第3話

 約束の木曜日。TVの天気予報は東京のこの夏一番の最高気温を報じ、早朝から強い陽射しがじりじりと地表を照りつけていた。

 早めにアパートを出て電車を乗り継ぎ、余裕のある時間運びで、妙子は新宿の街に降りた。デザイナーズブランドの渋朱色のワンピースは勤務先のデパートの社員割引でこの日の為に慌てて購入したものだ。ふだんラフな格好の彼女には珍しく女らしい装いだった。

 平日にもかかわらず、大スクリーンが看板のアルタ前は人だかりができていた。快活でエネルギッシュな彼らの面々にさっと視線を流して歩き、難なく妙子は目当ての顔を見つけた。噂の主、まり子だった。日傘をさし、刺繡入りの白いブラウスに濃紺のロングスカート姿のまり子は、以前と変わらず清楚な輝きにあふれている。離婚の痛手らしいものは外見からは感じられなかった。

「お元気そうで何よりだわ、妙子ちゃん」

 声をかけたのは、まり子の方からだった。

「本当に久しぶり、三千代はまだみたいね」

「あら、あそこにいるの、彼女じゃないの?」

 妙子は後を振り返り、まり子の見やる方向に目をやった。スクランブル交差点の向こうに三千代の姿があった。派手な幾何学模様のパンツスーツを着た、ロングヘアで化粧の濃い彼女は遠くからでもひときわ目立つ。

 信号が青に変わり、三千代もこちらに気付き、片手を振りながら小走りでやってきた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって」そう言いながら三千代は、まり子の全身を上から下までなめるように見た。粘り着くような眼差しだった。

「どこ行きましょうか」まり子は笑顔をつくり、おっとりと言った。昼食は三千代のお気にいりの多国籍レストランに決まり、三人はそろって歩きだした。その店はアルタから程近いしゃれたビルの一階にあった。

 自動ドアを通り建物の中に入ると、冷房のきいたフロアは和洋中の飲食店のテナントがそれぞれの店を構えている。

 レストラン「パティオ」はその一角にあった。こじんまりした上品な外観だった。三千代を先頭にステングラスをあしらった扉をくぐり、三人は店内に入った。

 西欧風に内装にアンティークな調度品を陳列した、いかにも三千代好みの店だった。クラシック音楽が水のように静かに流れている。

 いんぎんな態度のウエイターに奥のテーブルに誘導され、三人はめいめい席についた。

「まずはシャンパンで乾杯しましょうよ」

 三千代の提案に、妙子は困惑気味な表情を浮かべたが、まり子は「ええ」と従順にうなずいた。メニューを広げて料理を選び、オーダーしてまもなく、氷がぎっしり入ったバケットにシャンパンが運ばれてきた。

 先程のウエイターが各々のグラスに注ぎ入れ、深々とお辞儀をして立ち去る。

「じゃあ、とりあえず乾杯」グラスを持ち上げ三千代は声を弾ませた。その細長い指先は深紅に彩られている。三人は軽くグラスを重ねて、冷えた透明の液体を口に含んだ。

「ところで・・ねっ、まり子が離婚したって聞いて私達びっくりしたのようお」

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