卒業-Reverse-
「卒業」-Reverse-
海の香りがする。
空は嫌味なくらいにすっきりと晴れている。
こんな空を見ていると、あの時の事を思い出す。
「ごめんなさい。。さよなら。」
さぎり。。
あの時のこと、俺は裏切られたとは思っていない。
お互い様だ。沢山のことが同時に変わって、自分達も変わった。ただそれだけのことだ。
あぁ、そうか。
もうすぐ、さぎりの誕生日だ。
この懐かしい感じは、時期のせいか。
大丈夫。2人とも裏切ってなんかないよ。
変わっただけだから。
もちろん、恨んでなんてない。
そう。俺達はあの時
卒業したんだ。
『あれからもう一年かぁ。』
いつもの公園のベンチで、空を見上げて呟いた。
あっという間だったな。
「そうだね、梅雨が明けたってことは、仲直りしてすぐの頃だね」
一年と少し前、付き合い始めて三ヶ月のあの頃、俺達に始めて訪れた倦怠期。
雨に苦しめられて、雨に温もりを教えられた。
今は七月の一週目なので、その頃から一年ちょっとたった事になる。
『さぎりは、宇都宮大希望だよね?』
夏を迎えて、いよいよ大学入試のことがチラついてきた。
「そう、日本史専攻。」
日本史。さぎりらしいよな。
「恒星は、茨城大だよね?」
『うん。音楽教育課』
別々の大学に行くことには、俺も不安がある。
ん?繋いだ手に力を感じた。
そうか。気持ちは同じなんだな。
でも
『大丈夫だよ。大学が違っても会えるじゃない?それに、気持ちは変わらないから!』
さぎりの顔に、少しだけ笑顔が戻る。
「うん、ありがとう!」
『今年の夏休みは、夏期講習もあって大変だけど、花火見に行ったり、海に行ったり、上手く予定合わせて遊ぼう!前田と、厨二さんも誘ったりしてさ!』
言ってみたものの、それは難しいだろうなと思っている。
俺には8月の頭に吹奏楽コンクールがあるし、さぎりは予備校の特別講習を受けると言っていた。
俺も、コンクール後は入試の為の勉強に本腰を入れないとだ。
「うん!楽しみだね!」
無邪気な笑顔に、少しだけ罪悪感が芽生えた。。
もうすぐ一学期が終わってしまう。
受験生として動き始める時期は近い。
会える時間も、連絡を取れる時間も減ってしまうだろうな。
それでも、俺達は今やるべきことをやらないといけない。
今やらなかったら、絶対後悔するから。。
さぎり。
これまでもこれからも、ずっと隣にいてほしい。
だからこそ、後悔しないために今頑張ろうな!
7月に入ると、いよいよ吹奏楽コンクールに向けての練習が本格的になる。
細かいところまで直していきたいところだ。
パート内のことは別にいいとして、他のパートのことも気になってくる。
かと言って、あまりストレートに言い過ぎるのは良くない。女性は敵に回すと怖いからだ。。
そうやって変な気を回しながらやっていると、時々なんの為の部活なのかわからなくなる。
そう。これが、俺が大学での専攻に音楽教育を選んだ1番の理由だ。
大学で音楽を専攻する以上、そこには本気の人間がいっぱいいるはず。
もちろん、その中でも人間関係は壊さないようにしなきゃいけないけど、でも、やっぱり部活でやってるのとは根本的に違う。
レベルも、当然。
音楽大学と名のつくところに行きたい気持ちもあったけど、それは諦めた。
そこに行って演奏のプロになろうと思ったら、もう既に何年もプロの手解きを受けていないと間に合わないだろうし。
などと考えながら歩いていると、本拠地である音楽室に着いた。
今日は個人練習。俺自身で言えばコンクールの曲についてはもう特に問題ないので、基礎からゆっくり練習していく。
4月からプロのレッスンを受け、手を出し始めたルーディメンツ。難しいな。
「樋口、ちょっといいか?」
『はい。』
