第93話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~8~


「一ヶ月の拘留....? ですか?」


 エルルーシェは軽く眼を瞬かせる。もっと酷い罰を想像していたからだ。


 しかし一ヶ月か。あと数日で我々は帰国する。どうしたものか。


 しばし思案するエルルーシェの思考を察したかのように、千早は忌々しく呟いた。


「拘留期間を終えたら大樹の国王宮まで送る。間違いなくな」


 ぶっきらぼうに吐き捨てる幼女に苦笑し、エルルーシェは仕方なさげに頷いた。

 そして処罰を本人に伝えるため、探索者ギルドの地下牢を訪ねる。加害者の名はマステルス・グルバリィス伯爵子息。大樹の国の古参な貴族子息だった。

 感情の起伏が激しく、やや気位の高いきらいはあるが、今回の事件を起こすような人物ではなかった筈なのに。

 彼が何故こんな凶行に及んだのか分からない。

 自警団の事情聴取にも完全黙秘。一切口を開かないし、食事も摂っていないと言う。


 ギルド奥の階段を降りると、そこには格子がズラリ並び、所々に人が入っていた。


 殆どが軽犯罪者。罰金や使役待ちらしい。


 秋津国が建国してから、未だ重犯罪者はいないとか。せいぜいが酔っぱらいのケンカや器物破損。

 平和な国だとエルルーシェは感心した。


 そのスカスカな留置場最奥に今回の犯人は居た。


 けむるような淡いブルーの髪を首下で結わえ、壁に凭れて座っている。皇太子の姿を見て、かっと眼を見開き、鉄格子にすがり付いた。


「グルバリィス殿。今回は残念です。貴方がこんな事をなさるとは。秋津国で初の重犯罪者だそうです。これが秋津国の歴史に記されるかと思うと、恥ずかしく....わたくしも父上も耐え難い気持ちで一杯です」


 エルルーシェの言葉に、グルバリィスと呼ばれた青年が不思議そうに顔を上げる。


「何を....おっしゃっているのか分かりません。わたくしが何をしたとおっしゃるのですか? 不敬な平民を罰するなど当たり前な事ではないですか」


 エルルーシェの後ろからぶわりと冷気が迸った。

 振り返らずとも理解出来る。きっと幼女は、あの無表情な眼差しでこちらを睨めつけているのだろう。

 一触即発の鋭利な殺気に凍りつきつつも、エルルーシェはグルバリィス伯爵子息を宥めるように話しかけた。


「ここは大樹の国ではないのです。身分による横暴はゆるされません。秋津国の法に従い、貴殿は禁固一ヶ月と決まりました。犯した罪を鑑みれば非常に軽い罰だと思います。我々は数日後に帰国せねばなりませんが、秋津国は後日貴殿を大樹の国王宮まで送ってくれると約束してくださいました」


 マステルスは眼を剥いてエルルーシェを凝視する。


「わたくしに罰?? 有り得ませんっ、わたくしは伯爵家の者です、平民が罰を与える? 悪い冗談だっ!!」


 叫ぶマステルスに何と説明したものか。長年ユフレから学び、民主制や法治国家の理念を知るエルルーシェだからこそ、今回の事態が非常に重大である事が理解出来る。

 しかし、在野の貴族らには到底理解出来ないだろう。

 国王は絶対者であり、家臣たる貴族は天上人。掃いて捨てるほどいる平民など家畜も同然。貴族らの気分しだいで増えもすれば減りもする。

 そんな平民を傷つけたからといって、貴族が罪にとられるなどありはしない。火だるまは流石にやりすぎだと眉を潜める人もいるだろうが、それだけだ。


 エルルーシェが難しい顔で、あの手この手で噛み砕いて説明するものの、マステルスは全く理解しない。

 欠片ほどの反省も後悔も見せず、ただ身分を主張する見苦しい青年の姿に、幼女の忍耐がブチ切れた。

 エルルーシェを押し退け、千早は残忍に眼を剥きマステルスを見据える。


「伯爵だから? それがなんだ? 秋津国に身分はないといっただろう? 意味が理解出来ないか?」


「それぐらい分かるわっ! みんな平民という事だろうっ!!」


「違うわ、このクソ戯けがっ!!!!」


 幼女の一喝でマステルスはビクリと肩を震わせた。


「身分がないイコール平民ではないっ、庶民ではあるが、全てが平等と言う事だっ!! 貴族だろうが、王族だろうが、全てが等しく平等なんだっ!! この国の国民は、全てが王であり貴族であるという事なんだよっ!! 誰も上でもなく、下でもないっ!! つまり貴殿の言を借りるならば、王族に等しい者に攻撃を仕掛けたと言う事だっ!!」


 マステルスのみならず、エルルーシェすらも幼女の言葉に眼を見張る。既存の概念では理解し難かった民主制。その正しい答えを初めてもらった気がした。


「全てが王族であり貴族である。ゆえに身分がない。等しく平等だから、自分達で代表を選ぶ....そういう事なのですね?」


 等しく平等という意味を初めて理解したエルルーシェである。


「国の根幹を支えているのは国民だ!! 臣下は王に仕え支える者、王は民に仕え守る者!! 身分の意味を履き違えるなっ!! 王のために国があるんじゃないっ! 民のために王があるんだ、民なくば王はないっ!! 国で一番大切なのは国を支える国民なんだよっ!! 王が全力で守るべき民を、臣下が害する事こそ有り得んわっ!!」


