エイリアンの生首

Lie街

宇宙人 no severed head

 僕はこう見えても近いうちに死ぬつもりである。朝8時に起きれたらどうにかして死ぬつもりだが、今日も起きれなかったのである。

 六畳一間の質素な部屋には畳のにおいが立ち込めている。布団には自分の汗が染みついていてひどいものである。玄関前の時計は12時半をさしている。しかし、枕もとの目覚まし時計は9時過ぎをさしていて、テレビをつけると右下に16時と表示されていた。

 こんなにバラバラにしてもどれひとつとして8時をさしていない。酷く眠い。

 布団を蹴っ飛ばすとほこりが宙に舞った。天井のシミがこっちを見ていた気がした。シュミクラ現象なのか私の頭がついにいかれたのか、どっちでもいい。

 机に向かうと、宇宙人の生首があった。それは、人間の物に限りなく近かったが僕にはそれが人間の物でないことくらいすぐに分かった。

 僕は驚いた。しかしそれだけである。


「rizisabiototu」


 と生首は言った。しかし、違う星の言葉のようで僕には理解できなかった。そうして、軽く笑った気がした。

 僕は仕方なく警察を呼んだ。しかし、取り合ってもらえなかった。税金を納めなかったのが悪かったのだろうか。いや、きっとそんな理由ではない。

 へへっと卑屈に笑うとまるでやる気が亡くなった。やる気は天井に吊り上げられてぐったりとしている。


 生きるという行為は苦手である。しかし、死ぬという選択は選んだことがないため、苦手か得手かも分からない。しかも取り返しがつかないときたものだ。僕はそんな得体の知れない場所に行くのはとても気が進まない。きっと8時に起きれないのはこのせいだ。

 僕はエイリアンの生首を見た。見つめられた気がしたので、見つめ返したのだ。


「rizisabiototu」


「お前はどこから来た?」


「karaitootohoshiiho」


「へぇ、わからんね。君の言葉はわかりゃーせんよ」


「inabenanarera、mananaukuihase」


「僕は忙しい。少し出てくるよ」


「syaiteirraltu」


 もちろん、僕は1ミリどころか1ミクロンも忙しくなどない。けれども、よく良く考えれば人間は常に心臓を動かし呼吸をし唾液を分泌し視覚からの情報味覚からの情報、聴覚からの情報、所謂五感からの情報を毎日だらりと暮らしていても休むことなく働かせているので、忙しいとも言えなくわない。

 ふと、花が目に入った。綺麗ではあるが、美しくわない。花壇に箱入り娘みたいに座っているその姿には、甚だ嘲笑の念すら抱いてしまう。見ろ、あの花弁を、見ろあの葉を、いかにも自分一人で生きていると言っているような顔つきだ。

 それに比べて、その花壇のそばに生える雑草を見て僕は密かな感銘を受けた。

 美しい。そりゃ確かに不揃いだし、土も沢山着いているし、弁当のバレンのように光り輝いてはいないが、それでもとても可愛らしい。キュートだ。僕は密かにその草に「ユキオ」と名をつけてやった。彼もまたこの草のように賢者である。


 僕は目つきが悪い。故に子供や動物には好かれないのである。不規則な生活のせいでくまも酷い。体はナナフシのように細く肉はない。髪には気をつけていないので、いつも金田一耕助のようにもじゃもじゃである。

 ひとたび、ニコリと笑えば(僕はもう何年もにこりとなど笑ってないが)死神や狡猾トカゲと罵られてきたのである。

 あぁ、もう行くあてがないので家に着いてしまった。

 扉を開けるとエイリアンの生首と目が合った。あいつの目はなんだかその時の僕にはとても不愉快だった。服を着たまま下水に入って、ネズミを食いちぎっているような気分になった。

 僕は扉を閉めて、ポケットに入れっぱなしだったガムテープで扉に封をした。そして、痰をかけてやろうと口の中に唾を溜めたが飲み込んだ。自分の家の扉に痰や唾を吐きかけてなんになる。

 僕はアパートの屋上をめざした。


 たった4階建てのアパートの屋上にたどり着くまでにこれほど体力を消耗するとは、検討もつかなかったし、こんな事実はそもそも知りたくなかった。

 僕は喘ぎ喘ぎ、屋上のフェンスに掴まると、灰色に濁った空を見上げた。

 そういえば今は何時だと腕時計を見たが、生憎針が無くなっていた。風に飛びされたのだと思うことにした。こんなくだらないことを考えたくはない。僕は疲れているのだ。


 呼吸が落ち着いてきたので、立ち上がった。街の灯りは所々で光る。天井のシミみたいに。

 綺麗と呼ぶにはいささか濁りすぎている。土臭すぎている。しかし、花よりも草が美しいのだとするのならば、この景色は美しいのだろうとも思う。けれども、こんな景色を美しいと言うやつはポンコツラーメンネギマシマシ二人前だとも思う。

 僕の中には、そもそも人の中にはたくさんの感情や思想が渦巻いている。葛藤している。僕は思う。

 人間のこれらの思想や思案や感情や葛藤はそれこそ人格が沢山なければ成り立たないと。

 多重人格者をサイコパスだなんだと揶揄する声があるが、果たして全ての人間がすべからく一重の人格しか所有していないという証明などできるのだろうか。できない。

 エイリアンはどう思うだろう。またリビサビオトツとか言って変な顔でニヤリとするだけだ。

 僕はフェンスに体を預けて、駅の時計台を見た。目が悪いので、身を乗り出さないと時間が分からない。しかし、この辺りでいちばん正確な時計はあそこなのだ。

 時間が知りたいその一心で僕は体をフェンスの外へ外へと伸ばし続けた。


「見えた!!」


 その瞬間。フェンスは妙な音を立ててひしゃげて、まるで競馬場のゲートのように僕を投げ出した。


「ぁぁ…」


 声も出ない。僕は落ちている。


 声は出ない。僕は自由落下している。


 これは望んだことである。


 しかし、望まないことでもある。


 神に祈った。しかし、神などはない。



「あ、」


 エイリアンの生首と目が合った。ニタリと生ゴミみたいに笑ってやがる。どうせなら、殺しておけば良かった。



「tobiorizisatu」



 頭を押さえた時に思い出した。時計台はちょうど


 20時を指していた。

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