第111話 オカンと鳥と逆鱗様 ~8~


「想像をはるかに越えてたな」


 千早は忌々しげに樹海を見上げた。


 試しに展開した魔術は、あっという間に魔力を吸われる。秒で百は持っていかれるだろうか。

 下手に魔術を使えば、如何に千早であろうとも、ただでは済まない。

 幼女はインベントリからポーションやエリクサーを出し、騎士団の支援に回って、何とか野獣らの撃退に成功した。

 しかし、最初から術式を構築して封じてあった輝石の魔術と違い、新たな術式を構築して展開する事は出来ず、幼女は神域結界から一歩も出られない。

 焦る幼子が、えぐえぐと泣いているのを見て、命を救われた王太子らが話を聞いてくれた。


 国王陛下と相談がしたいのだが、ここから出られないと告げると、王太子の婚約者だと言う御令嬢が仲介を引き受けてくれる。


 にっこり微笑む御令嬢。


 しかし何か不思議な感じがし、幼女はエカテリーナと名乗った御令嬢を鑑定した。


 エカテリーナ・ハシュピリス 16歳 レベル42


 職業 為政者 教師 冒険者


 称号 時空を渡りし者


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 スキル 体術大 剣術大 槍術大 弓術中 調理大 全属性精霊支援小 自動回復中 空間魔法小


 固有スキル 状態異常無効 


 加護 創造神ネリューラの加護


 祝福 創造神ネリューラの愛し子


 千早はパチパチと眼を瞬かせた。


 マジか。


 目の前の少女は明らかに転生者である。隣の王太子には何もついていない。レベルすらも。

 ダンジョンが現れる前の地球と同じで、魔力もなく御加護もないアルカディアには、女神様の恩恵がないのだろう。

 転生者は女神様と謁見し、こちらへの転生を選んだ時点で御加護と祝福が授けられる。

 この神々に見離された大陸において、唯一加護を賜る人物なのだ。幼女の眼が希望に輝いた。


 しばらくして現れた国王一同に、幼女は女神様から聞いた話をつまびらかに説明する。


 アルカディアは古代帝国の流刑地であり、住まう人々はその子孫。

 この大陸には神殺しと呼ばれる太古の魔術式が残されていて、神々の恩恵を受けられず魔術も使えない。

 それを止めて、樹海中央に位置する世界樹に、精霊王を住まわせて欲しい。

 幼女の説明に国王陛下は勿論、周囲の人々も狼狽え、困惑を隠し切れない。


 然もありなん。


 いきなり自分達の祖先は咎人で、この大陸は咎人を閉じ込めるための鳥籠だと言われても納得出来まい。

 さらには未知の魔術や精霊王。この神域結界を眼にしてもなお簡単に理解出来るものではあるまいて。


 しかし時間がない。


 夜が明けて、精霊王に残された時間はあと三日。

 早急に古代帝国の遺産タランテーラを止め、世界樹にたどり着かなくてはならないのだ。


 ざわざわと言葉を交わす人々の中で、エカテリーナのみが飄々とした雰囲気で佇んでいる。

 彼女だけは幼女の話を真実だと理解しているのだろう。未知の物でも、さらりと素直に受け入れる。これは日本人の特徴だ。

 地球人の中でも日本人は異質で、猜疑より好奇心の勝る民族である。エカテリーナからは、その特徴がありありと感じ取れた。


 記憶の継承はしていなさげだが、ステータスもスキルも申し分ない。レベル42ともなれば、リカルドにも匹敵する強者だ。

 武装し満身創痍であっただろう姿は、野獣らとの戦いで死闘を演じた証拠。

 魔力のないアルカディアに生まれ落ちたため、魔術は上達していないが素養はある。


 千早は、にんまりとほくそ笑み、エカテリーナに樹海探索を御願いする事にした。


 眼を見張る人々。その中でも王太子は幼女を罵り、エカテリーナを止めようとする。


 あんた、死の縁から掬い上げてもらっといて良い言い種だな。


 じっとりと見据える幼女の視界でエカテリーナは清しく顔を上げた。

 そして王太子を窘めると、周りに聞こえるようにハッキリ言葉を紡ぐ。


 貴族の矜持を今発揮しないで、いつ発揮するのだと。


 ノブレス・オブ・リージュ。


 高貴なる者は、その責務を果たさなくてはならない。常に実績を上げ、その身分に足る者だと証明しなくてはならない。


 それこそが貴族の存在する意味なのだ。


 高貴なのは血筋ではない。その人物の生き様だ。


 言わずとも理解しているエカテリーナに、幼女は血が踊るのを感じた。これこそが、あるべき貴族の姿。


 そして軽く腕を上げると、伝家の宝刀を引き抜く。


「カモーン、姉様ぁっ!!」


 毎度お馴染みの金色の風が吹き抜け、女神様が顕現し、可愛らしく傘をフリフリした。


 初めて眼にしたシメジな女神様に、アルカディアの人々はしばし茫然。


 え? シメジ? キノコが喋った?


 などと驚愕な呟きが聞こえ、千早は思わず軽く噴き出す。

 自分が女神様を初めて見た時と、全く同じであった。

 予備知識や経験のある外の大陸と違って、女神様の恩恵が全くないアルカディアは、地球と変わらない。


 懐かしい反応を生温く眺めていた幼女の前に、ずざざざっと音をたてて司教らしき人が進み出る。

 そして平服すると、恭しく女神様に挨拶をした。


 女神様....?


 揃って疑問符を浮かべた周囲の人々も、次の瞬間には頭を垂れて膝を着いた。

 恩恵もなく自覚が薄くとも、それなりの知識はあったのだろう。


 呼び出されて御満悦な女神様は、幼女と楽しそうに笑っている。


 シメジなのに笑っていると理解出来る謎。


 かつてオカンが感じていた謎な感覚に背筋を震わせ、ただひたすら平服する気の毒なタランテーラの人々であった。



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