第102話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~17~
「さあて。話は終わったね。お引き取り願おうか」
全く感情のない瞳と微かに上がる口角。
千早の魔力が陽炎のごとく揺らめき、ビシパシと周囲を凍らせる中、さすがは空気を読まない(読めない)馬鹿野郎様皇子。
怖じける侍従どもを余所に、フローレへ手を伸ばした。
「黙って従えば良いんだっ、女の分際で小賢しいっ! 帝国の法など何とでもなるっ!!」
あ~、これ、あかんやつや。
伸ばされた皇子の腕が、すこっと空振り、皇子は体勢を崩して膝をついた。
「え?」
「皇子、大丈夫ですか?!」
慌てた侍従が駆け寄ると、支えた皇子の眼が驚愕に見開かれ、その視線の先の腕は肘から下が無くなっている。
ひっと息を呑み、幼女を振り返ると、彼女の右手には欠けた皇子の腕らしきモノが存在していた。
「宣戦布告受け取った。....やろうか?」
ニタリと狂暴な笑みを浮かべた幼女に、今まで微動だにしなかったキャスパーが待ったをかける。
「そのへんで。帝国には秋津国と争う意思はありません」
ソーサーにカップを戻し、キャスパーはソファーから立ち上がると、幼女に近寄り深々と頭を垂れた。
「皇子の浅はかな暴挙を御許しください。考えなしな若者なのです。この詫びは必ず致します」
「キャスパー隊長っ、貴様、帝国軍人でありながら、自国の皇子を守りもしないのかっ! 軍法会議ものだぞっ!!」
眼の色を変えて吠える騎士らにウンザリとした顔を向け、キャスパーは居ずまいを正して騎士らを見据える。
「勝手についてきたあげく、他国の民を拉致しようとするとは。宣戦布告と受け取られても仕方ない状況を作っておいて、その言い草か。恥をしれ」
「なっ...!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ騎士を辛辣な眼差しで一瞥し、キャスパーは失った腕に茫然とする皇子へ向き直った。
「貴方は一体、何をしておられるのですか? 先ほどの妹様の話を理解していないのですか? ラルフローレはもう帝国貴族ではない。秋津国国民なのです。秋津国の法は何ともなりませんよ。帝国の法だって、貴方が思うほど緩くはありません」
残念なものを見るようなキャスパーの眼に、皇子の怒りが爆発する。
「黙れぇっ!! 許さんぞ、....このままでは済まさんっ!! 外にいる兵らを全て呼べっ!! こんな街、燃やし尽くしてやるわっ!!」
どいつもこいつも思い通りにならないっ、私は皇子なのだぞ? 平伏して感謝すべきだろうに、何を考えてるんだ? 馬鹿なのか、こいつらっ?!
全身に怒気を纏わせ、肩で息をしながら睨み付けてくる皇子に、幼女は呆れ切った眼差しをキャスパーに振る。
「あんたんとこの皇子って、こんなんばっかか? 悪いが、国交樹立は不可能だと思ってくれ」
「返す言葉もございません。皇帝陛下からは、友好を結ぶよう勅命を受けていたのですが....非常に残念です」
何気なく交わされる二人の会話に不穏な単語を拾い、皇子一行は軽く眼を見開く。
今、何と....? 皇帝陛下の勅命?
ザッと血の気を引かせる面々に大きく頷き、あらためてキャスパーは秋津国訪問の意図を説明した。
「皇帝陛下は秋津国にいたく関心をもたれ、捕虜返還と同時に国交を持ち、秋津国の技術支援を受けたいと考えておられました。それに伴う貿易も視野に入れておられたのですが。....皇子の暴挙で全て失われましたね」
なんと.... 我々が、陛下の勅命を跡形もなく潰してしまったのか。
ようやく事態を把握したらしい皇子一行は、顔面蒼白。青を通り越して真っ白な顔で絶句していた。
「いきなり書簡を追加しろとか、訪問に同行するとか。入れてきた横槍は全て陛下に報告済みです。今回の責は、皇子。貴方に償って頂きます」
剣呑な瞳に見下ろされ、皇子は秋津国に到着してからを振り返る。無様な事この上ない醜態を晒したあげく、敵対を明言した。
父上が友好を結ぼうと思っていた国に?
