第112話 オカンと鳥と逆鱗様 ~9~
「あんた、一度死んでるだろうっ」
エカテリーナと共に樹海に行くといってきかない王太子を、千早は引きずり倒して、結界の中に閉じ込めた。
「気をつけてな」
結界を叩きながら叫ぶ王太子に軽く苦笑し、エカテリーナは護衛らと共に樹海の中へと消えていく。
「エカテリーナっ!!」
蒼白なまま叫ぶ王太子に眼をすがめ、幼女は古代帝国の遺産をどうやって止めるが考えていた。
そう簡単には見つかるまいし、見つかったとして、常人に手が出せるか分からない。
エカテリーナらに魔術が使えれば事は簡単なのだが、彼女に素養はあれど、魔力は皆無だ。
取り敢えず女神様が祝福と御加護を与えたし、回復アイテムも持たせた。
発見にどれほどの時間がかかるか分からないが、いざとなれば力押しするしかない。
そんなこんなをつらつらと考えていた幼女に、国王陛下が声をかける。その掌にはシメジな女神様が乗っていた。
「スメラギ殿。少々お話してもよろしいか?」
真剣な面持ちの国王は、周囲に貴族らを連れて、相談したい事があるとしゃがんでいた千早の前に座り込む。
いったい何なんだ?
「実はこれは王太子の発案なんだが....」
そう前置きし、国王はエカテリーナを王位につける計画があるのだと話した。
諸々の事情から彼女を正式な妃にする事が出来ず、それを強いて行えば、自分達は彼女の信頼を失い、辺境伯を敵に回すだろう。
しかし、彼女の貴族としての資質は捨てがたく諦めきれない。
王太子も彼女を切実に妃にと望んでいる。
そこで王太子が出した提案が、自分の廃嫡とエカテリーナの王位着任だ。
その隣に王子が王婿として並び立つ。
形は違えど王子と婚約者が夫婦になるのだ。血筋的にも跡継ぎにも問題はない。
ただ、それを良しとしない貴族らもいるだろう。辺境伯家の権力が嫌でも増してしまうからだ。
「女神様からお聞きしました。貴女方の国には身分もなく王もいないと。それで国が立ち行くのですか? 貴女は国の代表で元首と呼ばれていると。元首とは何ですか? 領主らもなく、国民は不安にならないのですか?」
真摯な眼差しで幼女を見つめる国王に、千早は簡単な民主主義の概念を説明し、民さえ正しく育っていれば王は必要ないのだと話した。
「そんな....高貴な血筋に勝るものはありません。為政者なくして民がたちゆく訳はないでしょう?」
「為政者が王である必要はないんだよ。心ある者ならば誰でも良い。平民でもな」
「平民に政が行える訳ないではないかっ」
「それは、あんたらが平民に学ばせないからだ。例えば王太子と同じ学びを受けた平民がいたとしたら、あんたは同じ事を口にするか?」
「教育には金子がかかります。平民には出来ません」
「だから、前提が間違ってるんだよ。出来ませんじゃなく、あんたらがさせてないんだろう。もったいない事してるね。どこにどんな才能が隠れてるかも分からんのに」
「学の無い平民に、どんな才能があると言うのか」
「お前ら、話はちゃんと聞けや。ループさせんな」
やいのやいのと堂々巡りな貴族らとの不毛な会話。
「全ての国民に学びを与え、皆で話し合い、政を任せても良いと思う人物を元首として選挙で選ぶ。自分達が選んだのだから、国民は全力で元首に協力して支える。これが民主導の政治だ。理解出来んならしなくても良い。それでも我が国は対等に隣国と渡り合っている。論より証拠。出来る訳がないのではなく、我々は出来ている」
