第94話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~9~
「ですからっ、わたくしは妹様とおっしゃる方にお会いしたいのですわっ!」
「難民は無条件で国民になれますが.....貴女方は帝国民なんですよね? しかも見た感じ貴族では?」
外壁の応接室では二人の少女が自警団の一人と向かい合って座っている。
一人はストロベリーブロンドを背中に流し、瞳は薄い緑。見るからに高貴な出で立ちの赤いドレスを身に纏っていた。
もう一人は濃いめの茶色い髪を緩いおさげにした青い瞳の娘。
薄赤い髪を振り乱し立ち上がらんばかりな前のめりで捲し立てる少女に、自警団はたじたじである。
「落ち着いて、ラルフローレ。わたくし達、身分は捨てました。あの....ここは真っ当に生きようとする者なら、難民でも犯罪者でも受け入れて下さると聞き及んでいるのですが?」
「そうですわっ、噂は所詮噂に過ぎなかったのですかっ?」
「いえ、おっしゃる通りです。真面目に働く者ならば、秋津国は誰でも受け入れます。ただ、貴女方は帝国貴族。しかもまだ成人しておられないようにお見受けします。その場合、保護者からの引き渡し要請が生きてくるのです。秋津国は法治国家。正しい法には従う義務があります」
申し訳なさげに話す自警団の青年はルグラス。外壁全体の警備を請け負う部隊長だ。
その説明に、二人の少女は落胆の色を隠せない。
「ここまで来ても....逃げられないのかしら」
「わたくしは宜しくてよ。国外追放を言い渡されておりますもの。でもシャスベリアは.... 追っ手がかかりますわね。なんとかならないかしら。伯父様は、妹様が何とかしてくれるだろうとおっしゃっていたのに」
何とも言えない沈黙が応接室の中を支配する。
そこへ自警団を引き連れ、幼女が入ってきた。
「アタシにお客さんだって? あんた方かい?」
千早は、ずかずかと少女らに近づき、数枚の紙をテーブルに置いた。ついてきていた自警団の一人が同じようにペンとインクを置く。
そして幼女はルグラスの横に腰掛けると、軽く足を組み自警団へお茶を用意するよう言いつけた。
「さてと。亡命希望との事だが、まずはその紙にフルネームと年齢、生年月日、出身地を書いてくれ。その後で事情を聞こう」
言われて二人の少女は狼狽える。いきなり何なんだろう。口にせずとも、その困惑気な瞳が全てを物語っていた。
「正直に書くように。偽りがあった場合、信用に足らない人物として入国は拒否させていただく」
「ずいぶんと偉そうですわね。子供のくせに大人へ命令しますの? そこのあなた、何とかおっしゃって下さいませ。何故、ここに子供がいますの? わたくし達を馬鹿にしてらっしゃるの?」
憮然とした顔で捲し立てる赤い髪の少女に、千早は首を傾げる。
「あんたらがアタシを呼んだんだろう?」
「子供なんか呼んでいませんわっ!」
「そうか。それは失礼した。じゃあルグラス。失礼のないようお引き取り願え」
「な...っ!」
ルグラスは出ていく幼女に恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。妹様」
「えっ?」
少女ら二人は眼を丸くして幼女を振り返る。彼女は扉から出ていくところだった。
その後ろ姿に、慌てて赤い髪の少女が声をかける。
「貴女が妹様ですの??」
「そうだけど?」
千早は興味も無さげな顔で、さらりと答えた。
途端、二人の少女は椅子から立ち上がり、幼女の正面に頭を下げて膝を着く。
「大変失礼いたしましたっ、わたくしはラルフローレ・ガスタヴィス。隣はシャスベリア・ハスバリスタ。帝国貴族の末席に連なる者です。妹様の御慈悲におすがりしたく、秋津国まで参りました。何卒、わたくし達に手をおかしくださいませ」
豹変した二人に鼻を鳴らし、幼女は先程の続きをやるよう指示した。
「二人とも十六才か。こちらの常識では十八才が成人と聞く。未成年の亡命となれば保護者の承認が必要だ。しかも貴族籍を持つとなると.... 亡命する事になった理由を聞こうか」
少女二人は顔を見合せ視線で頷き合う。そして意を決したかのように真摯な眼差しをした。
彼女らは帝都にある魔法学園の生徒で、今回の亡命は身の危険を感じたためだと言う。
帝国魔法学園は魔力を持つ貴族のための学園で、紳士淑女の集う穏やかな学校だった。
しかし、そこにシャスベリアが転入してきてから問題が起きる。
シャスベリアは身体が弱く、就学年齢になっても入学出来なかった。静養を兼ねて領地に引きこもっていたのだが、シャスベリア考案の機具や薬品が学園の眼に止まる。
それらを研究、改良するため、ほぼ連行されるかのようにシャスベリアは学園に転入してきたらしい。
魔法学園では十七才の第三王子が中心となり、ありとあらゆる分野の研究がなされていた。シャスベリアは否応なく、そこに組み込まれる。
そして言われるがまま、新たな道具や薬品の開発を強要された。彼女は疑問も持たずに差し出された案件を改良する。
しかし、元々身体の弱いシャスベリアは、しだいに寝込むようになり、研究は捗らない。
寝込みがちになったシャスベリアに王子は憤り、部屋から無理矢理連れ出して研究を強要する。シャスベリアでなくては進まないからだ
そこまで聞いて、千早は眉を跳ねあげた。
「あんた、転生者か」
幼女のすがめられた瞳は偽る事を許さない。
びくっと身体を大きく震わし、シャスベリアはカタカタと震えながら頷いた。
ラルフローレは驚愕に眼を見開き、用心深く口を引き結ぶ。
「まあ珍しいこっちゃない。秋津国には来訪者がゴロゴロいるでな。転生者も少々」
二人は別の意味で眼を見張った。異世界人がゴロゴロいる?