そんな事は知らなかった。知っていれば、ここまで横柄な態度は取らなかった。無知であったやも知れないが、王族なれば問題ないはずだった。
唖然としたまま、皇子はキャスパーを見る。
カチリと合わさった視線の先で、キャスパーの瞳がうっそりとほくそ笑んだ。仄かに酷薄な色を浮かべる残忍な瞳。
....やられた。
キャスパーはあえて何も知らせなかったのだ。
王族である自分が、身分を持たない秋津国に対して、どんな意識を持ち、どんな態度をとるか予想して。
奴の思惑どおりに、自分は取り返しのつかない失態をおかしまくってしまった。
シャスベリアの一件暴露に暴言、暴挙、宣戦布告にも近しい言葉。周囲の人々に言質は取られている。誤魔化しようもない。
.....だが何故? キャスパーから陥れられる理由が分からない。
満足気なキャスパーを不審に思い、皇子の戦慄く唇から疑問が零れる。
「何故....?」
「何故? 可愛い姪を冤罪で国外追放にされて、侯爵家一党、怒り心頭ですよ」
侯爵家四男だったキャスパーは伯爵家に婿入りしたので家名が違う。皇子が生まれる前の話だ。皇子自身も関心がなかったのだろう。
何処でどう繋がっているのか分からないのが貴族である。
自分がキャスパーに恨まれている理由を知り、皇子は力無く床に崩折れた。
「じゃあ、ま。気をつけて」
「ありがとうございます。近いうちに、また訪問いたします。....個人的に」
語尾は小さく、辛うじて千早の耳に届く程度だった。
にっと笑う二人の横で、馬鹿皇子と側近らは馬車に詰め込まれ、さっさっと送り出される。
邪魔者がいなくなった途端、多くの街の人々が現れ、捕虜らやキャスパーにアレコレと手土産を押し付けた。
「気をつけてね、次に会うまで元気で」
「またおいでな。美味い物用意して待ってるから」
「日持ちする物だから、皆でどうぞ。無くなったら、また来い」
口々に再会を求める人々に、捕虜らは涙ぐみ、必ず来ると約束していた。
目の前の光景にキャスパーが率いて来た帝国兵らは、驚きで声も出ない。
戦に負けて捕虜になったんだよな? 何で、こんなに親しそうなんだ?
言わずと分かる眼差しに、千早とキャスパーは顔を見合わせて肩を竦め、人々の織り成す奇跡の光景に眼を細めた。
「良い光景だな」
「だね。これが当たり前な世界にしたいね」
思わず零れた、幼女の内にある壮大な野望の欠片。
それを掴み損なわず、キャスパーは軽く瞠目して受け止める。
以前見た。遠い眼をした幼女の目指す驚異の世界。
その世界では、こんな風景が日常なのだろう。
人々の別れが終わり、捕虜らか馬車に乗り込み終わるまで、二人は無言のまま、最後までそれを見ていた。
馬車に揺られながら、キャスパーは胸の奥に転がり落ちてきた欠片を抱き締める。
これが幼女の野望の一欠片。
自分も、ああで有りたい。万人に等しく優しい国。何処の国も、あのようであれば戦など起こるまいに。
軍人である自分の存在を蔑ろにする思考だが、それが世界の正しい在り方だとも思う。
拾いあげた欠片を大事に仕舞い込み、キャスパーは優しさから掛け離れた獰猛な笑みを浮かべる。
さて、あの馬鹿皇子。どう料理してくれようか。
万人に等しくあれど、眼には眼を。歯には歯をと妹様もおっしゃっていた。
やられた事は、やり返す。
良い言葉だ。
帝国にたった一人。正しき戦争の在り方を理解する指導者が誕生した。小さな異物だが、明らかな存在感を持つ小さな楔。
この迷走気味な異世界において、オカンの穿った小さな楔は、いずれ帝国を大きく震撼させる破城槌となる。
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