出来ている。
その一言で貴族らは押し黙った。夢想だ、夢物語だと一蹴出来ない。
幼女によれば、秋津国の人口は約三万。タランテーラの人口二倍近い国で、民による政が行われているというのだ。
誰も飢える事なく、自由に学び、働き、穏やかに生活しているらしい。
その根幹は平民。多くの平民が学び、努力し、あらゆる分野で活躍しているという。
人的資源。才能ある者が多数存在する国は、当たり前だが栄える。一つの困難に対し多くの助言や手立てが得られ、容易く乗り越えられる。簡単な理屈だ。
幼女の説明に、反論する余地もない貴族らであった。
「やはり血筋は関係ないのだな」
国王の呟きに、貴族らはぎょっと眼を見張るが、先程まで聞いていた幼女の話はを考えれば返す言葉もない。
だがそこで、他ならぬ幼女が反論を口にした。
「それは少し違うと思うよ。あんたらの祖先は代々国を守り、民を守ってきたんだろう? それは誇れる事だし、胸を張っても良いと思う」
きぱっと断言する幼女に人々の視線が集まる。
「アタシの故郷も民主導の政治だが、古くからの血族もいる。長年国を守り、民を守ってきてくれた尊い方々だ。彼等は国の象徴として、今でも敬意と親愛を持たれているよ」
君臨すれども統治せず。だからといって御飾りではない。公務や神事に勤しみ、国の政が円滑に行われるよう支援してくれている。
そのような形になるまでは、様々ないさかいや葛藤があった。しかし、人々はそれを乗り越え、穏やかな法治国家を手に入れたのだ。
人間とは急激な変化を厭うもの。最初から平民しかいなかった秋津国と違って、タランテーラには長く根付いた風習やしきたりがあるだろう。
良い所だけを少しずつ加え、ゆっくりと試行錯誤で進むが良いと、幼女は人の悪い笑みを浮かべた。
「まずは選ばれる王から始めてみてはどうだい? 王の直系のみでなく、王族貴族全てから、相応しい者を選ぶとかさ」
暗にエカテリーナの女王就任に賛成を仄めかす千早を見つめ、王は得心顔で考えた。
そうだ、いきなり全てを変えなくても良い。少しずつ。
ついつい全てを終わらせなくてはと考えていた。後の子供らが苦労せぬようにと。
親の性だな。
国王は微かに苦笑し、子供らにとっても苦労は必要なのだと考え直す。無理に進めれば、新たな歪みが起こり、無駄な苦労を子供らにさせる事になるのだ。
必要な苦労をやるべきときにやれば良い。
相談に一段落つき、国王らが壊滅した街や村の話を始めた頃。
樹海に甲高い音が鳴り響き、世界樹の辺りから一本の矢が飛び出した。
古代の術式を発見した合図。
思ったより早い。と、いう事は魔法陣は地上にあったのか? 隠されていなかったのか?
幾らかの疑問は浮かぶが、眼に見える位置にあるなら、これは好機だ。
幼女は、パンっと手を合わせると大地に掌をつける。
そして立て続けに神域結界を展開した。
結界の外へ展開した魔法は霧散するが、外界を区切る結界魔法は発動するのだ。アルカディアの大地と空間的に隔絶させるせいだろう。
それは千歳が発動させたこの神域結界が証明している。
ならば....っ
千早は小さな結界を展開し、それに繋がるよう僅かにずらした前方へ、さらなる結界を発動させる。
それらは繋がったまま、一直線に矢の放たれた辺りを目指して結界の展開を繰り返した。
しかし、アルカディアの大地に吸われる魔力が夥しく、みるみる幼女の魔力メーターは減っていく。
くっそ...っ、届くか??
