろいろ揃えたから、あとは猫本体を買うだけ」

「もうそこまで準備しちゃってるのね。とりあえずお金のこととか世話とかしっかりしなさいよ」

 それからはどんな猫を飼いたいかなど聞かれ、家族との猫談議に興じたのだった。

 

「ねえ、私も買う猫見に行きたいんだけど」

 翌日の朝、俺が実家からそろそろ帰ろうとしたころ、妹がこんなことを言い出した。

「ならそのうち休みにでもウチくれば。まあ写真くらいは送ろうと元から思ってたけど」

「いや、そうじゃなくて、猫買うときに私もついていきたいんだけど」

「……この辺で買うつもりはないぞ」

 俺が現在住んでいる家から今いる実家までは車で2時間くらいはかかる。買ったばかりの猫をそのままそんな長時間移動させるつもりは俺にはない。

「今から帰るんでしょ。私もつれてってそのまま向こうで買おうよ」

「うーん、別に俺はいいけど、お前は帰るときに電車で帰ることになるぞ」

 俺はここまで車で来ている。妹は車を持っていないので必然俺の車に乗ることになるが、その場合妹が帰るときには車がない。俺がまた妹を送るわけにはいかないので公共交通手段を使ってもらうしかないのだ。

 もしこいつが帰りまで送ってとか言ったらぶんなぐる。

「えー、お兄ちゃんは私をここまで送り返してからまた帰ればいいじゃーん」

「ふざけんなよ、お前」

 本当にぶんなぐってやろうか。片道2時間を2往復しろってか。8時間はかかるぞ。ぶっ飛ばしてやろうか。

「あはは、冗談だよー。帰りはちゃんと自分で帰るから連れてってよ。明日とかなんも予定なくて暇なんだよね。」

 なるほど。今はゴールデンウィークで連休だ。俺もそれで帰省してる口だし。

 とりあえず自分で帰ってくれるならこっちに文句はない。

 そんなわけで妹と一緒に猫を買いに行くことになったのだった。


 妹を助手席に乗せ車を走らせる。

 車での長距離移動はいつも暇なものだが、同乗者がいるとやはり違う。行きはひたすらスマホから流していた音楽を聴いていただけだったが、今は会話相手がいるので退屈しない。

 とはいえ会話に集中しすぎて運転がおろそかになると危ない。会話をしつつも注意をそらしすぎないよう安全運転を心がける。

 たわいもない雑談をしながら大通りを進んでいく。道路わきに並んでいるファミレスなどが流れていく景色の中で目に入った。

 そろそろお昼時だ。

「お昼どうすっか。何か食いたいのある?」

「寿司」

「あいよー、次見かけたらそこ入るかー」

 そうやって昼食をどうするか決めて、交差点に通りがかったところだった。

 右手からトラックが突っ込んでくるのが信号を無視して見えた。

 速い。止まれるか?ぶつかる!?

 そんなことを瞬間的に思ったところで衝撃を受け、意識が飛ぶ。

 そして今まで感じたことのないようなすさまじい痛みですぐに意識が戻る。

 痛い、痛い、痛い。痛みで思考がまとまらない。

 目を開けても視界は赤で染まっている。

(ああ……死ぬのか……妹は……猫……飼いたかった……)

 朦朧として薄れていく意識の中で漠然とそんなことを考えたところで。

 俺の意識は完全に消えた。



 ふと意識が覚醒する。

 不思議と直前の記憶と自分がどうなってしまったのかが理解できる。

 それだけ死の感覚というのは衝撃だったのだろう。

俺の人生の幕は閉じた。

 一生のほとんどをただ漠然と消費し、それを変えようと自分なりに行動を始めても何もできずに事故で死んでしまった。

 もっと生きたかったし、猫を飼いたかった。そこからもっと自分の生き方を変えていって、幸せになりたかった。そう思っても、もう何もできないのだろう。

 ただ、今も俺の意識があるのはいわゆる幽霊というものになったのだろうか。もしくは死後の世界といったものがあるのか。

 それにしては何だろう?なんだか自分の体がはっきりと感じられるような……死後はもっとなんというか、ふわふわしてるようなイメージだったのだがこんなものなのだろうか?普段の体との違和感のようなものはあるが……

 それに意識が目覚めてからずっと感じていたのだが、すごく、獣臭いような……

 とりあえず目を開けてみると、視界いっぱいが毛むくじゃらだった。

 なにこれ……すごくでかいんですけど。

 他に何かないかと首を動かして周りを見回す。すると隣には大きい獣の顔があった。驚愕し離れようとするが、なんだ?体にあまり力が入らずすごく動かしにくい。立ち上がることもできない。

