第1話 才神学園の天才少年少女達(前編)

 六月の朝。

 そろそろ梅雨が近づく空の下、中学一年生のカケルことせんざきかける才神さいしん学園への道を走っていた。


 別に遅刻しそうなわけじゃない。

 これもトレーニングの一環である。

 カケルはマラソンの天才児。小学校時代に大人も参加するフルマラソンで何度も好成績を残した実力者だ。

 その才能を認められて、才神学園にスカウトされた。


 少しでも速く。少しでも遠くに。


 カケルにとって走ることは人生と同じだ。

 才神学園まで残り1キロほどの場所に、学生寮がある。

 カケルは学園から10キロ離れた親戚の叔父さんの家から通っているが、多くの生徒は学生寮を利用しているのだ。

 なにしろ、才神学園には全国からなんらかの人並み外れた才能を持つ中学生達が集められている。近くに親も親戚も住んでいないという生徒の方が多いのだ。


 と。


 1人の男子が、学生寮の玄関から現れてカケルに声をかけてきた。


「カケルくん、今日も走っているんだね」


 カケルは足をとめて返事をする。


「おう! フトシ、お前も走らないか?」


 フトシこと、ふとは苦笑する。


「はは、僕は遠慮しておくよ」


 フトシは中学1年生にして、体重100キロはありそうな巨体の持ち主だ。身長もそれなりにあるとはいえ、普通なら肥満体の不健康児といわれても仕方が無い。


 だが、彼がそういう体型なのには理由がある。彼もまた才神学園に通う天才児。相撲の天才で、小学校では負けなし。大人相手でも投げ飛ばす怪力の持ち主である。

 もっとも体重が重い分、長距離走は苦手らしい。もちろん体は鍛えているのだが、あまり長いこと走ると膝に負担がかかって本業の相撲に悪影響が出かねないとのこと。


 フトシに断られるのはいつものことだから、カケルは気にしない。

 そんなカケルに、別の少年が声をかけてくる。


「だったら、俺と校舎まで勝負しようぜ」


 そう言ったのはツヨシこといくさつよし

 彼もまた、才神学園の中学一年生だ。


 ツヨシは空手の天才。小学校時代には全国優勝経験もある。

 本人曰く、大人の大会に混じっても勝てるとのこと。寸止めの伝統空手ではなく、実際に拳を当て合うフルコンタクト空手でそこまでいうのだから、相当な自信があるのだろう。


 相撲取りのフトシと違って、ツヨシは持久力をつけるために走るトレーニングもしている。

 それゆえ、寮から校舎までの1キロほどの道のりを、毎朝カケルと走るのだ。


 カケルはツヨシに答えた。


「いいぜ! 今日もぶっちぎってやるよ」

「ふんっ、今日こそ勝つ!」


 今朝もカケルはすでに9キロ以上の道のりを走っている。

 ツヨシもそのことは知っている。

 それでも、カケルは勝つ自信があった。

 確かにツヨシも一般の中学生よりは走れる。

 だが、マラソンでは負けない。9キロの道のりはいいハンデだ。


 フトシが呆れたように言う。


「まったく、毎日毎日朝から元気だよね」


 カケルはいいかえす。


「朝のランニングは気持ちいいぞ」

「わかった、わかった。それじゃあ、よーい……」


 フトシの声に、カケルとツヨシが構える。


「ドン!」


 カケルは再び校舎に向かって走り出す。

 ツヨシも負けじとそれに着いてくる。

 1キロだけの勝負は、長距離走というよりは短距離走に近い。

 だから、厳密にはマラソンの天才のカケルとしても専門外だ。

 それでも、走ることでは誰にも負けないという自負がある。


 だから、走る。

 走って走って、ツヨシを引き離そうとする。


 だが、ツヨシの負けん気もたいしたものだ。

 カケルに必死に食らいつく。

 何度か抜かされそうになり、しかしカケルはそれを許さない。


 あと100メートル。

 カケルは走る。

 生徒達がそれをみまもる。


「また、あの2人勝負している」

「今日はどっちが勝つかな?」

「今日もカケルだろ。ツヨシもよくやるよ」

「なにしろ、マラソンの天才だもんなぁ」

「がんばれよー、2人とも」

「ツヨシー、せいぜい大負けはするなよー」


 そんな応援だか囃し立てだかわからない声が、道行く生徒達から聞こえてきた。

 カケルとツヨシの競争は、4月からの3ヶ月間ですでに毎朝の名物恒例行事となっていた。

 今日もカケルが先に校舎の昇降口に着いた。


「へへっ、俺の勝ちっ!」


 Vサインしてみせるカケル。


「ちくしょー、明日こそは勝ってみせる!」

「無駄無駄、ツヨシじゃ俺には勝てないよ」


 などとカケルが言うと、先に昇降口にいた少女がちょっとバカにしたように笑う。


「自分の得意分野で勝ったからっていい気になって、カケルはお子様ね」


 そう言った少女はケイミことあん西さいけいだった。

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