己の魔力量と時間との戦い。速さが勝負だ。
額に汗を浮かべ、失われる魔力に血の気が引いていった。だがやるしかない。
渾身の魔力を注ぐ千早の身体が、ふいに軽くなる。
気づくと、幼女の肩には女神様。すりすりと笠を幼女の耳に擦り付けながら、クスクスと笑う。
《千早ちゃんは頑張りすぎです。御姉様がいるのですよ。頼りなさい。千早ちゃんになら幾らでも力を貸せるのですから♪》
そう言いつつ発光するシメジから、溢れるほどの魔力が幼女に注がれていた。
瞬く間に千早の魔力カウンターが満たされる。
魔力は譲渡出来るのだ。以前千早も、満身創痍でドラゴンの元にたどり着いた探索者達に行った事がある。
これならイケる。
女神様から与えられる魔力を使い、幼女の展開すり結界は、一気に世界樹の元まで駆け抜けた。
瞬間、パキンっと何かが割れる感触。
不可思議な感覚に幼女が惚けた時、樹海中心に激しい爆音が轟く。
「エカテリーナーっ!!」
轟いた爆音に眼を剥いて、王太子が結界から飛び出していき、それを追うように騎士達も駆け出していった。
辺境伯や、その息子らの姿は既にない。
行動、はっやww
今の爆音は古代帝国の遺産が失われた音だろう。魔法陣同士が重なる事によって壊れたのだ。
その証拠に結界の外に出ても、魔力が吸われる感覚はない。
千早は秋津国へ転移し、精霊王と番いのフクロウを連れてきた。そして嬉しそうなフクロウをモフモフしながら世界樹へと向かう。
途中に見かけた猛獣魔獣をたおしつつ、ふと既に魔獣が存在している事に首を傾げた。
魔力が復活したばかりなのに早すぎる。
しかし、その疑問の答えは湖にあった。
エカテリーナ達から話を聞き、幼女は湖を覗き込む。
瞬間凍結。水底の光景に背筋を震わせ絶句した。
うわぁ.....
陥没したらしいカラクリと魔法陣のある部屋には、一面を満たす魔石の海があった。
こんな量の魔石が溢れたんじゃ、森の生態系がおかしくなる訳だよ。例えるなら、地球の核融合炉でメルトダウンが起きたようなものだ。
これは後で回収しておかないとな。
幼女は立ち上がると、目的を果たすため、世界樹の根元に連れてきたフクロウを置く。
するとフクロウは御礼をいうように一瞬振り返り、そのまま世界樹の中へ消えていった。
え?
思わず消えたフクロウを二度見する幼女。
じっと見た世界樹の根元には件の竜舌蘭みたいな精霊王がそよそよと揺れている。
「元気に育てな」
眼を細めて精霊王を撫でた時、その小さな緑が爆発するように発光した。
思わず眼を閉じた千早が、恐る恐る瞼を開けると、そこには巨大な蘭が生えている。形から見るにデンドロビウム系か。
立派な体躯の蘭は全長十メートルほど。肉厚な葉をゆさゆさと震わせていた。
いきなりの事態に呆然としていた幼女だが、次には苦笑し、クスクス笑う。
「それが、あんたさんの本当の姿か」
幼女の言葉に応えるかのように、精霊王は蕾を生み出し花開かせると、香しい芳香と共に無数の精霊達が飛び出してくる。
湖全体に放たれた精霊は、微かに発光しながら世界樹を包み込み、世界樹そのものも柔らかく発光した。
「...フクロウ?」
千早の呟きに、頷くかのように温かく世界樹も発光する。
おまえ、世界樹の精霊だったんか。道理で。精霊王と番な訳だよ。
思わぬフクロウの正体に驚きながら、オカンは周囲を見渡した。
初めて見る精霊達に驚愕し、神秘的で夢のような光景に誰もが言葉を失っている。
ただ一人、エカテリーナのみが瞳をキラキラさせて精霊らと戯れていた。
その光景にほくそ笑み、ようやく訪れた終幕に千早は胸を撫で下ろす。
はあ.... これでやっと祭りに力を注げるな♪
世界の危機より、それかいっ!!
そんなタバスの突っ込みが聞こえてきそうな事を考えながら、オカンは軽く伸びをする。
まあ、言われたら言われたらで、そうですが何か? と、オカンは返すだろう。
美味いと楽しいは正義だっっ!!
オカンの座右の銘は変わらない。
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