第96話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~11~


「妹様ですか?」


 濡れ衣をかせられた上に婚約破棄。さらに国外追放というトリプルコンボを喰らいながらも姪にあたる少女は飄々としていた。

 てっきり絶望に泣き伏しているものと思っていたキャスパーは、眼を丸くして現実的な姪っ子に視線を振る。

 その頑健な精神力は称賛に値した。部下らにも見習わせたいものである。

 深窓の御令嬢が全てを失い放逐されたのに、本人はむしろ楽しげに旅の準備をしていた。

 ざっと見ただけだが、多くの装飾品は持ち出しているものの、衣装は微々たるもの。一見して換金目的であるのが理解出来る。

 荷物の多くは食料系。あとは魔術具等のツール系で、実用向きな光源や寝具。これだけ揃っていれば一ヶ月は凌げるだろう。


 ってか、実用的すぎるわ。干し肉や干し果実。ナッツや堅焼きパン。日用的な食品が一つもない。軍隊でもここまで貧しい食事事情ではないぞ。

 そう指摘すると、姪はコロコロと笑い、そんな物は通過する村や街で調達すれば良い。国外に出るまでどれだけかかるか分からないし、補給出来るかも分からない。


「なれば持ち出すのは保存食の一択でしょう? 馬車に積める重量は限られているのですから」


 キャスパーは可愛がっていた姪の知らない一面に、心の底から驚いた。


 これならば大まかな指針を与えれば何とかするだろう。


 彼は愉快そうに口角を歪め、本題を切り出した。


 伯父の話によれば、皇帝陛下は秋津国を新しい国としてお認めになられたらしい。結果、秋津国は一番近い隣国になる。

 ラルフローレの国外追放の移転先として、伯父が是非ともと勧めてきた。


「秋津国は特権階級のない穏やかな国だ。国民も難民も犯罪者も捕虜も、真面目に働くならば全てが等しく平等という訳の分からない国だよ」


 苦笑気味な伯父の話は非常に興味深いもので、秋津国の内情を知れば知るほどラルフローレは興奮を隠し切れない。


 それは..... 行かねばなるまいっ、是非とも秋津国へっ!!


 護衛として同行したいが、伯父は秋津国との交渉を皇帝陛下から一任されたらしく、その準備に追われ時間がとれないのを残念がっていた。


 ラルフローレはキラキラと瞳を輝かせながら、翌日秋津国へと旅立つ。憂いの欠片もなく、いっそ清々しいほど晴れやかな笑顔で。


 そして途中何度も検問に引っ掛かる。

 馬車の中には抱えられる程度の箱や袋しかなく、すぐに検問を通過出来た。

 にんまりほくそ笑む悪役令嬢に、検問の兵士らは気づかない。


「もう検問もないでしょうし、出てきても大丈夫よ」


「ありがとう」


 馬車の椅子のクッション部をずらすと、そこには空間があり、シャスベリアが横たわっている。

 差し出された手をとり、御礼をいいながらシャスベリアは小さな空間から身を起こした。


「やっぱり案の定検問が強化されていたわね。皇子の指示でしょうけど」


 シャスベリアが姿を消せば皇子が血眼になって捜索するのは分かりきっている。ゆえに要らぬ詮索を受けぬよう、ラルフローレは人が隠れられないサイズの荷造りを心掛けたのだ。

 一見して誰も隠れられない荷物の山は、大した捜索も受けずに済んだ。

 しかもラルフローレは皇子から国外追放を命じられている。帝国から出ていくのに兵士から不信感を抱かれる事もない。


 他の馬車は凄かったわね。荷物全部ひっくり返されて、持ち主、涙目だったわ。


 皇子の執着が知れようというものだ。


 こうして悠々自適に二人の少女は国外追放という名の国外逃亡に成功したのである。




「なるほどね。了解した。ラルフローレ嬢は御家族の承認がある訳だな。シャスベリア嬢はない。しかし、ここに居るとも知られていない。じゃ戸籍ロンダリングするか」


 幼女は何度か頷くと、またまた複数の書類を取り出した。


「これは所謂訳有りな犯罪者用の書類だ。ガラティアの協力を得て、足跡抹消用に使っている。ここに新たな名前を署名してくれ。書類上はガラティアの孤児と言う形に出来る。そこから秋津国に移民した形を取ろう」


 つまり、帝国民であった事実を消すと言う事か。

 二人の少女は茫然と顔を見合わせ、力強く頷いた。

 これなら帝国から照会があっても誤魔化せる。そんな人物はいないと。書類上はそう出来るのだ。


「新たな名前....わたくし、フローレにいたしますわ」


「それでは、わたくしはシャスに。なんかワクワクいたしますわね」


 二人から書類を受け取り、千早はサラサラと署名をする。


「おけ。これで形式は終了だ。ようこそ秋津国へ」


 初めて見る幼女の笑顔は、悪戯が成功した無邪気な子供のようだった。




「生活はどうする? 無料の難民ハウスもあるが、資金があるなら宿屋もお薦めだ。仕事の斡旋は探索者ギルドでやってるから、人手が足りてないとこなら即日採用してもらえるぞ」