茫然とする少女らに千早は話の続きを促す。
シャスベリアは無理矢理連れ出されても研究など出来る訳がない。一向に進まなくなった研究に焦り、第三王子はシャスベリアへ暴力を振るうようになった。
全身を鞭打たれ、シャスベリアは頻繁に熱を出すようになり、日々の授業でも倒れたりする。
第三王子の婚約者で、シャスベリアを紹介されていたラルフローレは彼女の様子がおかしい事に気付き、なにくれと世話を焼くうちに仲良くなり、シャスベリアから王子の仕打ちを相談された。
これに激怒したラルフローレは、真正直にも直接王子を糾弾する。改善が見られなくば皇帝陛下に直訴すると付け加えて。
結果は火を見るより明らか。
ラルフローレは王子の犯したシャスベリアへの暴力や虐待、全ての濡れ衣を着せられ、更には婚約破棄と国外追放を申し渡された。
シャスベリアが幾ら違うと否定しても怯えているのだと同情されるだけ。誰も王子が加害者などとは思わない。
むしろ、婚約者であろうとも罪をつまびらかにし、正義を貫くとはと、苦悩する王子の演技に、周囲はすっかり騙された。
誰一人として味方はいない。唯一の理解者は地獄に捲き込まれてしまった。
嘆くシャスベリアを更に地獄が襲う。
第三王子がシャスベリアとの新たな婚約を申し込んできたのだ。真実を知らない領地の家族は大喜び。二つ返事で婚約を受け入れてしまった。
茫然自失のシャスベリアを睨め下ろし、王子は獰猛に眼を光らせ、いやらしく唇を捲り上げる。
「そなたの知識と技術全ては俺のものだ。このまま結果を出し続ければ、俺が皇太子になるのも夢ではない。なあ? シャスベリア」
シャスベリアの全身がブワリと粟立った。小刻みな震えが止まらない。
殺される。
あまりの絶望に目の前がブラックアウトし、彼女はそのまま意識を失った。
「シャスベリア...起きて、シャスベリア」
混沌と微睡む彼女の瞳に赤い髪が映る。揺らめくそれを無意識に視線で追ううち、彼女の意識が急速に浮上した。
身体を起こしたシャスベリアの視界の中で、ラルフローレはあれやこれやと荷物をまとめ、持ち運びしやすいバッグに詰めていた。
「起きたわね。歩ける? 逃げるわよ!」
挑戦的に煌めく翡翠色の瞳。その奥には仄かな希望がチラチラと燃えていた。
ラルフローレは風魔法で第三王子の離宮の屋根へ飛び、屋根裏から離宮に忍び込んだらしい。
そして三階から二階のシャスベリアの部屋へロープで降り、窓にある青銅の格子をハンカチで結び、差し入れた棒を捻る事でへし折った。
さらにスライムの粘着シートを嵌め殺しのガラスに貼って、音もなく割ったと言う。
侯爵令嬢とは思えない行動力。
唖然とするシャスベリアの肩を掴み、ラルフローレは正面から彼女を見据えた。
「ここにいたら殺されるわ。逃げるのよ、シャスベリア」
翡翠色の真摯な瞳に勇気づけられ、大きく頷くと、シャスベリアは動きやすい服に着替え、ラルフローレが纏めてくれたバッグを持ち、第三王子の離宮から逃げ出した。
学園では、ラルフローレの魔法は二属性。光と無属性とされ、治癒に特化した珍しいものだと思われている。しかし実は六属性なのだと彼女は笑った。
「馬鹿正直に自分の能力を晒せないわ。切り札は持っておかないとね」
ラルフローレの風魔法に揺られながら、シャスベリアはワクワクした気持ちを抑えられない。
自由だ!!
少し前まで絶望の暗闇に囚われていたはずなのに、今はもう欠片ほどの不安もない。
異世界の知識を領地のために使おうと思った。しかし、それは悉く裏目となり、私が人々のためにと頑張ったのに、誰一人、私を信じてはくれなかった。助けてもくれなかった。
私を信じて助けてくれたのは、ただ一人。
シャスベリアは自分を抱き締めるラルフローレを見つめる。
第三王子に濡れ衣を着せられ、衆人環視の中婚約破棄され、断罪されたにも関わらず、彼女は凛と立ち、真っ直ぐ前を見据えていた。
ラルフローレは自分を見つめるシャスベリアの瞳に気づいて、にっこりウィンクする。
「わたくし国外追放なのよ。わたくしの馬車は仕掛けがあってね。中の椅子が荷物入れの行李になっているの。あなた一人くらい隠れられるわ。一緒に国外逃亡しましょう」
「ええ、楽しみだわ」
ほくそ笑む二人の顔は、年相応に無邪気な笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます