第16話 力を合わせて、走り抜け!!(中編)

 カケルの意識が遠のいていく。

 目の前が真っ暗になりそうだ。


 地面に倒れ込みそうになったカケルを、誰かの腕が支えてくれた。

 細くて暖かくて優しい腕。

 ああ、こころが安らいでいく。

 誰?


「カケルくん!」


 カオリちゃん?

 カオリの腕の中で、カケルはハッと意識をとり戻した。

 イダはすでにはるか遠くだ。

 気がつくと、カケルの足下は崩れかけていた。

 閻魔王女の実況が続く。


「ここで人間側は選手交代のようです! しかし、将棋の天才カオリちゃんがどこまで頑張れるのか!? 交代の間も道はドンドン崩れているぞ!」


 フトシがカケルを飛行車にひっぱりあげ、カオリが走り始めた。

 フトシがカケルを寝かせながら言う。


「カケルくん、しっかり」

「オレは大丈夫、だけど、カオリちゃんが……」


 カケルは這うように飛行車から身を乗り出して、カオリの様子を確認する。

 崩れる道から逃げるように、カオリは必死に走っていた。

 だが、カオリの息ははやくも荒い。

 当然だ。何の練習もしていない――それどころか、むしろ運動は苦手であろうカオリが、時速14キロで走り続けるなんて数分ももたないだろう。

 だが、そんなカケルに、ケイミが言う。


「いいから、アンタは眠りなさい」

「だけどっ」

「カオリがだめになったら、私が走る。その後はフトシが走るわ。でも、正直、3人で1時間ももたないと思う」


 カオリとケイミは完全にインドア系。フトシも走るのは苦手だ。

 ケイミは眠っているツヨシを見る。


「その後はツヨシを起こして走ってもらう。でも、ツヨシだってどれだけもつかは分からない」


 その通りだろう。

 ツヨシも長距離選手ではないのだから。


「だから、カケルは1分1秒でも長く寝るの! それしかないでしょ!!」


 ケイミの言葉は正論で。

 だから、カケルはうなずくしかない。


「分かった」


 カオリのことは心配だ。

 ケイミのことも、フトシのことも、ツヨシのことも。

 だけど。

 だからこそ、オレは今眠らないといけない。

 目をつぶる。

 この状況で眠れるものだろうかと思ったが、疲労は予想以上だったらしい。

 飛行車に揺られながら、カケルは睡魔に身を任せたのだった。


-------------------


 夢を見ていた。

 ひたすら長い長い道を走り続ける夢。

 足下の地面が崩れ、赤い水に落ちる夢。

 溺れ苦しむカケルを横目に、仲間達が鬼達に襲われる夢。

 フトシが頭から鬼にかじられ、ケイミも喰われる夢。

 ツヨシは必死に戦うが、多勢に無勢でたたきのめされる夢。

 カケルは赤い水から這い上がり、カオリの手を取り走り出そうとするが、動けない夢。

 そして――大きく口を開いた鬼の牙が、カオリに……


「や、やめろぉぉぉぉ!」

 叫んだ瞬間、カケルは目を覚ました。


-------------------


 カケルが目を覚ますと、目の前にはカオリの顔。その表情は笑顔だが、疲れ切っているようにもみえる。


「カオリちゃん……」

「カケルくん、大丈夫? うなされていたけど」

「う、うん」


 夢だったか。

 いま、どういう状況なんだ?

 カケルは起き上がって周囲を確認。

 カケルがいるのは飛行車の上。

 カオリだけでなく、フトシとケイミもいる。


「オレ、どれくらい寝ていた? 今、どういう状況?」


 尋ねるカケルに答えたのはフトシ。


「カケルくんが寝てから、まだ2時間くらいだよ。今はツヨシくんが走っている」

「そうか」

「ゴメン、カケルくん。僕も頑張って走ったんだけど、すぐに膝が痛くなって、へばっちゃって……結局、20分も走れなかった」


 カオリやケイミにいたっては10分未満で走れなくなってしまったらしい。それはそうだろうなと思う。

 長距離走の練習もしていない3人では、空腹と喉の渇きに襲われながらあのスピードで走り続けるのは無理だ。

 むしろ、0分近く走ったというフトシは褒められるべきだ。


「ツヨシは?」


 カケルは飛行車から身を乗り出して走り続けるツヨシを確認する。

 ツヨシの表情は辛そうだ。

 閻魔王女も実況で煽る。


「ツヨシくん、そろそろ限界か? さすがの空手の天才少年も、足がふらついて倒れそう! 人間達の頑張りもここまででしょうかー」


 1時間以上走っているのだから当然か……いや……

 ツヨシが苦しそうなのはそれだけが理由じゃない。


「ツヨシのヤツ、やっぱり骨折しているんだ」


 カケルがそう言うと、ケイミが問う。


「でも、骨折したのは肩でしょ?」

「体のどこかに異常があったら、走るときには無意識にそこをかばうフォームになる。足をケガしていなくても、どこか骨折しているなら相当辛いはずだ」


 カケルは答えながら、さらに別の想像もする。

 もしかしたら、ツヨシは空手対決で足も多少痛めたのかもしれない。

 鬼の固い体を蹴り飛ばしたりもしたのだ。骨折こそしていなくても、全く無傷だったかと言われれば怪しい。


「ツヨシ!」


 カケルは叫んだ。


「無理するな、オレと変われ」


 だが、ツヨシは首を横に振る。


「うるせー、お前は寝ていろ! そんなにすぐリタイアできるか!」


 ツヨシが叫び返す。だが、カケルにはわかる。あれは強がりに過ぎない。

 いつものツヨシの走り方じゃない。手も足も、フォームが崩れている。

 倒れそうなのを根性で補っている状況だ。


(このままじゃ……)


 カケルは両手を握りしめる。

 そんなカケルの様子を見て、カオリが言う。


「やっぱり、無理なのかな……鬼には勝てないのかな……」


 弱気な声。


「カオリちゃん……」

「ごめん、私がAIに勝っていれば……それに、もう少し体を鍛えていれば……」


 フトシも悔しそうに言う。


「僕が相撲対決でもっと慎重にいけば良かったんだ。走る練習だって、本当はもっとすべきだった。相撲の親方にもそういう練習も必要だって言われていたのに!」


 さらにいつも勝ち気なケイミまで。


「……さすがに、これは勝てないかもしれないわね」


 飛行車の中を絶望的な空気が支配する。


(ダメだ。このままじゃ)


 勝負の前に気持ちで負けてしまう。


(一体、どうしたらいいんだ?)


 カケルも絶望しそうなのだ。

 うわべの言葉ではこの空気は変わらない。

 うつむきかけたカケルにツヨシの姿が見えた。

 ツヨシは走り続けている。

 彼だって絶望的な勝負だと理解しているはずなのに。

 それでも!


(オレの馬鹿野郎! なに諦めているんだ! マラソンは諦めたら終わりだ!)


 諦めたら負け。

 それはどんな勝負でも同じこと!

 泣き言を言う暇があったら、前を向け!

 絶望する暇があったら、前へ進め。

 どんなに辛くても、一歩でも前に!

 それがマラソンの天才、先崎翔だ!

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