顧問に呼ばれた。
用件については、おおよその検討はつく。
樋口というのは俺の苗字だ。多分初登場なので一応説明する。笑
「ちょっと頼みがあってな。明日の」
『合奏ですか?』
顧問が後頭部を掻きながら続ける。
「あぁ、明日は職員会議だから。。悪いんだけど。。」
『わかりました。俺が振りますよ。』
どうせそんなことだろうと思っていた。
「いつも、悪いな。」
俺は正直、この顧問が好きではない。
前の顧問は、俺達が二年に上がる時に異動になってしまったんだ。
いや、もちろん教員なんだし、前の顧問だって音楽的にとてつもなく素晴らしかったとかではないけど、でも、とてもいい先生だった。
それに比べて、今の顧問は、なんというか、俺が言うのもおかしけど、教員としての自覚がなさ過ぎると思う。
まぁ、合奏で指揮を振れると言うのは貴重な体験だから、それ自体は大歓迎だけど。
夏休みに入ると、毎年校内合宿を行う。
日程は2泊3日。2日目にはホール練習を行い、講師の先生をお迎えしての最終調整だ。
だけど、この合宿直前の大事なところまできて、俺達は、一つ大きな問題を抱えていた。
それは、入学当初から仲が悪いフルートの阿部と、チューバの高橋だ。
元々仲が悪い二人だけど、ここ最近特に遠慮がない。
合奏中ですら突っかかっている。
あんな人でも顧問は顧問だ。さすがの俺も、顧問が前に立って合奏している時くらいは大人しくしている。もちろん指示もちゃんと聞く。質問をすることはあっても、最低限の礼儀はちゃんと守っている。
ところが例の2人は合奏中にケンカを始めることすらある。
部員は全員、正直関わりたくないので、誰も口を挟まない。その上顧問も
「やるなら外でやれ」
とだけ言って仲裁にも入らないので、荒れ放題である。
部長の竹内も、これまでに何度も2人と話をしてどうにか和解させようとしたが、結果関係は良くなるどころか悪くなる一方で、いつの間にかなにも言わなくなった。
さすがにこのままではまずいと思ったので、阿部とも高橋とも話はしてみた。
「樋口さ、あんたどっちの味方なの?」
こう聞いたのは高橋の方だ。
だめだ、話にならない。
『別にどちらの味方でもない。だけど、合奏中にケンカをされては困る。そもそもなんでそんなに阿部に突っかかるんだよ』
「わかった。じゃあんたの合奏の時にはもう突っかからない。なんでって、嫌いだからだよ。決まってんでしょ」
はぁ、話にならない。
『いや、顧問の時も少しは我慢してくれ。同じことを、阿部にも言うから。好き嫌いにはとやかく言わないけど、周りに迷惑をかけるのはやめてくれ。俺達、今年が最後だぞ?』
高橋はまだ何か言いたそうだったが無視した。
阿部にも同じ話をしたけど、返答はほとんど一緒だった。
それ以来、目立ったケンカは大分少なくなったけど、ただ単に目に見えなくなっただけのことだ。お互い気に入らないのはわかっているし、そう言う空気を出している。
ただ、解決しようにも表に出ないのではどうしようもない。
最初から期待してないけど、顧問なんかはこれでおさまったとすら思っている。
いい加減にしてくれ。
こういう部内の問題については、さぎりにもあまり話さなかった。
話したところで、どうにもならないし、なんというか、さぎりの方から「わかってあげられないもどかしさ」みたいなのを感じるのだ。
これではお互いの為にならないと思ったので、いつの間にか話すのをやめた。
その代わり、と言うわけでもないけど、さぎりには結果が出てから全てを話すようにしている。
これに関しては、さぎりは本当に聞き上手なので、とても助かっている。
それに、俺自身も悩み、考えて行動し、結果どのようになったかを全て話す事で確認し、整理することができる。