 なんだ?俺は死んだんじゃないのか?幽霊になったにしても死後の世界だとしてもおかしくないか?意味が分からない。

 とにかくこのままではなにもわからない。落ち着いて、状況を確認しないと。

 まずは妙に動かしにくいからだを確認する為、視線を自分の手元に向ける。

 そこにあるのも、周りにあるのと同じような毛むくじゃらだった。

 ……

 自分の手を少し動かそうとしてみる。そして視界の毛むくじゃらも動いた。

 それは以前とはまるで様相の変わってしまった、まぎれもない自分の手だった。

 …………

 その手はふわふわとした毛におおわれていた。指は短く明らかに人の手のものじゃない。

 いや、それは手というよりも前足と表現する方が正しいのだろう。

 ………………

 横を改めて確認すれば、それは俺と同じくらいの大きさの子猫がいた。

先ほど確認した前足のような俺の手に似たものがその子猫にもあるのが見られますねー。

………………………ふ~、どうやら俺が今現状どうなっているのかがほぼ確定してしまったようだな。

俺は猫を飼いたかったはずなのに無念に死んでしまい、

(なんで猫になってんじゃーーー!)

猫に転生してしまったのだった。

 なお、心の叫びと一緒にのどから出た声は当然のごとく「ニャ~」というかわいらしい鳴き声だった。



 猫に転生してから三日ほどたった。

 俺が最初に見た大きな物体は俺の母猫だった。あれから俺は母猫から乳をもらったりしながら、この体に慣らすためにも少しだけ歩き回ったりしていた。

 この年になって母親の乳を、それも人のではなく猫のものを飲まないといけないという普通ならあり得ない状況に、最初は忌避感やらなんやら複雑な気持ちがわきはしたが、空腹には勝てなかった。今ではもう慣れて普通に飲んでいる。

 この体にもだいぶ慣れてきていた。最初こそほとんど体を動かせなかったが、それは産まれたばかりだったからなのかもしれない。しばらくすればある程度は動かせるようになっていた。

 四足歩行には慣れなかったが二日もすればかなり歩けるようになったので、現在は周辺を探索している。

 俺が産まれた場所は山のようだった。といっても現在地がどれくらいの高さなのかはわからない。

 周りは木や草が茂っており、地面は斜面になっているところが多い。寝床のすぐ近くにそれなりに流れの速い川も流れているので、きっと山なのだと思う。

 今は川沿いに山を登りながら寝床に戻るところだ。

 帰り道を歩いていると、近くの茂みからバッタが飛んで行った。

 他にもカエルが跳ねている様子などを見かけながら歩いていると、これからの食生活に不安を感じてくる。

 今は母猫から母乳をもらえているがいつかは自分で確保しなければいけなくなるだろう。

 その場合、俺は何を食べればいいのか。ここは山で俺は猫。周りに人もいない。料理なんてないしすることもできない。火を起こして焼くなんてことももちろんできない。

 そして食べられそうなものといえば今みたようなバッタやカエルとかだろうか。

 ……あれを生で食べるのは嫌だなー。てか生じゃなくても嫌だ。

 そんなことを考えてるうちに寝床につきそうだ。

 結構歩いたのでお腹がすいている。早く母に母乳をもらおう。

 寝床が見えるあたりまでつき、母を探すためにあたりをみわたす。

 それはここ三日で見慣れた光景……ではなく。

 見知らぬオオカミたちが無残にも俺の親兄弟を食い散らかしているありさまだった。

 あ、あ~、ぐっちゃぐちゃじゃん。ぐろいな~。

 え~と、そうだよな。ここ自然界だもんな。捕食者くらいいるよな。

 食べ物の心配よりも食べられる危険性について心配するべきだったか~。

 そんな現実逃避のような思考をしていると、兄弟の一匹を食い終わったのだろうオオカミがこちらを向いた。

 やばい、食われる!

 とっさに反転して全力で逃げ出すが、これはまずいかもしれない。あっちはオオカミでこっちは生後三日の子猫。どう考えても速度に差があるだろう。追ってこられたら普通に捕まるに決まってる。

(頼む!追っかけてくるな!)

 そう願い走りながら背後を見やるが、オオカミが一匹こちらへ走り出してきている。願いは届かなかったようだ。

 どうすればいい?まだ距離はあるがこのまま普通に走っていても捕まる。すでに見つかって追いかけられてるから隠れる間もないし、隠れられたとしても相手はオオカミ、きっと匂いで見つかる。

 なにかないか。なんでもいいから生き残るためのなにか。

 必死に頭を回しそのなにかを求め探しながら走る。

 そして、そこそこ流れが速い川をみる。

 川……川だ!川に飛び込んで流されるのはどうだ?このまま自分で走るより速いだろう。オオカミも飛び込んできたとしてもこっちのほうが軽いから速くながされるんじゃないか?匂いも途切れて追跡も振り切れるかもしれない。

 そこまで考えるが、すぐには飛び込めない。飛び込めばオオカミからは逃げられるかもしれないが、おぼれ死んでしまうかもしれない。

 結局死ぬのは変わらずに死因が変わるだけかもしれない。

 悩んでる時間はない。早く行動しないといけない。

 そこで逃げ出す直前の光景を思い出す。親の亡骸。腹のあたりを食い破られており引きずり出されたような内臓と血の赤。

 嫌だ!嫌だ!あんな風に食い殺されるのは嫌に決まってる!