 千早から二人の案内を申し使った自警団が簡単な説明をする。


「資金は大丈夫ですわ。だけど生活費は必要ですし、落ち着いたら働きたいと思っています」


「わたくしも....でも身体が丈夫ではないので....在宅でやれたらとおもいます」


 なるほど。貴族の御令嬢と聞いていたが考えなしではなさそうだ。自警団の青年は少し考え込んだ。

 彼の名はリュート。外壁警護の自警団班長である。

 短く刈り込んだ青い髪を掻きあげ、リュートは取り敢えず探索者ギルドで登録する事を勧めた。

 ギルドカードは手軽な身分証になる。様々な場所で手続きを簡略出来るのだ。

 彼の提案に頷き、三人は並んで探索者ギルドへ向かった。


「話には聞いておりましたが....凄い街ですわね」


 感心したように呟きながら、フローレは驚嘆の眼差しでデイアードの街を見渡した。

 見事な石畳が縦横無尽に走り、道沿いには多くの建物が並び立つ。繊細な意匠の看板や飾りが鮮やかに通りを彩り、多くの屋台や人出が祭りかとみまごうばかりだ。

 道に等間隔で立てられた鉄柱は街頭と言うらしい。暗くなると自動で灯り、街を明るくするのだと言う。

 物珍しげな二人が大通りを進むと、ひらけた広場に大きな教会が見える。帝国の荘厳な石造りではなく、白い漆喰の暖かそうな建物だ。


「教会は説明するまでもないよな。寄進は自由。治癒や魔法講義は無料だ。相談にものってくれる。困ったら訪ねてみると良い」


「「治癒が無料??」」


 思わずシンクロする二人に、リュートは思わず吹き出した。

 初めて秋津国を訪れた者は、一様に同じ反応をする。


「治癒に限らず、教育や孤児院の炊き出し。秋津国は無料で利用出来る事が多い。生活で困る事はないと思う。ただし真っ当に働く者に限るがな」


「教育も無料ですのっ?! 学校がありまして??」


「学校はないな。妹様はいずれ作りたいらしいが。基礎教育なら孤児院の幼年学級。こちらは立志までの子供らが通ってる。高等講義なら教会。あそこで大勢が専門学科を学んでいるよ」


 思わぬ部分に食いついたフローレに後退りながら、リュートは教会を顎で示す。

 それに眼を輝かせ、フローレは駆け出した。


「是非とも見学いたしたいですわぁぉぁぁぁあっ」


 ドップラー効果を残しつつ、彼女は教会の中へ吸い込まれる。それを茫然と見送り、シャスとリュートは顔を見合わせて、同じように教会へ向かった。


 二人が教会に入るとすでにフローレの姿はない。そして中の人々の視線がある一点に集中している事に気づき、つとそちらへ視線を振ると、そこには硬直して立ち尽くすフローレがいた。


「どうしたの?」


 心配気にシャスが声をかけると、フローレはカタカタと震え、なんと人目もはばからず絶叫する。


「天国ですわあぁぁぁぁあっ!!」


 驚き慌てふためくシャスを余所に、フローレは高等講義室の中を飛び回った。

 各講義の札を読み上げ、講義中の人々を観察し、講義内容に相槌をうち、複合魔法の存在に奇声を上げる。


 さらに後方一面の書棚に納められた本にすがりつき、頬擦りせんばかりな眼差しで恍惚と呟いた。


「あたくし、もうここに住みます。離れませんことよ」


 いやいや、ないからっ!


 友人の初めて見る一面に、思わず心の中で突っ込み、ドン引きなシャスである。


「でもこれって現代日本の書物も多いですわね。あちらの物を直接持ち込めるなんて、とんだチートですわ」


 呆れたようなシャスの囁きを拾い、フローレもウンウンと頷いていた。


「全くですわ。こんな楽園なら、もっと早く知りたかったですっ」


 全力で同意するフローレは手当たり次第に書物を引き出し、物凄い勢いで読んでいる。

 違和感なく交わされた二人の会話。それにシャスは微かな引っ掛かりを感じた。


 あれ? 今のって....


 不可思議な違和感を掴みかけていたシャスは、フローレの新たな絶叫で、その刹那を掴み損なう。


「きゃあぁぁっ、あれってまさか、ドラゴンでは??」


 シャスの背中をバンバン叩きながらフローレが指差す方向に視線を振ると、そこには子供らに囲まれたドラゴンがパタパタと飛んでいた。ただし掌サイズ。

 流石のシャスも、これには瞠目せざる負えない。


 ドラゴンってモンスターではなく、伝説の?? エンシェントドラゴン??


『ん? 見ない顔だの。講義希望者か?』


 絶句する二人の少女の前には伝説が佇んでいた。

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