だから、俺達の話。特に俺の話についてはこの形がベストだと思っている。
話が逸れてしまった。。
さて、この問題をどうしたものか。。
このまま何もなければまだいいけど、コンクールまで後一ヶ月を切っている。。
考えていてもらちが明かないので、明日の合奏に備えてスコアを読むことにした。
すると5分もしないうちに俺の前に人影が現れたので、手を止めて顔を上げるとそこには。。。
なんと。珍しい。
「ねぇ、樋口。ちょっと聞きたいんだけど。」
『うん。いいけど。』
目の前に立っていたのは東堂夏織。クラリネットの1st。
これまではあまり他人に興味を持たず、先に話したような部内の問題についても全くノータッチだった東堂だけど、ここ最近、具体的には今年の文化祭実行委員に任命されてからは、少しずつ他人に興味を持つようになってきている。
元々頭の回転が速く、また他人に興味がないといってもこちらからの相談にはよく対応してくれるので、実は部内では一番頼りにしている。
それに、実は他人のことをすごくよく見ている。
「高橋と阿部だけど、最近はどうなってるのかしら?」
どうって。俺に聞かれても。と思いつつ。
『目立ったケンカは減ったなぁ。まぁ、表面化してないだけで、仲の悪さは変わってないと思うけど。』
思案する時の顔。何を考えている?
「あなた、何か話したの?」
察しが良すぎて気味が悪い。笑
さすがだなぁ。
『話したよ。いい加減人に迷惑をかけるのはやめてくれって言っただけだけど。』
厳密に言えばそれだけではないけど。。
「やっぱりね。樋口のことだから、何か考えがあるのかもしれないけど、いい状況じゃないかもね。。最近特にぎすぎすしてるわ。小競り合いがあった時の方がまだお互いすっきりしてたような気がするのよね。。あ、別に樋口を責めてる訳じゃなくてね?ただ、どうにもこのまま何もないとは思えないのよ。なんていうか、胸騒ぎがするというか。。」
あぁ、わかるよ。
『うん。俺もそう思う。ただ、あのままほっといたらホントに合奏にならなかったしな。。』
「それはそうよ。だから、別に樋口を責めてるわけじゃないわ。正直部長も顧問もあまりあてにならないから樋口相談に来てるのよ。」
変わったな。ちょっと上からで悪いけど、いい傾向だ。
「なににやにやしてるのよ」
やばい、睨んでる。けどまぁいいか。話題を逸らすにはちょうどいい。
『いや、東堂、最近変わったなと思って。この間も、肇の試合、見に来てただろう?』
一気に顔を赤くする。わかりやすい奴だ笑。ちなみに肇というのは剣道部の友達。柳瀬肇のことだ。
「ちょっ今は肇のことは関係ないでしょ!?」
あぁ、悪かったよ。笑
『悪い悪い、別に嫌みのつもりはないんだ。俺は東堂は他人のことをよく見ていて、頭のいいやつだってわかっていたから、むしろこれまではもったいないと思ってたんだ。俺からの相談は乗ってくれるのに、自分からは全然相談してくれないからな。それが、今日は自分から来てくれて嬉しかったんだよ。肇のことは、確かに関係ないな。悪い』
少し頭を下げる。
「まぁ、いいわよ。そのことは。それより」
『悪いな。例の件は、少し俺に預けてほしいんだ。うまくやれるかわからないけど。』
言葉をさえぎって悪いな。東堂。
「。。。樋口がそこまでいうなら、いいけど。あなた一人で大丈夫なの?」
正直それは。。
『わからん。でも、やれるだけやるよ』
まっすぐ見た。こちらがどれだけ本気なのかを伝えるには、これが一番効果的だ。
「わかった。でも、なにかあったら相談して頂戴。少しは役に立てると思うわ。」
『ありがとう。頼りにしているよ』
さて、うまくいくかな。。
次の日、顧問に頼まれて合奏の指揮する。
高橋も阿部も大人しくしているが、高橋は常に阿部を睨み続けている。
