第101話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~16~


「お話によればフローレを迎えに来たとか? 何の御冗談でしょうか? 婚約を破棄・・して、国外追放・・・・をしたのですよね? 貴方・・が」


 千早の言葉があからさまなトゲを含み、皇子の頭にグサグサと突き刺さる。

 容赦ない言葉の数々に、思わず意識が遠くなる皇子を庇うかのごとく、一人の騎士がズイっと前に進み出た。


「貴様、無礼であろうがっ! この方は我が帝国の皇子殿下なるぞっ!」


「だからぁ?」


 厳めしい顔で恫喝する男性に、幼女はふわりと微笑んで見せる。柔らかな笑顔に無機質な瞳。何の感情も浮かばないその眼に見据えられ、騎士の全身がぞくりと粟立った。


「わたくしは本当の事しか申しておりません。何が無礼にあたるのか詳しく説明して下さらないかしら?」


 幼女に下から睨めつけるよう凄まれ、皇子一行は言葉に詰まる。


 実を言えば、全て皇子側の都合だったからだ。


 帝国貴族であれば十五才で社交界デビューする頃には婚約者がいるものである。婚約者にエスコートされるのが一般的で、エスコートする、あるいはされる婚約者がいないままデビューするのは、とてつもない恥であった。

 皇子がラルフローレを婚約破棄した時、彼は十七才。シャスベリアが消えてしまった今、皇子は婚約者のいない王族となる。

 しかも前述した通り、周囲の者は既に婚約者持ち。五歳前後年の離れた貴族子女には大抵婚約者がおり、皇子に相応しい上位貴族には適齢期の女性がいなかったのだ。

 さらには魔力の問題もある。王族には公務として国を司る魔術具があてがわれ、次代に代替わりするまで管理しなくてはならない。魔法世界あるあるだろう。

 そのため、当然伴侶にも高い魔力が望まれる。


 家柄や美しさ、気品や知性、そして高い魔力。


 これらを兼ね備えた御令嬢など滅多にいない。その滅多にいない御令嬢がラルフローレだったのだ。

 皇太子に婚約者がいなくば、年齢差を差し引いても皇太子にあてがわれたであろう稀有な御令嬢。

 それを棚ぼたで手に入れた第三皇子は、目先の利益に眼が眩み、さっくりと切り捨ててしまった。


 もちろん、爵位は低くけれど魔力は高いシャスベリアが居たからこそ出来た暴挙だ。


 シャスベリアが消えた今、このままでは皇子の婚約者は六歳の男爵令嬢しかいなくなってしまう。


 短絡な皇子はラルフローレとよりを戻そうと考えて迎えに来たのである。

 自分が追放した事など綺麗に忘れ、国外追放でさぞや苦労しているだろうラルフローレを免罪し救うつもりで意気揚々とやってきたが。


 開幕、鋭利な言葉の数々で、皇子は自分のやらかした過ちを、鉈で抉られるように思い出した。

 メンタル豆腐な皇子の頭骨がカチ割られ、脳漿ビチビチな幻覚が周囲の側近に垣間見える。


 これは不味い。


「確かに皇子が犯した過ちです。だが皇子は過ちに気づき迎えにこられました。他人が責めるのは御門違いでしょう?」


 機転を利かせた側近を割れた脳内で称賛し、皇子も真剣な眼差しで幼女を見つめた。

 側近の言葉に千早は笑みを深め、静かに言葉を紡ぐ。


「謝罪は?」


「「「「は?」」」」


 側近と皇子から異口同音。間抜けな顔をさらす皇子ら一行に、幼女は溜め息まじりに呟いた。


「謝罪ですわ、謝罪。仮にも侯爵令嬢を過ちで婚約破棄したあげく国外追放にしたのでしょう? 皇子その人が。ならば、即すべき事は彼女に謝罪する事ではなくて?」


 皇子の背後に控える騎士達から、ぶわっと怒気が溢れる。彼等が口を開く前に、千早はさらにマシンガンのごとく畳み掛けた。


「だいたい過ちとは何ですの? 仮にも侯爵令嬢を極刑にも近い目に合わせたのです。よほどな罪状だったのでしょうね?」


 うっと仰け反る騎士らを見据え、幼女は更に続ける。


「皇子は死刑判決も同然な仕打ちを彼女にしたのです。秋津国がなくば、彼女は国外に出るため海を渡らねばならなかったでしょう。キャスパー、貴方軍人よね? 護衛もない侯爵令嬢が単独で海を渡ったとして無事でいられるかしら?」


