第108話 オカンと鳥と逆鱗様 ~5~


「んじゃ。とりあえずこんな感じか」


 千早は大量の書類を前に眼を据わらせた。

 数日かけて話し合った結果、まずは人力を試そうという事になったのだ。


 北の大地に渡り、神域を持つ千早が浄化を行い、秋津国の司教らが弔う。全員全属性所持&複合魔術の使い手だ。

 どれだけ死体があるのか分からないが、アルス爺率いる精鋭千人からなる部隊がそれを行うと言う。


「弔いに関してはエキスパートでございます。お任せください」


 一人でも戦場丸ごと弔える熟練者達らしい。頼もしい事だ。

 むふーっと鼻息の荒いアルス爺。何時も穏やかでおっとりとした御仁の珍しいモノを見たww


「で...司教らを転移させる前に、あちらにいるだろう邪教の奴等を掃討するのが....リカルドらに任せて良いのか?」


「おうよ、任せろっ」


 リカルド率いる自警団二千人と志願探索者ら三百人。秋津国軍の約半数だ。彼らが先に渡り、安全な駐屯地を作る。

 六属性以上で空中戦も行える者を中心に選んだらしい。

 魔術師の援護を視野に入れたら、一騎当千の強者どもだ。


「あの話を聞いちゃあな。探索者らからも志願が凄かったぜ」


 リカルドは心許無げな光を浮かべた眼差しで苦笑する。


 あの日リカルドは誓ったのだ。絶対に人の手で何とかすると。


 彼の脳裏に、昨日の光景が浮かぶ。


 だいたいの話し合いが終った時、リカルドは改めて事の次第を聞き、場合によっては幼女が人間をやめるという話に首を傾げた。


「妹様が人間やめるって、どういうこった?」


 他意のない問い掛けに答えたのは女神様だった。


《言葉どおりです。新たな神となり奇跡を起こせます》


「はい?」


 詳しくは知らなかったのだろう。タバスやアルス爺も女神様を凝視している。


《神となる魂は身体ごと裏返ります。内に秘めた力が表と合わさり、単純に能力が倍化以上します。一度裏返り神格化した魂は二度と人には戻れません》


 意味が分からないと言った顔のタバスを見つめながら、千早は過去の地球世界で、人間は脳の三割しか使っておらず、未知なる力が眠っている的な話があったのを思い出す。

 今では事実無根な俗説で、脳はちゃんと働いてますよとなっているが、今思えば、この事だったのかなぁと、ぼんやり考えていた。

 使っていないのではなく、使えるようになるのに特殊条件が必要って事か。....裏ねぇ。

 爺様からの話で理解してはいるが、いよいよヤバくなった時の切り札にしろとも言われていた。

 ヤバくなる事なんて、そうそう無いと思ってたんだけどなぁ。


 まさかの世界滅亡だよ。邪神の馬鹿野郎様のおかげで。


 タイムリミットがなくば、他にも打つ手があったんだが、さすがの幼女でも広大な北の大地を一人で浄化は出来ない。聞けば樹海と変わらぬ広さだと言う。

 そして時間もない。根付いた精霊王の幼体をフクロウの首から引き抜けるのは、多く見積っても後五日らしい。

 それまでに邪教の使徒どもを蹴散らし、氷河を浄化し、精霊王を虹の庭園に納めなくてはならないのだ。

 千早が転移で移動させられるのは一日千人が限度。


 移動に三日ちょい。突貫で行ってもギリギリな日程である。


 千早が転移に魔力を使い果たす以上、戦闘と弔いは秋津国の人々頼みだ。幼女が手伝えるとしたら、最終日のみ。


 間に合わないと判断した場合、彼女は人間をやめるつもりである。それは周囲の人々も感じていた。


「女神様らにおすがりは出来ないのですか?」


 一縷の望みをかけたタバスの言葉に、女神様はフルフルと首を左右に振った。


《神は人の理に関われないのです。邪神も同じ。だから神徒が動きます。千早ちゃんは、まだ神籍を持ちません。新たな神として、わたくしから神籍を賜るまで、千早ちゃんのみが今現在自由な神なのです》


 人々の視線が幼女に集まる。何とも切ない眼差しの集中砲火に、幼女は居心地悪く、頭を掻いた。


《千早ちゃんや秋津国に関わる事ならば、わたくしも少しは力を貸せるのですが....今回の事象には当てはまりません》


 しょんぼりする女神様をつつきながら、千早はニカッと笑う。


「なるようにしかならんべさ。切り札があるだけマシなも。失敗はないからな♪」


「帰りはお任せ下さい。ガラティア船団が御迎えにあがります」


「まったり船旅かぁ。良いね」


 ふくふくと髭を揺らすのはガラティア近衛団の隊長マリュース。海に面し、広大なガイア河を所持するガラティアには、多くの船と海軍があった。

 秋津国近辺から北の大地まで船で十日ほど。魔獣、海獣の跋扈する大海原だが、秋津国精鋭魔術師も乗り込むため、大事には至るまい。


 ラプトゥールの先導もあるしな。


 .....こうやって考えてみたら、結構な戦力じゃね?


 ラプトゥールに従う霊獣達もかなりの数がいる。十分な働きが期待出来る。


「頑張るよーデス。御飯捕りますデス。ペンギンやゴマフアザラシ。美味いよーデス」


 ビシッと敬礼する氷河の民、十数人。


 いや、可愛いけどさ。なんでピンポイントで、その二種持ってくるの? 食べるの? ペンギンを?


「へえ、美味いのか。聞いた事はあるが、食べた事はないな。楽しみだ」


 いやいやいやっ、やめとけっリカルド、絶対後悔するからっ!! 苦笑してる場合か、敦っっ、止めろっっっ!!


 聞けば、その二種は小振りで警戒心が薄く捕まえやすいらしい。勘弁してくれ。

 インベントリがあるから食糧は大丈夫だと丁寧に辞退し、明日からの転移に備え、それぞれが動き出した。

 真摯な面差しで闊歩する人々を、逆鱗様が複雑な顔で見つめている。その顔は幾分険しい。


《人は変われるモノなのですね》


 女神様の言葉に、逆鱗様は小さく頷いた。


 ドラゴンが夢見て挫折した優しい世界が、今ここにある。


 人々が手を取り合い、団結して困難を乗り越えようとしていた。感慨深い光景だ。


 あと五十年と少し早ければ.....アレも失われずにすんだかもしれない。


 最後の王族としてギロチンの露と消えた、ドラゴンの養い子。


 未だ脳裏に焼き付いて離れないあの笑顔。逆鱗様は深く項垂れ、床に小さな水玉模様を作った。


 時代が動き出す。その瞬間を目にしている事が誇らしいドラゴンである。

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