いったいどうやったらこんなに仲悪くなれるんだか。
この二人の仲の悪さは入学当初から。つまり前任水澤先生がいた時から続いている。
水澤先生は離任前、この二人のことを特に気にしていた。おそらく後任の顧問がどうにも頼りなかったんだろう。先生は珍しく俺を一人だけ呼び出して頭を下げた。
「あのニ人のこと、もちろん後任の先生にも話はしておくが、お前も、なるべく気を付けてやってくれ。悪いな。同じ一年生なのにな。」
先生に頭を下げられて、何もしないわけにはいかない。コンクール前の大切な時期ではあるが、逆に言えばここしかないんだ。
今は、なるべく大人しくしてくれ。限界まで我慢するんだ。
夏休みに入ると、さすがに顧問も合奏から逃げなくなった。
俺達もパートごとにプロのレッスンを受けるようになり、コンクールに向けてのラストスパートだ。
さて、そろそろだろうか。
その日は1回目のホール練習。
午後だけで時間はないはずだが、なぜか顧問は基礎合奏を長々行う。
いよいよ部員達からも不満が顔に出てくる。いつもなら俺もイライラするところだが、今日はそれでいい。俺は、ティンパニの調子が悪いと嘘をつき、進行を阿部に任せて舞台袖にいた。
ホール練習の場合、顧問は客席で聞いていて、マイクで指示を出すため、ステージ上では部員の誰かが仕切る。特に基礎合奏の場合はステージでの進行がメインになる。
阿部は、音程が悪い、出だしの音が汚い、バランスが悪いなど、無遠慮に言う。
言っていることは適格だが、どうにも言い方が悪い。。
さすがに俺も聞いていて胃が痛くなってきた。。
そろそろか?
「なんで学指揮でもないのに阿部が仕切ってるんですか?気分悪いんですけど」
いきなり大声で言う。高橋だ。
「何を今頃になってそんなこと言ってるんだ?大事なホール練の時に。」
と顧問。その大事なホール練で長々基礎合奏やってんのは誰の指示だよと思いつつ、俺はまだ出ていかない。楽器の調子が悪いということは、顧問にも言ってあるので呼ばれない。
「そんなこと言ってんならお前が仕切れ。」
そういったきり顧問は黙った。もはや高校生以下の対応だ。
が、今日に限ってはかえって都合がいい。
阿部も黙ったので高橋が仕切り始める。いよいよ空気が悪い。サウンドも悪い。。
それでも高橋は迷いを断ち切るように必死に指示を出す。
言っていることの内容はさっきまでの阿部とほとんど同じ。ここまで来たらただの当てつけだ。
部員のモチベーションがどんどん下がっていく。東堂も黙っている。半数以上の部員が高橋の指示に返事もしなくなった。後輩たちの中には泣きながら吹いている者もいる。
頃合だな。
俺は舞台袖からステージをのぞき込む。
すると部長の竹内が泣きそうな顔で助けを求めてきた。俺は目配せをして竹内を呼ぶ。
一旦ロビーへ出た。
『竹内、今日のこの状況をどう思う?これからどうするべきだと思う?』
竹内は俯いたままだ。
できるできないの問題じゃない。部長として、どう思うかだけでもちゃんと示してくれ。
俺はしばらく待つことにした。すると
「正直、どうしていいかわからない。今までもずっと気になってたし、二人とも話はしたけど、なんにも変わらなくて。。」
泣き出した。ダメだ。一旦泣き止むまで待たないと。
確かに、仕方ないとは思う。今まで事あるごとに突っかかり、しかもお互い仲を修復するつもりがないので、ことがおさまったとしてもそれは解決ではなく先延ばしにしているだけだった。
これはもちろん1番悪いのは本人達だけど、上手く仲を取り持つことができなかった部員全員にも責任がある。
竹内は少し落ち着いたようだ。ここからは俺の考えを話そう。
ホール2階の客席へ、竹内と一緒に向かう。