 いきなり話を振られ、キャスパーは軽く眼を見張ると、しばし思案し、首を横に振る。


「不可能ですな。海は進むごとに海獣や魔獣が襲って来ます。我が帝国が他の大陸へ到達出来ない理由がそれです。歴とした軍隊ですら渡れない海原を護衛もない船が渡れる訳がありません」


 理路整然とキッパリ断言するキャスパーに、幼女は軽く頷き、それ見たことかと冷ややかな眼差しで皇子を見つめた。

 その絶対零度の視線に、皇子一行はビクっと身体を震わせる。


「彼女は首の皮一枚の誤差で、自力で己の命を繋いだのです。貴方の仕出かした過ちで侯爵令嬢である彼女は死にました。ここに居るのは秋津国国民のフローレです。秋津国に身分はございません。今の彼女はただの庶民です」


 千早は数枚の羊皮紙をテーブルに置く。そこには国外追放に関する規約と幾つかのサインが入っていた。


「これは出国の際に侯爵家と王家が交わした証書です。貴族籍を剥奪し、国外追放。そして二度と帝国に足を踏み入れてはならない。それを宣言する一枚。これには皇子と侯爵、彼女のサインが入っています」


 刑の執行を確約する証書。刑の執行とは口約束で行われるものではない。断罪は皇子が行ったが、裁定はキチンと法務省に届け出てある。そのための証書だった。


 しかし、何故これがここに? 法務省に保管してあるはずでは?


 証書は本人用と保管用で二枚用意される。一枚は法務省に。もう一枚はフローレに。国外追放された証明がなくば、他国で籍を作るのに支障が出るからだ。

 そんな事も知らずにサインしたお馬鹿な皇子である。


「そしてこちらが秋津国で交わされた移民届けです。ようく御覧ください♪」


 そこには移民としてラルフローレから改めフローレとなった彼女のサイン。しかし皇子は、その下にある侯爵のサインに眼を見張った。


「保護者の許可も頂いて彼女をお預りしております。つまり、皇子がなさろうとしている行為は帝国の法を破り、秋津国の国民を拉致しようとしているに他なりませんの」


 大まかな位置さえ解れば、帝国中を転移してきた幼女に行けない場所はない。

 未成年である二人のために、千早は彼女らを連れ、それぞれの家を訪れて両親からサインを貰ってきていた。

 特にシャスベリアの家族は皇子の仕打ちに激怒し、彼女の無事を心から喜んでくれ、いずれ秋津国へ遊びに行くと約束する。

 行方知れずなまま生き別れとならなくて良かったと、二人は幼女に深々と頭をさげた。


 そんなこんなで外堀は、しっかりと埋めてある。


 くふりと深まる幼女の無邪気な微笑みに、皇子一行は誰も言葉を紡げない。


 何でこんな事に? 何故今我々は四面楚歌に陥っているのだ?