 肩で息をして吼える幼女の後ろから声がかかる。


「耳が痛いな。その通りだ」


 そこに現れたのはエスガルヒュア王。何時から居たのか、複雑な顔で眉を潜めていた。

 しかし王の姿を見て、マステルスの瞳が歓喜に彩られる。


「国王陛下! わたくしを出して下さいませ!! 誇りあるエルフの貴族に対する侮辱を御許しになるのですか?!」


「その通りだが。なにか?」


 薄く笑みをはき、エスガルヒュア王はマステルスを面白そうに眺めた。

 マステルスは絶句する。驚愕に唇を戦慄かせるが、言葉を紡げない。


「誇りあるエルフの貴族ならば、小さな子供を火だるまにしたりしないと思うが。違うのか? 余は力ない無力な者に対する無体を許容した覚えはないのだが? 貴殿は己のしでかした事に対して、正しく申し開き出来るのか?」


 これは痛恨だ。千早は思う。


 今までマステルスは、貴族であるがゆえに許される事だ。罪に値いしない、捕らわれるのは不当だと足掻いていた。

 しかし、王は問う。それは貴族として正しい行いなのかと。

 ぶつかられ服を汚された腹いせに子供を火だるまにする。

 これが、誇り高き貴族として、正しくあるべき姿なのかと王は問うていた。


 マステルスは答えられない。答えられる訳がない。


 是とすれば、領地を守り民を富ませるべき貴族の矜持がズタズタになる。

 否とすれば、己の罪を認め断罪を受け入れなくてはならない。


 選択肢があるようで、全くない崖っぷち。


 マステルスの葛藤を面白そうに眺めている王に、千早は脱帽した。幼女の糾弾よりエスガルヒュア王のたわいなさげな短い問いの方が何枚も上手である。


 伊達に一国の国王をやってないなぁ。


「....わたくしは貴族です。力ない者に無体など。...あれは。あの子供は....っ」


 そこまで言ってマステルスは唇を引き絞った。


 その不可思議な態度に王や皇太子のみならず、幼女や自警団の者も首を傾げる。


 奴は一体なにを言いたいのか。


 千早はしばし思案し、ある事実に思いあたった。まさかとは思うが、プライドの高い貴族ならば有り得なくはない。


「あの子に嫉妬した?」


 呆れたかのような幼女の呟きに、マステルスは大きく身体を震わせる。


 マジかぁぁぁ.....


 千早は額を押さえて天井を仰いだ。


 意味が分からないと疑問を浮かべている周囲の面々に、幼女は溜め息まじりに説明する。


「ぶつかった子供は、水魔法で汚れを洗浄し複合魔法で乾かした。これに彼は驚き嫉妬し、凶行に及んだって事だ」


「あ....魔法と魔力かっ!」


 合点がいったのか、自警団らが眼を見開いた。


 秋津国にしか存在しない複合魔法。複数の加護やスキルによる高い魔力と魔法力。これは小さい子供ほど顕著である。

 しかも秋津国は原生林や荒野に囲まれ、農民であろうと魔獣討伐を余儀なくされ、子供も例外ではない。

 むしろ巧みに魔法を操る子供らは、当たり前に後方支援をしており、下手な探索者よりレベルが高かった。


 呆れた犯行動機に冷めた眼をして、人々はマステルスを見つめる。


「あの子供は....一瞬で汚れをおとし乾燥させたのです。あり得ない魔力量と魔法操作で....たかが平民ごときが。少し脅かしてやろうと思い火魔法を放ったら。....結界を。なんで平民が光魔法の結界を使えるのだ!!」


「それで腹をたてて火だるまにしたってか」


 有り得ないのは、てめぇの思考回路だ。


 うんざりと眼を据わらせる幼女の前で、マステルスは更に見苦しく足掻く。


「あんな平民は居てはいけないのだっ! 燃やされて当然!! わたくしは貴族なのだから、生意気な愚民を躾なくては....!!」


「ふむ。なれば平民にも劣る魔力の貴殿は貴族を名乗れぬな。こんな無様に醜態を晒しているのだ。グルバリィス伯爵家の進退も考えねばならぬな」


 感情的な暴言に、エスガルヒュア王は理性的な現実を突きつけた。にっこり笑顔が悪魔に見える。


「どちらにしろ貴殿は犯罪者だ。詳細をしたため伯爵に送るとしよう。貴殿の父御であれば、こちらが何もせずとも領地と爵位を返上しそうではあるが。グルバリィス伯爵は外交の重要性を良く御存じだからな。貴殿の失態が致命傷である事を理解するだろう」


 有無を言わせぬエスガルヒュア王の微笑み。マステルスは言葉もない。ずるりと崩れ落ちた。


 勝負あったな。


 信じられないといった顔で茫然自失なマステルスを鑑賞していた人々の所へ、自警団が駆け込んでくる。


「妹様っ、帝国より亡命者ですっ!」


 亡命??


 一難去ってまた一難。


 ふたたび嵐の吹き荒れる予感に、天を仰ぐオカンであった。


 やっぱりオカンの周囲に平穏の二文字は無い。


 

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