顧問がいるところだ。
『先生。話があります。』
急に話しかけられて振り返った顧問は実に不機嫌そうだった。全く。不機嫌なのはこっちだ。
「おぉ、どうした。」
どうした?それくらいわかるだろ。
『今のこの現状についてです。先生はどう思いますか?』
いつものように真っ直ぐに目を見て話す。
今回は俺もかなり頭にきてるので、目線もかなり強めになる。
顧問は俺の表情を怖れたのか、大分控えめに話し出した。
「うん。あの二人のことは、前任の水澤先生の時から問題だったみたいだし、ここ最近さらにギスギスしてるとは思ってたんだけど、まさかこんなことになるとはなぁ」
思ってなかったのか?ありえないだろ。
『で、このままにしておくつもりなんですか?』
また真っ直ぐ見る。今日は逃がさないぞ。
「このままにって言っても、どうしようもないしなぁ。。」
だめだな。もういい。
『今日のことは、高橋がきっかけですけど、あの二人は個人的な理由で周りに迷惑かけすぎですよね。コンクールも近いんで、時間がもったいないのもわかりますけど』
俺は一旦言葉切る。
『悪い事をした以上、落とし前をつけさせるべきです。』
「落とし前って。。」
いい加減にしろ。
『三年生全員で話し合いをさせてください。そこでまず今回空気を悪くするきっかけを作った高橋に謝ってもらいます。飽くまでも、今日のことを謝ってもらうってことです。それが済んで、全員の立場がフラットになってから全員で言いたい事を言い合いたいので。』
顧問は絶句する。わかってますか?本来これは先生が言い出さなきゃいけなかったんですよ?自分がすべき事を生徒に取られて今更悔しいんですか?それとも
「わかった。俺も立ち合おう。」
いやいや、もう遅い。
『いいえ、先生は話し合いの始めだけいてください。俺からの提案で話し合いをする時間を取ってくださった旨と、自分がいると言いたいことを言い合えないだろうから席を外すとだけ話してください。』
あからさまにホッとした顔をする。
大丈夫ですよ。そもそもいて欲しいともおもってないし、期待もしてないんで。
だめだ、俺もイライラしすぎてる。。
ちょっと冷静になろう。顧問にも立場がある。
『勝手を言ってすみません。でも、知ってて止められなかった、自分達全員に責任がありますので。』
けしかけたのは俺だから、本当言うと、1番悪いのは俺かもしれないな。。
『竹内も、それでいいか?』
ホッとしたように俺を見る。
悪いな、部長にも立場があるのに。
でも、俺もこれしか思いつかないんだ。
舞台袖から楽屋に続く廊下の途中に、少し開けたスペースがある。そこで話し合いをしようということになった。
「まずは、今日のこと、いや、今日だけじゃないよね。皆、わかってて目を逸らしてたんだもん。だから、このことは、全員に責任があると思う。私は、このまま全員と仲間になれないままコンクールには出たくないので、大事な時期だけど、三年生だけで話し合いをしたいと思います。」
竹内が、まず皆を集めてそう言った。
うん、俺も同意見だ。
「今回は、私もちゃんと話し合いに参加したいので、進行は樋口にお願いしたいと思います。皆さんよろしいですか?」
誰からも反対はない。よかった。
『俺は、役員でもないけど、皆の気持ちをちゃんと聞きたいと思ったので、今回の話し合いを提案させてもらいました。それから、進行役を預かった以上、全員の立場をちゃんとフラットにしてから始めたい。なので、まず、高橋。今日、合奏の空気を悪くしたことを、全員に謝ってください。』
「は?なんで私だけが謝んのよ!そもそも言い方が悪かったのは阿部も同じでしょ?大体なんで阿部が仕切ってたのよ。学指揮は樋口でしょ?」
言うと思ったよ。