 まだ俺は死にたくない!

 このまま逃げてるだけなら確実に死ぬ。なら怖くても、死ぬ確率の方が高かったとしても、生きたいなら少しでも確率の高い方に懸けるべきだ。

 それに、そうだ。俺は社会人生活で学んだんだ!行動しなければ何も変えられないし何も手に入らない!行動するんだ!

 あ、でもそれで猫を飼おうとして行動したから死んで今こんなことになってんのかな。だったら行動しない方がいいことも……。

 って、そんなこと考えてる暇ないんだよ俺!なんかもうだいぶ近くにオオカミ来てる気がする!怖くて振り向けないけど!

 一か八か俺は川に飛び込んだ。


 パチパチという音が聞こえる。何かが燃えているような音にまどろみが覚めていく。

 目を開き、瞬きをくり返すと見えるのは、実際に燃えている炎だった。

 暖炉だろうか。前世でも今世でも見たことがないのでわからないが、温かい。

 気が付けば俺は見知らぬ場所で目覚めていた。

 なぜこんな場所にいるのだろうか。記憶をたぐって思い出していくが、最後の記憶は川辺だ。結局わからない。

 俺はオオカミに襲われて川に飛び込んだ。そしてある程度流されたあとになんとか岸に上がることができたのだ。ただ、おぼれないように必死に体を動かしていたのでかなりの体力を失っていた。岸に上がれたのもほぼ運のようなもので、きづけばうちあげられていたような感じだった。そして体力の限界で気を失ってしまった。

 自分の体を確認してみるが、あちこち痛いだけで特に違和感はない。また死んでしまって何かに転生してしまったということはなさそうだ。

 なら俺は誰かにここに運ばれた……のだろうか?

 周りを見回せば、木製の大きな机やいすなどがある。床や壁も木でできている木造建築の部屋のようだ。

 明らかに人が暮らしていそうな空間だ。俺はここの住人に拾われたということか。

 俺の体にはタオルがかかっていた。おそらく濡れていた俺の体が冷えないようにタオルで拭いたうえでくるんで暖炉の前に寝かしてくれたのだろう。

 その人には感謝しないとな。ついさっき野生の獣に襲われた身としてはあのまま川辺で気絶したままだったらと思うと怖い。起きても今の体の調子から考えてとても長時間走り回ったりはできなかったと思う。また他の捕食者に襲われたらひとたまりもなかっただろう。

 

 そこで奥にある扉が開き、人が二人入ってきた。

 一人は人形のようにかわいらしい女の子だった。金色の髪に青い瞳で、明らかに日本人の顔立ちではないと思う。年は小学低学年くらいだろう。将来は美人になりそうだ。

 もう一人は女の子の母だろう。やはり美人だ。胸も大きい。これは女の子の将来にますます期待できますね。

「×××××××××!」

 そんな不埒なことを考えているとこちらが起きていることに気付いたのか、女の子が何かしゃべりながらこちらへ近づいてくる。

 何語……だろうか?外国語なんて英語くらいしか勉強したことない。それも数年前の話だからうろ覚えだが。

 とりあえず英語ではない気がする。

「タマ!×××タマ」

「タマ?〇〇〇〇〇」

 なに言ってるのかはわからないが、なんかタマタマ二人が言い出した。

 そしてタマと言いながら俺の頭をなでてくる。

 うーん、これは俺のことをタマと呼んでるってことかな?

 俺はこの二人にタマと名付けられたと。

 ……うっすら考えてはいたが俺はこれからこの二人に飼われるということだろうか。

 あ~、すごい複雑……。

 ついさっき死にかけた身としては安全な生活を確保してもらえるのはすごくうれしい。少なくともまたひとりで野生の世界には戻りたくない。

ただ、元人間としてはペットとして飼われるのには抵抗感がある。

 人として見られず愛玩動物として見られるのもつらいが、そこを無視して考えればこれって要はヒモみたいなもんだよな?