 茫然自失な皇子を眺めながら、秋津国の一団は甘ちゃんな皇子を憐びんのこもった瞳で見つめる。


 ああ、懐かしい。養鶏の時も、街起こしの時もこんなだったなぁ。良い方向でだったけど。

 常に準備を怠らず、理路整然と相手を追い詰め追い落とす。うん、妹様は変わらないな。


 少し遠い眼をする秋津国の人々を余所に、皇子は更に悪足掻きした。


「ラルフローレはどうなのだ? 本人の意志は? そなた帝国に戻りたくなはいのか?」


「無いですわ」


 すがるような皇子の視線を、フローレはスパっと一刀両断にする。そして如何にも嫌そうな顔で唖然とした顔の皇子を見た。


「だいたい、あたくしとシャスベリアは仲が良くて、皇子の仕打ちを知っていたのですよ? 糾弾したわたくしを切り捨てて隠蔽したおつもりなのでしょうが、冤罪である事は、わたくしが一番良く知っておりますのよ?」


 そこまで言ってフローレは唾棄するような眼差しで皇子を見つめる。


「自分を陥れ冤罪を被せた本人が迎えに来られたって、共に行く訳ないじゃありませんか。何の罰ゲームですか。有り得ないって自覚出来ないんですか? 馬鹿なんですか? 脳内御花畑にも程があるでしょう? 皆さん、そう思いませんか?」


 思わぬ罵詈雑言の羅列に皇子一行は思考が追い付いてこない。しかし、幼女の毒舌に慣れ親しんでいる秋津国の人々は肩を揺らして笑っていた。

 ただ幼女のみがキョトンと眼を見張らせる。


 罰ゲーム。脳内御花畑..... ワードになる言葉をわざわざ今口にしたって事は....なるほど。


 千早は含み笑いを洩らす。


「フローレ。貴女、転生者?」


 楽しそうに振り返った千早に、フローレは大きく頷いた。


「おっしゃる通りです。もう隠す必要もありませんしね。ここには転生者も転移者も沢山おられますし、わたくしも自由を満喫しとうございますわ」


 ニヤリと口角を上げる赤い髪の少女に、秋津国の面々は得心顔をする。


 転生者....どうりで似てると思った訳だよ、妹様に。


 何とも言えない微妙な空気が部屋を満たした。


 そしてようやく理解が追い付いた皇子一行がフローレを鋭く睨みつける。


「貴様、無礼にも程があろうっ! 皇子に向かって罵詈雑言! ただで済むと思うてかっ!!」


 今さら?


 周囲の面々の心の声が見事に一致する。


 そして、いけたけだかに叫ぶ騎士に幼女が軽く指を弾いた。ビー玉のごとく真ん丸に生成された氷が騎士の眉間に直撃する。

 カコンっと良い音で氷が当たった瞬間、騎士の身体が後方に吹っ飛んだ。

 壁に激突した騎士を茫然と見つめる皇子ら一行に、幼女が底冷えするような低い声音で呟く。


「思ってるけどぉ? 貴殿方こそ忘れておられませんか? ここは秋津国だと言う事を」


 狂暴な眼差しで皇子一行を睨めつける秋津国一団。


「たかがフローレ一人のために、帝国の不興を買うつもりかっ!」


「たかがぁ?」


 ごっと音をたてて千早の周囲から冷気が迸った。それは物理的に皇子ら一行をピシパシと凍てつかせていく。


「買ってやろうじゃありませんか。我が国の国民は全て我が子です。一人たりとて見捨てやしません」


 少なくとも日本の宮家はそうだった。

 戦前、まだ陛下が権力をお持ちだったころ。

 国民全てを我が子だと宣言し、北の大国に捕縛された漁師二人を奪還するため、世界に名だたる日本海軍を差し向け、見事に救出してきた。割りと有名な話だ。


 自分もそうありたい。


 秋津国国民は一人も理不尽に欠けさせない。


 極寒の焔を眼窟に揺らめかせ、オカンは戦く皇子らを見据えた。その威嚇にたじろぎ、皇子は知らず後退る。


 その攻防をのほほんと眺めながら、キャスパーは心の中で幼女に喝采を送っていた。

 皇子から被せられた冤罪に、キャスパーは勿論、侯爵家一党怒髪天だったのだ。


 たかがとは貴様の事だ、第三皇子よ。金輪際、侯爵系列から支援が受けられると思うなよ?


 複雑な権力争いの内情を知るキャスパーは、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべていた。


 オカン無双は、まだこれからである。

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