『今回空気を悪くする一番のきっかけを作ったのが高橋だから、まず高橋に謝ってもらおうと思っただけだ。その後、阿部にも謝ってもらうつもりだったし、俺も謝るつもりだった。高橋が謝らないなら別にいいけど、この話合いの中で、1番の悪役になるけどいいのか?謝ってほしいのは、立場をフラットにするためなんだぞ』
高橋が泣きそうな顔になる。悪いな。そもそもけしかけたのは俺なのに。だけど、言っただろう?好き嫌いをとやかくは言わないが、人には迷惑をかけないでくれって。
「今日は、皆の前でケンカを売るようなことを言って、すみません、でした。」
それでいいんだよ。ありがとう。
『ありがとう。さっき話した通りです。阿部も、謝ってください。』
阿部はさすがに抵抗しなかった。
「はい。今日は、学指揮の代理として、相応しくない進行の仕方をして、すみません、でした。」
悪いな。
『ありがとう。皆、俺も楽器の調整していたとは言え、学指揮の役割を果たさずにいた結果、このようなことになってしまいました。すみませんでした。』
しっかり頭を下げた。
二人とも、悪いな。でも、表面上だけ平和になってもダメなんだ。仲が悪いのは仕方ないけど、それならそれ相応の距離感を見つけてくれないとダメなんだ。
それさえできれば、少なくとも敵ではなくなる。
そこからは、もう泥沼の戦いのようになった。
おかしな話だなと思う。敵でもないのに戦いなんて。
大人数で活動している部活は、どうしたって摩擦が起きやすい。それに、誰が悪いと追及してしまったら、全員その誰かを敵とみなさないといけなくなる。
阿部と高橋だけの話じゃない。全員が全部を出し切れば、親友にはなれなくても、仲間にはなれると思うんだ。
とは言え、話し合いの半分は、やはり高橋と阿部のこと。そもそもなんでこんなに仲が悪かったのかさえもはっきりとわかった。
「私はね、初対面の時から気に入らないの。中学の時に何の楽器だったか聞かれたからチューバって答えたのに、あんたその時なんて言ったか覚えてる?
チューバ?そんなの男がやるもんでしょ。そんな楽器のなにが楽しいの?メロディーもないのにって言ったの。ねぇ、覚えてる?覚えてるかって聞いてんの!!」
「。。覚えてないよ。そんな昔のこと。気に入らないならその時に言いなさいよ。そんなことが理由で3年間も突っかかってきたわけ?」
「突っかかってきたのはあんたの方でしょ?私は何年経っても許せない。謝りなさいよ」
「は?そんなこと言ったらあんただってフルートを馬鹿にしたでしょ。フルート吹いてる女なんて皆ぶりっこだとかどう頑張ったって大して目立てないくせに一番前に座ってるとか。それこそ覚えてるわけ?」
はぁ。怖いね。。
「覚えてるわけないでしょ?あんたがどう思ってようがこっちはどうでもいいんだから」
頃合いだな。
『はい、ちょっと待った。やっと二人のいがみ合いの理由がわかったな。俺は第三者として聞いてたけど、正直どっちも悪いと思う。二人はどうなんだ?引っ込みがつかなくなってるだけで、少しは悪いと思ってるんじゃないのか?』
「まさか」「まさか」
息ぴったりだな笑
『意地を張るなよ。誰だって自分が一生懸命にやってる楽器を馬鹿にされたら気分悪いだろ。同じことをされたら俺だって怒るよ』
皆頷く。東堂だけは、黙って俺を見ていた。怖いね。。
『三年間いがみ合ってきた理由が、今やっとわかった。でも今更引っ込みがつかないから謝らないみたいな話なら、そんな意地は捨てろ。何の為に貴重な時間を割いて話し合いをやってると思ってるんだ。全員が言いたいことを言うのが目的なのは本当だけど、俺がこの話し合いを持ち掛けた一番の理由がなんなのかくらいわかるよな?』
二人ともそれで目を逸らした。