 誰かに養ってもらって悠々自適に暮らすって、一度は誰もが考えてたことのある願いだとは思うが、実際に自分がなるとなると違うだろう。

 以前は自分で稼ぎ自立して生活していた社会人としては、やはりヒモになるのは恥ずかしいものだ。

 いや、現実にはヒモどころかペットなわけなんだが。

 そんなことを考えて落ち込んでいると、少女がミルクらしきものが注がれた皿を差し出してきた。

 ありがとうございます。ちょうどお腹すいてたんです。いただきます。

 ……うん。完全にペットだな。

 ミルクを飲みながら今とこれからの自分を思って憂鬱になるのだった。


 その後、俺は女の子の部屋らしきところへ連れていかれた。

 二人はしばらくの間席を外した後にまた戻ってきて、猫飼育用品らしきものを設置していった。

 トイレ砂っぽいのとかあったよ……うん。

 今は女の子が一人机に座って何か書いている。

 暇だったので女の子の邪魔にはならないように気を付けながら机に飛び乗って何を書いているのか覗いてみる。おそらく読めないだろうが何もやることがないのだ。絵とか書いてあれば多少はわかるだろうし。

『今日、ようやく猫を飼い始めることができた。前世では結局飼えなかったからうれしい』

 読めた。なぜか読むことができた。

 いや、読むことができたのは当然だ。日本語で書かれているのだから。

(え?なんで日本語?外人がわざわざ日本語を書くか?勉強?いやその前に内容が……前世!?)

 書かれている内容にも驚愕する。

 この女の子は元日本人で転生者だと?そんなことフィクション以外であり得るのか?これはこの子の妄想ノートだとすれば納得できる。

 ただ、それ以上に非現実的なことを俺はいままさに体感しているところだから否定しきれない。

 俺なんて死んで猫になってるんだぞ!

 突然の出来事に固まっていると、書き終えたのだろう女の子が俺を抱えて寝床に置き、部屋の電気を消していた。

 もう寝るのだろう。

 とにかくもっとあのノートの内容を読みたい。そしてあれがただの妄想なのかそうでないのかを判断したい。

 そう決意して、とりあえず今日はもう暗いし疲れていたので寝ることにした。


翌日。いま俺は自分に与えられた寝床で黄昏ている。

あのノートの内容を確認することは案外簡単にすることができた。

 女の子が外出しているタイミングでノートを探したが、机の上に置きっぱなしにされていたのですぐ確認できた。

 猫の手でノートをめくるのには苦労したが……何とか読むことには成功した。

 そして、ノートの内容が妄想でないこともすぐに確認することができた。

 できて、しまったのだ…………。

 確信に至るだけの情報がノートには書かれていた。

 まず、ここは異世界らしいがそこは別にいい。Web小説だと異世界転生なんてありふれていたから想像もしやすい。

 それだけだったらまだ妄想の可能性もあったがそれを否定する、異世界だとかどうでもよくなってしまうことが書かれていたのだ。

 あのノートは女の子が前世を思い出してから、記憶や状況の整理のために書き出したものがそのまま日記になったものだった。

 なので女の子の前世の情報が初めに書かれており、それに俺は覚えがあった。

 名前や性別に出身、学校や趣味や好きなもの。そして死因にまで、覚えがあった。

 女の子の前世は俺の妹だった。

 正直なところ、これが妹でなければ俺は女の子にコンタクトを取るのも視野に入れていたのだ。日本語さえ書ければそれも可能だったろうから。

 もちろん女の子の人となりが確認できてから判断するつもりだったが、今の俺には話し相手もいなくやることもなく暇なのだ。

飼い主とペットという関係に複雑な思いがあったとしても会話を試みてみたいという気持ちはあった。

だが、女の子が妹だったことでそれはできなくなった。

前世の妹にペットとして飼われるってなんだよ!恥ずかしすぎるだろ!そしてそれを本人に打ち明けるとかハードル高すぎるだろ!

 そして、妹の死因は俺なのだ。俺が猫を買おうとしてそれについてきたから死んだのだ。

 今ではそれなりに楽しんでいるようだし、ノートにも俺を恨んでいるといったことは書かれていなかった。

 だが、死んだ原因が実際に目の前に現れたら?恨まれるのではないか?

 それが俺は怖い。

 ……それに、せっかく猫が飼えたと喜んでいるのだ。打ち明けて変に水を差すのも悪いだろう。

 俺はこのまま猫として妹に飼われていこう。

 妹が猫を飼うことで楽しんでくれるならそれでいい。

 俺は飼い猫として精一杯生きていこう。

 ……飼い猫として精一杯生きるってなんだ?とりあえず迷惑とかはなるべくかけないように、でも猫っぽく生きていこう。

 

 その日の夜のこと。

 妹とその母親に裸で体を洗われた。

 気持ちよかった……けど罪悪感が半端ないんだけど!

 早くも飼い猫生にくじけそうな気持ちなんだけど!

 同時にこの生活が続くのもいいなって思っちゃうのもやばいんだけど!

 あぁ、神様。

おれは猫を飼いたかったはずなのに、なんで妹の飼い猫になってるんですか…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫を飼いたかった……はずだった 樫雨助 @kasiusuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