『一言でいい。ちゃんと謝れ。じゃないと、本当に時間の無駄だぞ。二人ともここに来い。』
今は、全員で円を作って座っている。
その一角で、俺だけが立っている。
高橋も阿部も、渋々俺のところにくる。
「あの時は、ごめん」
それだけ言って、俯く高橋。
「わたしも、ごめん」
阿部もなんとかそれだけ口にした。
二人とも泣き出している。大好きな楽器を馬鹿にされて、怒り続けているうちに、なんで怒っていたのかも忘れていたんだろう。
ずっといがみ合っていた相手に謝ることの悔しさ、謝られても消えない、楽器を馬鹿にされた悔しさ、自分も同じことをしてしまっていたという悔しさ。
この二人の涙は色んな意味があるんだろうな。けど、はっきりさせられてよかった。
これで二人が仲良くなれるかどうかはわからない。
でもこれで、敵である理由はなくなった。
さて、ここからは俺の役目だ。
『皆、これまで皆に迷惑かけてきた二人は、お互いに謝ることで決着をつけた。話し合いを持ち掛けた人間として、進行役として、お願いがある。この二人のことを許してあげてください。』
深く頭を下げる。色んな想いが込み上げた。
「皆、二人がいがみ合っていた理由はわかったし、今皆の前で、ちゃんと謝りあったんだもん。これでよかったよ。ね?他にもなにか、言いたいことある人いる?」
竹内。この勢いに任せて丸くおさめようとしてるな。笑
まぁいいか。全員納得した顔をしてる。もらい泣きしてる者もいる。
これなら大丈夫。。。ん?東堂だけが、俺を見てる。なにか言いたそうだ。
。。でも、これは多分、後で個人的に捕まるやつだな。笑
今は、スルーしていいだろう。多分皆の前で言いたいことなら、手をあげているはずだ。
こうして、俺達が長年抱えてきた問題は、一応解決した。
もし今回の話し合いがなかったら、もっと言えばあの時高橋が突っかかっていなければ、あの二人は敵同士だったと思う。
俺達が卒業し、何年も経って同窓会をする時。敵同士のままだったらどちらかがこないかも知れないし、両方こないかもしれない。
けど、敵対する理由をはっきりさせて、ちゃんと決着をつけていれば、二人ともくると思う。
まぁ、こんなこと、誰も考えないだろうけど笑
余談だが、あの日学校に戻ってから、東堂に呼び止められた。
「樋口、ちょっといい?」
きたな。。
『ん?なに?』
こーわっ
「なに?じゃないわよ。あんた、あの二人をけしかけるためにわざと席を外してたんでしょ?人に迷惑をかけるなって話をしたのも、あの二人を爆発させるためだったんじゃないの?」
だから気味が悪いんだって。
頭の中覗いてんのかよ笑
けどまぁ、東堂には隠しても無駄だな。
『んー、全部が計算ではないけど、少しは、そういう考えもあったかな。。』
ん?意外にも怒ってなさそうだ。むしろ心配してる。。のか?そんな表情だ。
「あんた、なんでそんなこと一人でしたのよ。下手したらあんたが一番の悪者よ?」
あぁ、やっぱり心配してくれたのか。でもまぁ、それは
『いいんだ。全員と仲間になりたかったのは、本当だからな。』
ありがとう。
「全く。。少しは頼りなさいよ。まぁでも、ありがとね。」
お?珍しいな。
それからの俺達は、チームとしてよくまとまっていった。
吹奏楽コンクールでは、金賞を受賞した。
惜しくも、一点差で東関東へは行けなかったけど。。
結果のことは、ひとまずはいい。
自分達の抱えてきた問題を、自分達で解決できたんだから。
俺も、今回ばかりはよく頑張ったな。
ちゃんと話し合えてよかった。
本当は、もっとこのメンバーで演奏したかったよ。。
ん?視界が歪んでる。。
うるさいな、泣いてねぇよ。
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